漫画やアニメ、キャラクターグッズなど、長きにわたり国民的な人気を誇るさくらももこ作品。漫画『ちびまる子ちゃん』は2026年に連載開始から40周年を迎えた。
さくらさんはそのエッセイでもまた、唯一無二で独自の世界観を築き、次々とベストセラーを生み出した。『もものかんづめ』をはじめ数々のエッセイ集は、今なお多くの読者を爆笑させている。
そんなさくらさんの最新エッセイ集『ふじさん』が8月末に上梓された。その中から「摩周湖のナゾ」を公開する。
淡々とした文体からじわじわと湧き上がる笑いと不思議。ファンにはたまらない一編だ。
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私があの記事を読んだのは、もう十年近く前になるだろうか。
北海道の摩周湖の中に浮かぶ小さな島の断崖絶壁の上の方に、白いペンキで大きく“摩周”というラクガキがされていたという事件が起こったそうだ。
たったそれだけの事件といえばそれだけなのだが、この事件は考えれば考える程、ナゾに包まれているのである。
摩周湖というのは広くて深く、湖にたどり着くまでにも危険な急斜面をけっこう下って行かなければならないという。しかも、湖にたどり着いても湖の中に浮かぶ小島に行くためには、ボートが必要になる。湖でボートを使用するには、湖の管理局の許可が必要なのだという。
更に、ボートを使って小島にたどり着いたとしても、その小島は島というよりは崖でできているような小さい山のようなもので、上陸したとしても上に登って行き、ペンキで大きく“摩周”などとラクガキする事は非常に困難な話らしい。
しかし、“摩周”と白ペンキで大きく書かれていた事は事実だ。数々の莫大な苦労を乗り越えて、命がけの作業をしてまでも、摩周湖に“摩周”と書くという、このノーメッセージなラクガキを、一体何のために誰が書いたのだろう。“バカヤロー”とか書いてあれば、世の中への不満かな? なんていうふうに、書いた人の意図がそれでもまだわかるけど、摩周湖に摩周じゃ……。
単独犯か、複数犯かというのも気になる。単独だとしたら、ものすごい超人的なパワーの持ち主だ。一人で自分のボートを持ってきて湖まで降り、更に島に上陸し、ペンキの入ったバケツを背負って崖を登り、片手で大きな筆を持って“摩周”と書いて戻って来るなんて、大変すぎる。
しかし、複数犯というのも考えにくい。誰かがこの企画を思いつき、「おい、あそこに摩周って書いちゃおうぜ」と仲間に話を持ちかけたところで、「おう、それいいね。オレもやってみたかったんだ」と、この無意味な苦労をするためにノる奴がいるだろうか。「“摩周”じゃない字を書こうぜ」と、複数犯ならそう言い出す奴がいて、違う文字になっていたかもしれない。
愉快犯にしては、苦労がありすぎるのと、ひっそりしすぎている。当時のニュースでも地元の人も皆、「誰が何のために、いつどうやってあんな事をしたのかさっぱりわからない」と言っていた。
私もかなり気になっていたのだが、そのニュースに関しては、それ以来どうなったのか全く情報を得られずに時が経ってしまった。
今となっては、あのニュースは私の夢だったんじゃないか…とすら思えてきたある日、日テレの笛吹さんに何となくこの事件の事を話したところ、「ちょっと私、会社のデータで調べてみます」と言って、調べてくれた。
笛吹さんの調べてくれたデータによると、あの摩周の犯人は全くわからないまま、事件発生の半年後ぐらいの時、ラクガキされた小島の崖が突然崩れ、ラクガキは見えなくなってしまったという。地元の人の話では、あの島は、老婆が小島に姿を変えたのだという言い伝えがあり、その島にラクガキなんかするから、老婆が怒って崖崩れを起こしたのだと語っているとの事だった。
崖崩れというてん末まで、なんとも不思議な事件だよなァと、私は改めて摩周湖の事を考えてしまった。

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