森七菜さん主演の映画『炎上』が、公開から連日満席で話題だ。歌舞伎町・トー横に集う若者を描いた本作で監督・脚本を務めるのは、サラリーマンでありながらサンダンス映画祭で日本人初のグランプリを受賞した長久允氏。その思考法を存分に伝える『あなたにしか作れないけれど、世界に通用してしまう 脚本の教室』から、抜粋・再構成し、作品づくりの根幹に迫る。(構成/ダイヤモンド社書籍編集局)


脚本の教室Photo: Adobe Stock



リアリティよりおもしろさ

――なんとなくリアリティのない会話になってしまった。

――「うん」とか「確かにね」など自然な相槌を入れていたら、冗長になりすぎた。

――プロットを進めるための「都合のいいセリフ(説明セリフともいう)」を言わせてしまっているのが、寒く見える。


 映画学校の脚本の授業でも、よくこのような悩みについて取り上げられていました。


 よくある回答としては、次のようなものが多いです。


「そもそも説明セリフは回避すべき。状況などセリフ以外で伝えられないか検証をすべき。やむなく会話中、ひとりの人物が説明セリフを長くしゃべっている事態を避けられないならば、聞き役側の人物にその内容を否定させましょう。そうすれば、より感情的にも1レベル上がった状態で、自然と説明を続けることができます。もしくは別の第三者が助け舟を出すなど、ひとりがしゃべり続けることを避ける方法をとりましょう」


 非常に理にかなった回答だと思います。これもひとつの手でしょう。

 しかし私は、こう考えます。


そもそも、リアリティなんて別になくてもいい。

そもそも、相槌は全部なくていい。

意味のある、もしくはおもしろい相槌はあってもいいけど。

「都合のいいセリフ(説明セリフ)」はあっていい。

おもしろければいい。憑依して書くべし。


 と、そもそもの悩みの根本をとらえ直すべきだと思うのです。


 そもそも映画は別にリアリティを追求しなければならないという縛りはありません(そういう良さのある映画ももちろんありますが、縛られるべきルールではない)。


 もちろん題材を取材し、そのテーマにおける「リアル」はなんなのかはしっかりととらえる必要はあります。しかし会話やシーンにおいては、リアリティを最重要視する必要はないのです。


 私たちが作っているのは、寓話なのだから。宇宙的なSFじゃなくても、題材が現代の社会だとしても、私たちが作ろうとしているのはファンタジーなのです。



意図がバレているから「寒い」

 そして、説明セリフについて。


 なぜ説明セリフがおもしろくないのか? ということを考えてみましょう。


 それは物語を進める目的のために書かれていて、そのことが観客にバレているから寒いのだと思います。


 なので、それが気づかれないくらい、違うベクトルの感情を感じさせればいいのです。


 たとえば「おもしろい」もそのひとつです。なんとかユーモアを混ぜて乗り切ってください。


 もしくは、それを根本から解決するために有用なのが、登場人物に「憑依」する作業です。誰かしら人物が憑依していたら、物語のためにセリフが存在することはありません。


 その人物本人のうちから吐き出されるセリフになっているはず。


 そもそもプロット構成以前にセリフを書く順序にしていれば、その「物語を展開しなければならないという目的」自体が存在していないので、そうなりようがないのです。


 もしどうしても物語を運ぶためのシーンを追記しなければならないときも、その場所に、その人物を憑依させて書いてみましょう。なんとかなるはずです。


 とにかくポイントは、物語の「展開」よりも、その「人物」のほうを大事に思う、ということです。


 現実の隣人に敬意を払うように、物語の人物にも敬意と愛情を。

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