探偵役・湯川の歴史を補完
突然の訃報に言葉が出なかった。当たり前のように新刊が出て、当たり前のようにヒットして、当たり前のように映画化されるという日々が続いていくものだと思い込んでいた。正直言って、今もなお、すでに東野圭吾氏がいないということが飲み込めない。
東野圭吾(以下敬称略)は1985年に『放課後』で江戸川乱歩賞を受賞してデビュー。99年に『秘密』で日本推理作家協会賞を受賞し映画が公開されたことでブレイクし、福山雅治主演の「ガリレオ」シリーズのヒットでその人気を盤石のものとした。
海外でも高い評価を受けた『新参者』に代表される加賀恭一郎シリーズや、以前この欄でも紹介した「マスカレード・ホテル」シリーズなど人気作は枚挙に暇がない。押しも押されもせぬ国民的作家だ。
その訃報の衝撃が醒めやらぬ今月5日に刊行されたのが、ガリレオシリーズ最新作にして最終作となってしまった『永遠の記憶』である。
ガリレオシリーズとは物理学者の湯川が警察に協力して、科学の知識を使って事件の謎を解くという趣向だ。凝ったトリックと謎解きに加え、事件から浮かび上がる人間ドラマが多くの読者を魅了した。
シリーズ中期から湯川のバディとして登場したのが女性刑事の内海薫である。『永遠の記憶』はその内海がスーパーマーケットで突然男に刺されるという場面から始まる。
犯人は70歳の老人で、スーパーの建物から身を投げたが命は助かった。しかし取り調べには完全黙秘。調べが進むうちに、老人の周辺にかつて内海がかかわった事件の関係者がいたことが分かって……。
物語は二部構成。第一部は内海殺傷事件だが、それが解決してから始まる第二部に驚かされた。湯川が過去に解決した事件、つまりシリーズの過去作が意外な形でかかわってくるのだ。
そもそも第一部から、過去を振り返る会話が本書には多い。また、初登場時はヒラの刑事だった草薙は管理官まで出世し、内海は1児の母になっている。そのように読者の意識を30年にわたるシリーズの流れに向けたところで、第二部で過去の事件につながるという構成は、長く読んできたシリーズファンにとってご褒美のようなものだ。
これが最後のガリレオだという意識が著者にあったかどうかは分からない。だがこれはまぎれもなく、ガリレオの過去の取りこぼしを掬い上げ、湯川という探偵役の歴史を補完する小説だ。本書は集大成であるとともに、本書の存在によってシリーズが「完全体」になると言って良い。
このシリーズは漢字の熟語に独特の読みを与えたタイトルが使われるが、今回は第一部に「履歴(たど)る」、第二部に「終活(ふりかえ)る」という副題が付けられている。いずれも読者の公募から著者が選んだものだ。皮肉にも最後にふさわしいタイトルになってしまったことが悲しい。
だが作品は残る。100冊を超える著作の存在は、今後も多くの東野圭吾ファンを生み出すことだろう。読まれ続ける限り、作家は死なないのである。
(東野 圭吾 著、文藝春秋 刊、税込2310円)
選者:書評家 大矢 博子

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