Interview & Text: 植田匠人
Billboard JAPANが注目するアーティスト・作品をマンスリーでピックアップするシリーズ“MONTHLY FEATURE”。今月は、大ヒット記録中の『映画ちいかわ 人魚の島のひみつ』で音楽を手掛けたトクマルシューゴ、上水樽󠄀力のインタビューをお届けする。
7月24日に公開され、興行収入168.5億円(9月28日時点)を突破し、2026年公開興行ランキングNo.1(興行通信社調べ)を記録している本作。社会現象とも言えるほどの注目を集めている本作は、イラストレーターのナガノによるSNS発の漫画作品が原作。その熱狂はSNSを大きく飛び出し、もはや劇場に留まらず、映画公開と同日リリースされたオリジナル・サウンドトラックが、Billboard JAPANの総合アルバムチャートで6週連続トップ3入りを果たすなど、音楽面でもかつてない反響を呼んでいる。(9月23日時点)
テレビアニメ版から『ちいかわ』の世界を音楽で彩ってきたトクマルシューゴ、そんな彼が全幅の信頼を寄せ、兼ねてよりナガノ作品に親しんできたという上水樽󠄀力。今回、映画音楽の王道に挑んだという二人の化学反応と、妥協なきクリエイティビティ、そして『ちいかわ』への深い愛をたっぷりと語ってもらった。
毒もあれば希望もある“懐の深さ”
――サウンドトラックが総合アルバムチャートで6週連続トップ3入り(9月23日時点)を果たすなど、音楽面でも大きな反響を受け取っているかと思いますが、これについて今の率直な心境をうかがえますか?
トクマルシューゴ:本当に皆さんのおかげです。映画を見て、しかも音楽にまで目を向けてくれて、すごくうれしいなと思いますね。
――普段の音楽活動とは違ったタイプの声も?
トクマル:そうですね。普段あまり連絡を取らない人が連絡をくれたり。家族で映画を見に行ったら、たまたま名前があってびっくりみたいな。そういうところまで届いているんだなと実感しました。
上水樽󠄀力:僕もまずは『ちいかわ』という大きな作品、そして制作陣の方々と『ちいかわ』を愛するたくさんの人たちに感謝したいです。と同時に、あまりにも社会現象すぎて、ちょっと遠い世界の話のような、実感の湧かない部分もあります。
――もともと『ちいかわ』という作品に対してはどんな印象を持っていましたか?
上水樽󠄀:僕自身、『ちいかわ』の音楽に参加するのは今回が初ですけど、実は”もぐらコロッケ”とか”チュパカブラ”とか、『ちいかわ』以外にもそういったキャラクターが出てくるナガノ先生の作品を以前から拝見していたんです。そのなかで僕が魅力に感じていたのは“懐の深さ”でした。いろんな意味で何も拒絶せず、いろんな良さが詰まっていて、毒もあれば希望もある。何かひとつの正義があるわけじゃないところがいいなと思っています。
――テレビアニメの『ちいかわ』でも音楽を手掛けてきたトクマルさんはいかがですか?
トクマル:たまに好きなキャラとか聞かれるんですけど、本当に全員大好きとしか言いようがなくて、面白い回答ができないんです(笑)。みんな魅力的だし、ナガノ先生って見たこともない漫画表現を出してくるんですよね。そういうところにも魅力を感じます。
――同じ作家として、表現者として刺激を受ける部分もある?
トクマル:ありますね。刺激的ですよね。それを映画化って本当にすごいことだと思いました。テレビアニメでもやってはいましたが、どうやって長編で表現していくのか。それが他人事ではないというか、そういうことも含めて自分たちで一から考えていくわけなので、「これは大変なことなるぞ」というのが第一印象でした。

