絵と短歌の傑作コラボ

 歌人の岡野大嗣さんと、イラストレーターの安福望さんの共著『ユニバーサリー・アニバーサリー』が、河出書房新社から刊行された。1首の短歌に1枚のイラストが添えられた二人のコラボは、ネット上ではもう10年以上前から目にしているけれど、このたび、岡野さんの短歌の代表作70首余りに、安福さんがイラストでの鑑賞を展開するほか、河出書房新社の雑誌『スピン』に掲載された短歌連作とイラストとのコラボ作品、さらに岡野さんによる短篇小説など、実に豪華な内容で構成されている。書名の『ユニバーサリー・アニバーサリー』は、音の響きを楽しんでもらおうとして韻を踏んだ造語のようだ。「みんなの記念日」といった意味になろうか。

〈フレンチクルーラーの空気は新緑の季節がいちばんの食べごろさ〉

 ドーナツ屋さんのことを調べていたら、現在は、第6次ドーナツブームだとAIが教えてくれた。ブームの主役は、フレンチクルーラーなのだという。この一首の「空気」というのは、ドーナツのあの穴のことを指しているようだ。私たちが食べるのはドーナツ本体だけど、それを、穴を食べている、そして穴の中の新緑の空気を食べているととらえているのが短歌的表現として面白い。

〈瓶ラムネ割って密かに手に入れた夏のすべてをつかさどる玉〉

 あの玉の呼び名は「ビー玉」で良いのだろうか。少年期に、私もこっそり割ったことがある。玩具屋か雑貨屋で買えば、カラフルなものがいくらでもあるのに、なぜかあのラムネ瓶の中の地味な感じの玉に惹かれた。正体がよく分かっていなかったので、魔法の力がそこにあるような不思議な感覚を味わったのだろう。「夏のすべてをつかさどる」は、少年からすると大袈裟ではないのだ。

〈なにやつ、とあなたがふるう一太刀の葱にやられる秋の夜長に〉

 安福さんのイラストについて、その面白さをことばで説明するのは難しい。ぜひ一読をとお薦めするしかないのだけど、そのかわいらしさを見ると、文字どおり、こころを洗われる印象がある。「一太刀の葱」をふるう少女の表情には、本気だけど遊びである感じがうまく出ていて、葱にやられた「あなた」=短歌の語り手が、実は、葱と言うよりは少女にやられている様子が見事に浮かびあがる。

 安福さんが短歌を鑑賞しながら書くイラストのすごさは、2015年にキノブックスから刊行された『食器と食パンとペン わたしの好きな短歌』で実感した。短歌を十全にあるいはそれ以上に理解できているからこそ書けるイラストというものがある。これからもさまざまなシーンで楽しませて欲しい。

 紙幅で少ししか触れられないけれど、表題作でもある岡野さんの短篇小説『ユニバーサリー・アニバーサリー』は、誰も踏みこんでいない雪原のようなメルヘンで、これはこれで1冊の絵本で読みたくなる1篇だった。

(岡野 大嗣 著、安福 望 絵、河出書房新社 刊、税込2420円)

選者:歌人 荻原 裕幸(おぎはら ひろゆき)
「東桜歌会」を主宰、同人誌『短歌ホリック』発行人。今年4月に『アヲハリズム 荻原裕幸初期短歌選集』(左右社)を発売。

労働新聞

令和8年7月6日第3551号7面 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

労働新聞社

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