映画監督コンビ“Los Javis(ロス・ハビス)”の映画『La bola negra(ラ・ボラ・ネグラ 意:黒いボール)』が、カンヌ、トロント、サン・セバスティアン各国際映画祭で高い評価を受け、アカデミー賞への期待も高まっている。その物語の核にあるのが、現在もっとも注目される劇作家のひとり、アルベルト・コネヘロの作品だ。今回は、コネヘロが共同脚本を手がけた映画と、彼の代表作である戯曲『La piedra oscura(ラ・ピエドラ・オスクラ 意:暗色の石、暗黒の石)』について話を聞いた。そこには、スペイン内戦で銃殺された劇作家フェデリコ・ガルシア・ロルカへの深い敬意と、対話の力への強い信頼が込められている。
今年もまた、私たちは詩人で劇作家のロルカの死を悼む。彼の作品だけでなく、彼を語るあらゆる作品を通じて、私たちは思い出す。かつて、詩人たちが殺されていた時代があったことを。殺されたのは詩人だけではない。まっすぐに愛し、深く愛した人々。フェデリコとラファエルが愛し合ったように、愛することしかしていない人々も殺されたし、今にいたるまでずっと殺され続けてきた。
『ラ・ピエドラ・オスクラ』は、人生で最も苦しい夜に出会う2人の物語だ。もし作品の中でラファエルとセバスティアンが交わすような会話の機会があれば、人は互いの共通点に気づく。恐れ、願い、存在を残したいという思い、記憶されたいという願い、家族に苦労をかけたくないという気持ち。コネヘロはそう語る。
ロルカの死が残した傷
── フェデリコ・ガルシア・ロルカの殺害とは、どのような出来事でしたか?
国にとっての大惨事です。私たちの歴史でもっとも不吉な出来事のひとつでしょう。内戦のさなか、詩人や教師を殺す国は、長いあいだ荒廃し、精神的な貧しさに苦しむことになる。あの殺害によって、私たちの国は精神を失ったのだと思います。
私たちは、まだそこから立ち直っていません。それは今も開いたままの傷で、おそらく完全に閉じることはないでしょう。人間性や美、詩、未来を与えてくれる人を殺すことは、精神を殺すことです。ロルカは、その惨事の象徴なのかもしれません。あの殺害事件は、我が国の精神の喪失を象徴するものだったと私は考えています。
── ご存知のイアン・ギブソン(ダブリン生まれの作家)が、ロルカの墓について書いた『No me encontraron: La fosa de Lorca: crónica de un olvido(彼らは私を見つけられなかった:忘却の年代記)』という本を出版しました。彼はそれを「crónica de un olvido(忘却の年代記)」と表現しています。あなたはどう思われますか? もはや人々にはロルカの遺骨を見つけようとする意志がない、という見方もあります。
詩人を見つけようとする意志が欠けているとは思いません。
ロルカはおそらく行方不明者の中で最もよく知られている人物でしょう。彼は今もなお行方不明になっている何万人もの人々のリストに名を連ねています。私が主に話してきたのは子孫のことです。なぜなら、行方不明者の遺体そのものが(見つけてもらえないことで)受け続ける”象徴的暴力”がありますが、いっぽうで家族や子孫は悲しみを処理できないために”直接的暴力”を受けているからです。
しかしながら、ロルカを見つけないという意図は人々には全くないと思っています。私は彼の子孫の方々を深く尊敬しています。そして、ヴィズナル(ロルカが殺害されたとされる場所の地名)では発掘調査や非常に本格的な法医学人類学の研究が進められていることも承知しています。フェデリコの遺体が、他の多くの行方不明者の遺体とともに発見されることを願っています。そうなれば、スペインはより威厳のある国になるでしょう。
『ラ・ピエドラ・オスクラ』に描いた記憶
── あなたの戯曲『ラ・ピエドラ・オスクラ』についてお話しましょう。また“ロス・ハビス”監督の映画『ラ・ボラ・ネグラ』についても。あなたは共同脚本家として参加されましたね。
ご存知の通り、これらはロルカが未完の戯曲のために検討していた2つのタイトルで、その戯曲の最初の数ページは、1980年代に素晴らしいフランス人スペイン研究者、マリー・ラフランクのおかげで、グラナダ大学の出版物『Teatro Inconcluso(未完の演劇)』に掲載されました。
