ベストセラーになった三笠宮彬子女王殿下の『赤と青のガウン オックスフォード留学記』(PHP文庫)を原作に『プリンセスメゾン』など、日常を細やかに描く作風が人気の池辺葵さんが漫画化した『マンガ 赤と青のガウン 第1巻』(原作・彬子女王、漫画・池辺葵、新潮社)が刊行された。刊行を記念して、彬子女王殿下と文芸評論家の三宅香帆さんのトークイベントがジュンク堂池袋本店で開催された。漫画とエッセーの違い、日本美術と漫画の共通点などについて語った。

彬子女王殿下(左)と文芸評論家の三宅香帆さん(右)

三笠宮彬子女王殿下(左)と文芸評論家の三宅香帆さん(右)

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漫画には余白の美がある

文芸評論家 三宅香帆さん(以下、三宅) このたび『
マンガ 赤と青のガウン 第1巻
』(原作・彬子女王、漫画・池辺葵、新潮社)の発売、おめでとうございます。「あのすてきなエッセーが今度は漫画になるんだ」と、読者としては二重の喜びが詰まった第1巻です。彬子さまが「エッセーが漫画ではこうなるんだ」と驚かれたシーンはございますか。

彬子女王殿下(以下、彬子女王) 池辺葵さんは人の心情を描くのがお上手なので、街で振り返って側衛(皇族を直近で警護する皇宮護衛官)がいなかったときに感じた心の揺れや、オックスフォードに留学した当初は友人がおらず、一歩ずつ踏みしめて部屋に戻ったときの孤独感などがよく表現されていました。文章だと「寂しかった」「つらかった」と一言で済んでしまうところを、池辺さんが描いてくださったことで、より伝わりやすくなったと思います。

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彬子女王(あきこじょおう)

1981年、故寛仁親王殿下の第一女子として生まれる。学習院大学在学中及び卒業後に、英国オックスフォード大学マートン・コレッジに留学し、女性皇族として初めて博士号を取得(専攻は日本美術)。京都産業大学日本文化研究所特別教授、一般社団法人心游舎総裁などを務める。著書に『赤と青のガウン オックスフォード留学記』『飼い犬に腹を噛まれる』(ともにPHP研究所)、『京都 ものがたりの道』(毎日新聞出版)、『日本美のこころ イノリノカタチ』(小学館)などがある。

三宅 私も1巻では好きなシーンがたくさんあります。振り返って、「側衛がいない」と分かる2コマには、彬子さまが独り立ちしたときの寂しさと自由が表現されていると思いました。漫画を読んでいると、当時の気持ちを思い出しますか。

彬子女王 行間を読むというか、余白の美を感じます。西洋の絵画には空間を絵で埋め尽くさないと成立しないようなものもありますが、日本では『風神雷神図屏風』のように、大画面に風神と雷神だけを配置しますよね。漫画はそうした表現ともつながっていると感じました。

三宅 そのお話、すごく分かります。私は大学時代に万葉集を研究していたのですが、もともとは中国から入って来た漢詩文が日本では長歌、和歌、俳句と短くなっていきます。思いをギュッと凝縮し、余白をつくりますよね。

『マンガ 赤と青のガウン 第1巻』(原作・彬子女王、漫画・池辺葵、新潮社)/画像クリックでAmazonリンクへ

『マンガ 赤と青のガウン 第1巻』(原作・彬子女王、漫画・池辺葵、新潮社)/画像クリックでAmazonリンクへ

彬子女王 和歌も俳句も、人に何かを想像させますね。

三宅 日本画には、あえて描かないことで光を感じさせるような作品もあります。

彬子女王 実際にはない風景を描いたものもありますね。円山応挙の『藤花図』もあんな藤はありませんし、『風神雷神図屏風』は風神、雷神の筋肉が戯画化されています。実際に人間の体はあんなふうに動かないけれども、すごく力強く、リアルではないもののリアルさを感じさせます。

三宅 雨を線で表す手法も、実際にそう見えているわけではないのに、誰もが雨だと分かります。

彬子女王 それを西洋の画家たちがまねし出すんですよね。

三宅 まさに彬子さまの研究分野ですね。そうなると、漫画は日本美術の最先端にあるもの、と考えられるでしょうか。

彬子女王 実は大英博物館でも漫画を収集し、展示しています。以前、他のギャラリーで東アジアの仏教展が開催されたときには、今の日本で仏教やキリスト教がどう捉えられているかを示すサンプルとして、漫画の『
聖☆おにいさん
』(中村光 著、モーニングコミックス)が展示されていました。日本のポップカルチャーやアニメ、オタク文化を紹介するのが目的ではなく、版画からフォトブック、漫画になっていくという出版文化の歴史の流れの中で収集、展示されています。

