女たちの情念が渦巻く大奥をテーマに、第一章「唐傘」、第二章「火鼠」と続いてきた「劇場版モノノ怪」シリーズ。最終章となる『劇場版モノノ怪 第三章 蛇へび神がみ』では、“大奥”という機能が求めたものは何だったのか、そして触れられてこなかった天子の秘密に迫る。
カドブンでは第一章・第二章の対談に続き、総監督中村健治氏と脚本・ノベライズ担当である新あたらし八や角すみ氏の対談が実現。
「劇場版モノノ怪」シリーズの作品全体がより深く楽しめる対談をお楽しみください。

※本インタビューには一部本編のネタバレが含まれます。

取材・文:立花もも

▼ 前回の対談はこちら
・複雑に絡み合う情念をスパッと斬る気持ちよさ。大奥を舞台に、組織が抱える問題を描く『劇場版モノノ怪 唐傘』映画公開記念対談
・大奥の危機を薬売りが斬る――! 『劇場版モノノ怪 第二章 火鼠』映画公開記念対談

『劇場版モノノ怪 第三章 蛇神』映画公開記念対談

――劇場版三部作の最終章ということで、ついに「御水様」をはじめ、大奥にはびこるものの正体が明かされます。第一章を制作しはじめたころから、このラストは想定していたのでしょうか。

中村健治(以下、中村):もちろん大枠はだいたい決めていたんですけど、第一章、第二章を経たからこそたどりつけたものがたくさんありますね。第三章の主人公は、ついに念願の男子を授かった御み台だい所どころ(天子の正室)の幸子ですが……。

新八角(以下、新):最初の設定は違っていたんですよね。第三章のテーマはなにか、主人公は誰にすべきかを突き詰めていった結果、幸子を見つけることができた。

中村:そう。まさに「見つけた!」って感じでしたね。それまでは、大奥の外からやってきた人が中心で立ち回る案とか、いろいろ考えていたんです。でも、これまで数行しか登場しなかったようなキャラクターだけど、冷静に考えて、幸子ってめちゃくちゃ重要な存在だよねということに思い至った。

新:新人女中を主人公にした第一章から、御中臈を主人公にした第二章にビルドアップしたことで、視座が一段、高くなったんですよね。であれば第三章は、もう一段あがった場所から物語を……大奥という構造に目を向けなければならない。その役目を担えるのはやはり、天子の正室という最も高い位についている幸子だろうと。そう決まってから、監督は最後まで幸子の心情を練りに練っていましたよね。対極の存在である天局あまのつぼねのことも。

――三代目天子の乳母で、御水様信仰にも深い関わりを持つとされる人物ですね。

中村:天局は、三代目天子の時代に、当時の御台所以上に権力を持っていた人とされているんですけど。彼女をふくめ、御水様信仰の起源については、第一章を作り始めたころは、そこまで考えていなかったんですよ。

新:大枠の設定はありましたけどね。私が脚本に参加したのは第二章からですけど、その時点で、天局もきっちり存在していましたから。

中村:それはそうですね。そもそも「劇場版モノノ怪」の世界観は、小国が乱立して各地で内乱が起きていた時代、時の為政者が平定して日の本という一つの国になった、というのが背景にある。平和な統治を続けるためには、人々の心を一つにまとめるための何かが必要で、天子の血筋というシステムだけでは足りないと思ったんです。人の心を、理屈を超えてつかんでしまう何か。それが御水様であり、天局にも関わっているということは決めていたけれど、それがいったいどういうことだったのかは、新さんが細部を埋める脚本を書いてくれたことで、定まった。

新:私も、書きながらようやく見えた、という感じでした。そうか、これまで大奥が紡いできたものは、こういうことだったのか、と。

中村:作りながらわかる、ということの繰り返しでしたよね。個人的な話をすると、劇場版のシリーズをつくっている間は、もうほんとに、いっぱいいっぱいだったんですよ。その状態にちょっと慣れて気持ちが落ち着いてくると、心に隙間が生まれて、物語を俯瞰して検証できるようになる。そうすると「御水様の説明しなきゃだめじゃん!」とか「天局だけでなく、三代目天子と相思相愛だった三代目御台所も含めて、ちゃんと心の根っこを描かなきゃだめじゃん!」とか、やらなきゃいけないことが見えてくる。第一章、第二章も、そういう具合で物語を埋めていったら、思った以上に、観客の観たい・知りたいものと重なってくれた、という感じです。