――お二人が今作の音楽を手掛けるようになった経緯として、トクマルさんから上水樽󠄀さんにお声がけされたとのことですが、どういった意図があったのでしょうか?
トクマル:『ちいかわ』が映画になるという話を聞いて、まずは『ちいかわ』が好きな人であること、あとはアニメーションの歴史をちゃんとリスペクトして一緒につくれる人とやれたら面白くなるんじゃないかと思ったんですね。最初期のアニメーションって、動きと音が完璧に合うようなやり方をしていて。
――初期のディズニー作品などもそうでしたね。
トクマル:なので、ミッキーマウジングって言い方をしたりすることもあるんですけど、昔のカートゥーンやディズニーがやっていたことですね。それで、『トムとジェリー』の音楽を作っていたスコット・ブラッドリーという人がいるんですけど、彼はそのミッキーマウジングのやり方をアップデートさせた人なんです。そんなスコット・ブラッドリーの論文を発表していた人がいて、上水樽󠄀力さんって方なんですけど。
――そうやってつながっていくんですね。
トクマル:最初期のアニメーションを研究していて、さらにオーケストラのアレンジができる人、僕の周りにはほかにいないですよ。そうやって歴史を一つひとつ尊重して、王道で作れたらきっと良いものになるというか、映画としての『ちいかわ』を音楽で表現できるんじゃないかなと思ったんですね。なので、絶対に上水樽󠄀さんとやりたいと思っていました。
――上水樽󠄀さんは東京藝術大学を卒業されていますよね?
上水樽󠄀:はい、音楽環境創造科というところを出て、その後同じ大学院で論文を執筆しました。修論2年と博論4年、足掛け6年かかりましたね。
――『トムとジェリー』については何か特別な原体験があるんですか?
上水樽󠄀:ちょっとおかしな言い方になるんですけど、たぶん幼少期の原体験がなかったからこそ気になったんだと思います。幼い頃に見ていた方も多いと思うんですけど、僕はどちらかと言えばワーナー・ブラザースの『ルーニー・テューンズ』とかを見ていたんですよね。当時、浦安に住んでいたのでもあってディズニーランドもよく連れて行ってもらってはいたんですけど、引っ越して小学生になってからはカートゥーンにあまり触れなくなってしまって。大学生になってようやく『トムとジェリー』を見たときに「これは全然子供向けじゃない!」「なんて恐ろしい音楽なんだ!」と衝撃を受けたんですよね。偏見がなかったからこそ興味が出てきたというか。
――もともとお二人は親交があったんですよね?
トクマル:そうですね。
上水樽󠄀:今年10周年です。
――制作はどんな作業から取り組みましたか?
トクマル:取っかかりとしては、漫画が原作なので、そこに描いてある音楽的な表現、例えばキャラクターが歌っているシーンとか、それらを一つひとつ抽出して、音楽として鳴らしたときにどうなるのかというのを考えていきました。リファレンスもないので、何が正解か誰も分からないわけですけど。そこから「こういう音かな」みたいな共通認識をちょっとずつ生み出していきましたね。
――アニメーションより音楽が先、つまり今回はフィルムスコアリングではなかった?
トクマル:フィルムスコアリングの部分とフィルムスコアリングじゃない部分があります。後者は劇中歌ですね。「島のうた」とか「うさぎラップ」とか、まずはそういう劇中歌から着手していきました。
上水樽󠄀:いわゆるミュージカルシーンですよね。『白雪姫』とかもそうで、歌や踊りのシーンは映像より歌先行で作られている。『ちいかわ』に話を戻すと、それ以外の部分はフィルムスコアリングでした。
――トクマルさんから見て、もともと上水樽󠄀さんが持っていた作家性は今作でどのように発揮されたと思いますか?
トクマル:できれば彼のスコット・ブラッドリーの論文を皆さんにも読んでもらいたいんですけど、着眼点が全て面白いんですよ。「『トムとジェリー』のこんなところに着目するんだ」って。その着目力というか発見力というか。さらに、それを広げる解釈力も素晴らしくて。だから、僕は上水樽󠄀さんからアレンジが届くたびに心の中で「島二郎!!」と思っていました。
上水樽󠄀:僕を島二郎だと思っていた?(笑)
トクマル:そうです。「すごいすごい!」と思いながら。
上水樽󠄀:でも、僕もかなり自由にやらせてもらえたなと思いますね。例えば「セイレーンという生き物が何なのか」みたいなことを考えたときに、怖くなきゃいけないと思ったんです。それも子供騙しのような怖さではなく、本能的に受け付けない怖さみたいな。そうやって物語の解釈を自分なりに煮詰めていったんですけど、トクマルさんとストレスなく意思疎通できたのはすごくよかったなって。

――共通の解釈を持っていた?
上水樽󠄀:というか、トクマルさんの懐もすごく深いので。受け入れてくれる器がすごく大きいんです。『トムとジェリー』はあくまでも一つの小さな要素に過ぎなくて、実はクラシックや現代音楽から果てはボリウッドの音楽まで、ありとあらゆる文脈の音楽がごった煮になっていて。
トクマル:「このフレーズは、あそこから持ってきたオマージュかな」とか、本当に一小節ずつ「わぁ、すごい」と思いながら見ていました。
上水樽󠄀:ちょっとやりすぎかなと思いながら提出したら、そのまま通っちゃった部分とか結構ありましたもんね。
トクマル:それこそセイレーンの話で言うと、やっぱり人間の本能的な恐怖を煽るには、音楽的にもすごく複雑なことを積み重ねて気持ち悪くしたり、普段やらないようなことをしていて。「これでいいのかな」みたいな気持ちはあったんですけど、個人的には今回それが王道だと思っていたんですよね。
――上水樽󠄀さんもおっしゃっていた“セイレーンの怖さ”は、音楽でも巧みに表現されていたように感じます。いくつか異なる編曲で登場する「島のうた」ですが、どのようにして作り上げていったのでしょう?
トクマル:今回、一番最初に制作に取りかかったのが「島のうた」でした。初めは明るいテンションで歌われるけど、セイレーンが歌うバージョンは仄暗くて怖い感じ。メロディーも歌詞も同じだけど、雰囲気は毎回変わるという表現をする必要があったので、変幻自在になれるようなメロディーラインをまずは作りましたね。

――「島のうた(セイレーン ver.)」は上水樽󠄀さんもクレジットされていますが、編曲を担ったということでしょうか?
トクマル:ある程度で作ったら上水樽󠄀さんに投げていて。なので編曲というより共同作曲ですよね。
上水樽󠄀:一小節レベルで担当が変わっている部分もありますね。
トクマル:どっちが先とかではなく、ほとんど同時進行で作っていましたね。
――それにしても同じ歌、同じメロディーでここまでガラッと印象が変わるのはすごいなと思いました。
トクマル:セイレーンってすごく綺麗な水の中から出てくるんですよ。ハチワレも「神秘的」と言っていましたけど、「島のうた(セイレーン ver.)」はその美しさがイメージとしてありました。
上水樽󠄀:きらきらしていて、でも、どこか妖艶さがありますよね。神話上の存在としてのセイレーンを表現していた部分もある気がします。歌声で航海者を遭難に導くとか。具体的にそういう要素を取り入れたわけではないですけど、読み替えを重ねた捉えどころのないコードを使ってみたり、半ば無意識的に古典的なセイレーン像に引っ張られた部分もあるのかもしれません。
▲島のうた(セイレーン ver.)
2026/7/24 RELEASE
QTRY-0001 3,300円(tax incl.)
映画情報
(C)ナガノ / 2026「映画ちいかわ」製作委員会
公式サイトはこちら
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