その資料は、ロルカの最愛の人であり、生涯の伴侶でもあったラファエル・ロドリゲス・ラプンの記憶と結びついています。ラプンは劇団ラ・バラッカの書記を務め、ロルカの最後の作品のいくつかをタイプで打つ作業にも関わっていました。彼は、その計画を知っていた可能性が高い。
私は、ロルカの未完の作品が失われたという事実を出発点に、『ラ・ピエドラ・オスクラ』という物語を考えました。作品の中でラファエル・ロドリゲス・ラプンは、詩人ロルカが殺害されたことによって断ち切られ、本当なら世に残されるはずだったのに未完のままで終わってしまったすべてのものの象徴として、作品たちが永遠になかったことになってしまうのを防ぐために闘うのです。
── ラファエルの家族の資料にも触れたそうですね。
『ラ・ピエドラ・オスクラ』を書いた当時、ラファエルの弟トマスはまだ存命でした。2012年の春から夏にかけて、96歳だった彼は、何時間も思い出を語ってくれました。彼と家族の寛大な協力を得られたことは、私にとって大きな幸運でした。
── 作品のなかで、ガルシア・ロルカは「そこにいながら、そこにいない」存在として描かれています。
その通りです。ほとんど幽霊のような、潜在的な登場人物として存在しています。作品が観客に聞かせようとするのは、まさに保存されなかったロルカの声だからです。
ロルカを演じる俳優を登場させなかったのは、観客が自分の内側でロルカを形づくるほうが、はるかに力強いと思ったからです。不在には、雄弁なものがあります。ほとんど存在そのものと言えるほど、強い不在もあるのです。
── ラファエルと若い兵士セバスティアンは、分断されたスペインで本来なら出会うはずのない2人です。
2人は、決して出会わない運命にあるように見えました。それでも人生で最も苦しい夜に出会います。セバスティアンは、母を亡くしたばかりの国民派の若い兵士。ラファエルは共和派の中尉で、その夜から1年前、人生で最も大切な人、フェデリコ・ガルシア・ロルカを失っていました。
2人は、後悔を抱えた孤児のような存在です。この作品が描くのは、暗い夜のなかでも人間性を救い出せるという信念です。権力はしばしば、私たちを引き離そうとします。しかし、1時間半も会話をすれば、私たちは互いによく似ていることに気づく。これは善と悪を単純に分ける作品でも、説教でもありません。
この作品が描くのは、2つのスペインの対立ではありません。内戦前に存在した、穏やかな異論を認め、異なる立場の人々が共和制の価値観のもとで共存していたスペインを取り戻すことです。共和国とは政治的な色ではなく、互いに政権を交代させる仕組みです。世俗的で共和主義的な右派の記憶も、いまのスペインには必要だと思います。
話すことと、対話すること
── 静かで丁寧な対話が、社会から失われつつあります。演劇は対話の場所になれるでしょうか?
演劇こそ、対話のための空間だと思います。対話とは、2人のあいだで言葉を交わすことだけではありません。空間を越えて投げかけられ、別の身体に届こうとする言葉です。それが演劇の意味です。
私たちはたくさん話しますが、対話はあまりしていません。言葉は大量に生み出すのに、会話は少ない。これほどつながっているように見える時代はないのに、実際には、これほど互いにつながっていない時代もないでしょう。仮想空間の装置によって、注意力は短く切り刻まれています。人間を人間たらしめる対話を取り戻さなければなりません。
── 対話は、2つの独白を足したものではないということですね。
対話には、危うさがあります。自分の考えが変わるかもしれないからです。共感と注意深さが必要で、SNSが私たちに植えつけた自己愛からも離れなければならない。相手の話に注意を向けることは、相手に対してとても純粋な寛大さを示すことです。
共感とは、自分と同じものに感じることではなく、自分とは異なる他者に向き合うことです。意見が違うからといって、対話の場から相手を締め出してはいけない。ただし、民主主義と人間性の範囲内であることが前提です。人の命と尊厳は、交渉の対象ではありません。
意見を言う権利は、もちろん尊重されるべきです。しかし、すべての意見が尊重に値するわけではない。自分の考えを検察官のように問い直し、いつも弁護するだけにならないことが必要です。自分を疑い、確信にしがみつかない。自分に似た人だけに囲まれていると、考え方は内向きになり、挫折への耐性も失われます。
── 批判を受け入れることも、対話の一部でしょうか?