新:やっぱり、構造なんですよね。きちんと描かなくてはいけないのは。そのために、構造のなかに置かれた様々な立場の人たちの心を、中村監督はずっと考えていた。

――社会の秩序と、個人の幸福。どちらかを優先すれば、どちらかが削られる。その葛藤を、第一章のころから監督はずっとお話しされていました。第三章にたどり着いたことで、何か見えたものはありますか。

中村:誰もが幸せになれる最高のシステム、なんて存在しないと思うんですよ。個人にとって大事にすべきものが何かは、一人ひとり異なるし、それぞれのなかで、時間とともに変わっていく。どうしたって、ちょっとずつ妥協したものしか、組み込めない。どんなに優れたシステムだって、不満が生まれるのは当然なんです。世の中はそういうものだという諦念を頭の片隅に何割か持っておくと、ちょっとラクになれるんじゃないかなと思うようになりました。

――その諦念は、だから幸せを諦めろ、というのとは違いますよね。

中村:違いますね。論理と感情が対立しやすいのが、昨今の傾向だと僕は思っていて。思考優位の人は「何が正しいか」という話をしがちで、それが感情優位の人にとっては、まるで寄り添ってくれないように見えてしまう。実際、論理的に成立しているからって、現実にまかりとおることばかりではないから、思考優位の人はもう少し慮おもんばかれるといいなと思うし、感情優位の人も、気持ちの話ばかりしていてもしょうがない、ということがわかるといいなと思う。と同時に、たとえ受け入れがたい主張であっても「相手が一所懸命に話していることを、ジャッジする前にまずは聞いてみよう」とする姿勢をもてる人がひとりでも増えてくれたら……という願いは、作品を通じて、いっそう強くなりましたね。

新:個人と社会をどうしたら上手に接続していけるのかという監督の想いは、当初からうかがっていて。そこに心底共感したからこそ、今こうして、この場にいるわけですが、具体的に描くとなると途方もない話だぞ、と最初にお話を聞いたときは頭を抱えました(笑)。

中村:わかる。

新:どうすんだこれ、って。

中村:いや、ほんとにそう。僕も、頭を抱えてた(笑)。

新:ただ、これだけの年月をかけて、一つの社会と、そこに生きるたくさんのキャラクターたちに関わる機会って、そうそうないんですよ。どんな過去を背負ってそこにいるのか、事件を通じてどんな変化が起きるのか、一人ひとりを見つめながら、組織全体のことも考えていくという、この贅沢な五年弱の時間があったからこそ、書けたものがあるなあと思います。一作で描写できる組織と個人の対立には限界があるけど、三部作という段階を経ることで、物語の奥深さも自然と増していきましたしね。

中村:たぶんね、僕と関係なく、新さん自身がそういうことに日々向き合っているんだと思うんですよ。世の中の流れや、右や左にふれやすい人々の感情に触れるなかで「うーん」と首をかしげてしまう。せっかくアニメをつくるなら、未来がよりよい方向にふれていくものにしたいというお節介心を、持っている人なんだと僕は感じています。それは説教みたいな押しつけがましさとはちがう、やっぱり、“願い”なのかな。アニメの世界だけで完結する楽しいものをつくるのもいいけど、心のどこかに引っかかって、その人が何かの糧にしてくれたらいいな、どこかに至ってくれたらいいなという願い。観客とのコミュニケーションでもあるその心を持っている新さんと一緒だから、ここまでたどりつけたのだと思います。

――新さんがいたからこそ生まれたシーンはありますか?

中村:怪異が起きたからってお勤めがなくなるわけじゃない、とクメとトメという女中が慌ただしく働くシーンがあるんですよね。最終的に、全体の尺がふくれあがっちゃったからどこかのシーンを削らなきゃいけなかったんですけど、これは絶対に残さないと新さんに怒られるって思いました。

新:(笑)。

中村:だから、最後までスタッフにディフェンスしました。だめですよ、これは絶対必要ですからね、って。

新:ありがとうございます(笑)。彼女たちは本当に、ごくごく普通の女の子たちなんだけど、そういう彼女たちが何があっても変わらずお勤めを果たしてきたことで、大奥は変わらずに存在し続けてきたんだと思うんですよね。立場のある人たちだけじゃない、歴史の上では名もなき個人である彼女たちもまたシステムの一部であるということが大事なんだと思っていたので、残していただけてよかったです。

中村:大奥を揺るがす大事件が起きているのに、仕事は仕事だから終わらせなきゃ、とto doをこなしていく彼女たちは尊い、って僕も思いました。僕が描きたかった、職場としての大奥のリアルが、そこにあったんです。情欲バトルの場としてばかり描かれがちだけど、仕事していれば嬉しい・悔しいが生まれるのと同じように、愛情も憎悪も芽生えていく。ただそれだけのことなんだってことを、僕は描きたかったから。

新:ただ、身分差というのは明確にあって。モノノ怪が発生することで、どうしても、ふだんは交わりのない立場の人たちが関わらなきゃいけなくなる。一般社会で、社長と末端の平社員が力を合わせてなにかに立ち向かうことって、ほとんどありえないと思うんですけど、それがありえたときどういう化学反応が起きるのか、という思考実験をすることができたのも本作のおもしろいところでしたね。社会の可能性が、見えた気がした。

――そして今作、全員が立ち向かうのが御水様であり、蛇神であるわけですが……。

中村:火鼠に続き、これも新さんの発案でしたね。

新:御水様とかかわる以上は水の神さまなんだろう、と思ったときに、浮かんだのが蛇と龍。龍はちょっと格が高すぎる気がしたし、とぐろを巻いている蛇、っていうのが、大奥にはびこる何かとイメージがつなげやすかった。湿度の高い感じも、大奥に対する怒りを溜め込んでいる存在として納得感がありましたし、絞め潰す、みたいなイメージが湧いたので、いけるかなと。

――その大奥という構造を、薬売りを媒介にしたからこそ描けたものはありますか?

中村:外からまぎれこむノイズなんですよね、薬売りは。彼が入り込むことによって、予定調和の日々にちょっとした波紋が起きる。そんな薬売りに対してどう接するか、態度の違いを描き分けられるのがよかったな、と思います。それは、異なる価値観と出合ったとき、その人がどのように向き合い、どう自分を変えていくか、ということなので。たとえば第二章の主人公であるボタン様(大奥の最高職位・御年寄)は、規律を何より重んじていて「私こそが法律」というかたくなさだったけれど、前作を通じてちょっとやわらかくなり、何事に対しても「しょうがないな」と思える寛容さを得られた。そういう変化を描けるのも、シリーズならでは、という気がしますね。

新:あと、薬売り相手になら、みんな、抱え込んでいるものを吐き出せるんですよ。「お聞かせください」と言ってくれる彼なら、受け止めてくれるだろうと思えるから、誰にも言えなかったことを語ることができる。そのうえで、構造ごとズバッと斬って調和を取り戻してくれる薬売りは、一種のヒーロー性があって、私はすごく好きですね。

中村:なるほど。確かに利害関係なく、ただ話を聞いてくれる人って大事ですよね。絶対に否定しない、ただ「本当のことを話してくれてありがとう」というスタンスの薬売りみたいな人は、貴重なのかも。

新:絶対、説教もしませんからね。そこに誰もが救われるものがあるんじゃないかと思うんです。

中村:昨今、感情を吐露した人に対して、理屈で返す人のあまりの多さに、僕は辟易しているんですよ。しんどい、という人に対して、事情も知らないのに、もっとこうすればいいとか、こうしないからよくないとか。……わかるんですよ。いっぱいいっぱいの人に対して、ほんのちょっと余裕のある側は、いいことを言って助けてあげたいと思ってしまう。僕自身、それでたくさん失敗しました。アドバイスを受け入れてくれない人に対して、心が狭いとすら思っていたけど、心が狭いのは僕のほうだったんですよね。

新:そういう意味で、薬売りのやっていることは、カウンセリングに近い。「形かたち・真まこと・理ことわり」の三つを明らかにしないと解決できない、というのもそう。抱えている情念に名前を与えて、それがその人にとってどういうことなのかを知って、そのうえですべてを吐き出し、詳つまびらかにすることで、ようやく次へ行ける。薬売りが怪異を祓う過程は、ものすごく現代的だなとも思います。