批判を受ける柔軟さが、私たちには足りません。ただし、批判は人間性に基づき、相手を消し去ろうとするものではないべきです。国とは、進行中の会話です。同じテーブルに座って話せなくなったとき、その国は病み始める。意見が違っていても、相手のなかに何かよいものを見つけられるかもしれません。演劇は、道徳的想像力を学ぶ学校でもあるのです。
演劇では、ヤーソンとメデイア、フアンと「イェルマ」、ジュリエットの母とジュリエット、それぞれの理由を理解しようとします。相手の決断を正当化するのではなく、傷や恐れ、心の中の幻、願いを理解しようとする。演劇が教えてくれるのは、そういうことです。
親切さも失ってはいけません。誰かに「私はあなたに同意しません」と伝えるときにも、それは必要です。親切には、知性、落ち着き、冷静さ、そして善意が求められる。今の時代には多すぎる条件かもしれませんが、それでも私は信じています。
観客とともに完成する演劇
── 演劇の批評と観客の反応が一致しないこともあります。
批評家と観客の両方から評価される作品もあれば、批評家だけ、観客だけに評価される作品もあります。私は演劇のもろさを愛しています。演劇には、観客の詩的な協力が必要だからです。
映画は、観客が起きてほしくないと思っても、すでに完成しています。しかし演劇は違う。観客との出会いが必要で、それが演劇を根本的に人間的なものにしています。誰かが「あなたはここにいる。私はあなたを見ている」と伝えてくれることで、演劇は存在する。最後に私たちを覚えている人がいなくなったとき、私たちは本当に死ぬのかもしれません。
観客が出会いを望まなければ、その出会いは起きません。だから演劇は、決して消えることのない特別な芸術なのです。人間の営みを守る場所であり、「私たち」が存在する可能性でもあります。
『ラ・ピエドラ・オスクラ』の最後に、ラファエルはこう尋ねます。「僕は完全に消えてしまうわけじゃないよね? 誰も完全に消えることはないよね?」と。その問いは観客に投げかけられます。そして読者や観客が作品に触れるたび、その問いには、少なくとも一瞬、答えが与えられるのだと思います。
ロス・ハビスとの映画制作、そしてロルカ
── ロス・ハビスとの共同制作について聞かせてください。
『ラ・ボラ・ネグラ』は『ラ・ピエドラ・オスクラ』そのものではありません。ただ、この作品は映画の中心にあります。観客には、事前の情報に邪魔されずに映画を体験してほしいので、詳しくは話せません。
脚本での協働は、私にとって大きな学びの旅でした。時間の流れも方法も、演劇とは違う。彼らには話を聞いてもらい、尊重してもらいました。彼らの世界から多くを学んだと思います。『ラ・ボラ・ネグラ』には、まったく異なる想像力と経歴を持つ人々が出会い、ひとつの物語への愛によって結ばれるという価値があります。
── ロルカは同性愛者だったことと、政治的な考えのどちらを理由に殺されたのでしょうか?
ロルカを殺したのは、無知、憎しみ、同性愛嫌悪です。彼が体現していたものを嫌う人々が、彼を殺した。ロルカは共感、善意、寛大さ、社会意識、ヒューマニズム、そして自分らしくあることへの誠実さを体現していました。
彼の殺害は懲罰的側面がありました。ロルカを殺害することで、そうした倫理的で誠実な考えや生き方を持つすべての男女に対する、恐ろしいメッセージが送られたのです。ロルカは同性愛者だったから殺された、と単純に言うことはできません。ロルカはあまりに多くのものを持っていたからです。
ロルカは、最も輝かしいスペイン的なるものに対する、“カイン*”的な、同胞に刃を向けるような憎しみと軽蔑によって殺されました。そして、それは彼が象徴するすべての要素を「殺そう」とした暗黒の人々、犯罪者によって行われたのです。ロルカ殺害事件は、道徳的、思想的な悲惨さを幾度となく浮き彫りにするばかりです。
私は、ロルカが同性愛嫌悪を知りながら、カミカゼだった(無謀に突撃し自滅していった)とは思いません。彼は他人に嘘をつかず、自分にも嘘をつかずに生きようとした。当時のLGBTQ+の人々に許されていた狭い自由の範囲のなかで、誠実に生きようとしたのだと思います。現代の価値観から、過去を単純に判断してはいけません。
ロルカの「砂の下の演劇」という考えは、私の演劇よりはるかに過激です。ただ、恐れず、妥協せず、まず自分自身に、そして社会に誠実な演劇をつくるという教えは受け継いでいます。感情は、ときに軽く扱われます。しかし、感受性を歓迎したい。考えを動かす感情を歓迎したいのです。
願わくば、それが常に目標であってほしい。より多くの考え方を手にして劇場を後にしてほしいのです。ピラール(インタビュアー)、わかるでしょう? 私は感情を強く信じているし、マリア・ザンブラーノの詩的な理性を強く信じています。それは私の哲学的基盤のひとつです。感情は時に過小評価され、感傷的だとレッテルを貼られ、否定的に捉えられてきたと思う。
でもほら、感受性へようこそ。アイデアを駆り立てる感情へようこそ。ヴィスワヴァ・シンボルスカの詩に「詩を書く滑稽さのほうが、書かない滑稽さより好ましい」という一節がある。私も、戯曲を書かない不条理よりも、戯曲を書くことの不条理の方が好きですね。
*旧約聖書における最初の人間アダムとイブの息子で弟のアベルを妬みと嫉みから殺害した人物

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