中村:そういえば、「モノノ怪」シリーズを作るうえでは、感情を肯定したいという話を新さんともしましたよね。今の時代、感情がそこかしこで暴れまわっていて、野放しにすればもちろん事件が起きてしまう。だけど、その事件を解決するために必要なのは、暴れまわった感情を断罪することではなく、つらいものはつらい、苦しいものは苦しいと、肯定することなんじゃないか。薬売りがモノノ怪を斬ることで、みんなが少しずつなにか変わってくれればいいなという想いはありましたね。とくにノベライズ版では、劇場版以上に登場人物の感情が凝縮されていて、どんなうねりを経てそこに至ったのかが伝わってきて、グッときます。

――『小説 劇場版モノノ怪 蛇神』では「夢」というキーワードが強く用いられて、女性たちの夢見たものがなんだったのか。なにを大奥に託したのかも、いっそう伝わってきて、切なくなりました。

新:幸子は理想の中に生きている人なんだってことを、監督から伝えられていて。一言で表せば、夢見る少女。だとすれば大奥に身を置くことでその夢がどう崩れていくのか、描きたかった。自分にとって都合のいい夢想から、どうすれば現実的な、地に足の着いた夢に組み替えていくことができるのか、描いていきたいなと思ったんですよね。それは、ひとりよがりではできない、誰かと手をとりあうことの大事さを知る、成長にもつながるのではないかと。

中村:ぜひ、劇場版だけでなく、ノベライズ小説も楽しんでほしいですね。新さんの言葉がどんどん研ぎ澄まされて、めちゃくちゃ濃いのに読みやすくて。ふつうに、一読者として「おもしれー!」って読んじゃったから(笑)。

新:ありがとうございます。私は、劇場で薬売りが神儀に変身するシーン、それから、ラストの別れのシーンをぜひ堪能してほしいです。大奥のみんなが薬売りとの別れを惜しんでくれる、そんなことは、「モノノ怪」シリーズのなかでも初めてなんじゃないのかな。

中村:よかった。それもまた、僕の描きたいものだったんですよ。薬売りは一人じゃない、だからこそいろんなかたちで人と関わっていくことができる。それに、新さんの小説をはじめ、いろんなメディアと競作しながら、その存在が生き続けてくれたらいいなと思っているんです。というわけで、みなさん、安心してください。何、とは言いませんが、これで終わりではなく、薬売りの物語はまだまだ続きますから。でも、その前にぜひ、劇場版および小説で、三部作の締めくくりを見届けてください。

書誌情報

書 名:小説 劇場版モノノ怪 蛇神
著 者:新 八角
発売日:2026年06月02日

『劇場版モノノ怪』公式ノベライズ第三章。大奥を揺るがす愛と悲しみの物語
大奥で多くの犠牲を出した唐傘との死闘、続けて起きた火鼠の騒動から一年。いまだ消えぬ“何か”の気配を感じて薬売りが再び七つ口に現れる。天子の正室である幸子は第二子を懐妊するが、喜びも束の間、死産となる。時を同じくして、大奥では人が潰され、絞め殺される怪死事件が起き……。やがて明かされるのは、大奥の始まりに隠された永く哀しき秘密だった。奥女中の守り神である御水様、その信仰の祭司を務める溝呂木家と天子の血筋……大奥を守り、導く者たちの因果はやがて国を揺るがす一大事を引き起こす。全てを押し潰さんとする、尋常ならざる想いを宿す最恐のモノノ怪を前に、薬売りの最後の退魔と救済の儀が今、始まる。形、真、理――三様が揃い、よって剣を、解き放つ!

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322305000334/
amazonページはこちら
電子書籍ストアBOOK☆WALKERページはこちら

映画情報

『劇場版モノノ怪 第三章 蛇神』
キャスト:神谷浩史、種﨑敦美、入野自由、津田健次郎、榊󠄀原良子、沢城みゆき
総監督:中村健治、監督:越田知明、脚本:新八角
全国公開中
映画公式ホームページ:https://mononoke-movie.com

関連記事

【試し読み】『モノノ怪 鬼』冒頭特別公開!
https://note.com/kadobun_note/n/n21ded57d359d
【試し読み】『小説 劇場版モノノ怪 唐傘』冒頭特別公開!
https://note.com/kadobun_note/n/n9e97e46f2e39
【試し読み】『モノノ怪 執』第一話まるごと特別公開!
https://note.com/kadobun_note/n/n90aca456b843

WACOCA: People, Life, Style.

Pin