三宅 なるほど、そうなんですね。今回、作画を池辺さんにお願いされたのは彬子さまが希望されたそうですが、もともと作品を読まれていたのですか。

彬子女王 正直に申し上げると、存じ上げていましたが、実際に作品を拝読したことはありませんでした。漫画化が決定してから、いろいろと作品を読み、「この方にお任せすれば間違いない」と思い至り、好きに描いていただきました。

三宅 私はエッセーの『赤と青のガウン』がすごく好きで、池辺さんで漫画化されると聞いたときには「新潮社史上、最高のファインプレー! 読んでいないけど素晴らしい本になることは今から分かる!」と叫んでしまいました。

 日本美術を研究されてきた彬子さまからすると「漫画を読む」「漫画カルチャー」というのは、どういう位置付けですか。

彬子女王 純粋に活字中毒なので、「活字を読んでいたい」という欲望の延長線にあるものです。毎日、何かしら読んでいないと落ち着きません。もし、今、この部屋に1人で取り残されるとなったら目の前のペットボトルのラベルを読んでしまいます。でも、これはお水だから、それほどたいした情報が得られませんね(笑)。

 漫画は昔から好きでしたし、自分が大好きで読んできた漫画の主人公になるというのは心震える経験です。

三宅 エッセーと漫画の違いは感じられましたか。

彬子女王 登場人物たちがビジュアル化されたので、理解してもらいやすくなったと思います。ただ、側衛の塩田はあまりにもシュッとしていたので、そこは少し描き直していただきました。

三宅 そうだったんですね。オックスフォードの街並みや図書館の描写も素晴らしいですね。原作の『赤と青のガウン』を拝読したとき、博士号取得の苦しみがこれ以上はないぐらい書かれていて、感情移入してしまいました。そのあたりが描かれるのも楽しみにしています。

三宅香帆(みやけかほ)
文芸評論家。京都市立芸術大学非常勤講師

1994年高知県生まれ。京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程中退。リクルート社を経て独立。主に文芸評論、社会批評などの分野で幅広く活動。YouTubeやPodcastでも積極的に発信を続ける。『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(集英社新書)、『「好き」を言語化する技術』(ディスカヴァー携書)、『考察する若者たち』(PHP新書)など著書多数。

日本の美術は「用の美」

三宅 『赤と青のガウン』には数々の日本美術が取り上げられています。今、日本美術に触れる機会が少ない人もいるでしょうが、彬子さまのエッセーを読んで「美術館に行ってみたい」と思うかもしれません。これまで彬子さまが紹介されてきた日本美術の中で、何か反響があったものはありますか。

彬子女王 「触れる」ということでは、私は大英博物館に長い間おりましたので、作品を直接見られるありがたさ、実際に触れられる素晴らしさを感じました。

 例えば、米国の美術館、博物館ではキュレーターは作品を研究する人、作品を管理するのはレジストラー、作品を出してきてくれる人はハンドラーという役割分担があります。そのため米国の美術館に行くと、実際に作品を触ることはほとんどできません。特に焼き物は強い消毒液を通すといった処理をされていることが多いので、素手では触れません。手袋をしたハンドラーに「高台が見たい」「少し右に回して」と伝えて、見せてもらいます。

三宅 研究している立場でも触れないんですね。

彬子女王 はい。しかも強い薬品で処理しているので、もう二度とその茶碗でお茶をたてて飲むことはできません。茶碗本来の役割を果たせないのは、すごく残念だと思います。

 一方、日本の博物館や個人コレクションでは今でも展示品を出してくださって、お茶会を開き、楽茶碗でお茶を飲ませていただく機会があります。実際に手にすることで「千利休がこれを使っていたのかも」と思いますし、やはり焼き物でも、漆でも、何でも触って使うことの良さがありますね。

 大英博物館で伝統工芸品の展示があったとき、所蔵品のつぼに1週間交代で花を生けたことがありました。大変盛況で、毎週会場に入りきらないぐらいの来場者がいらしたのですが、皆さんが何よりびっくりしていたのは作品が実際に使われていたことでした。つぼに花を生け、焼き物ではお茶が飲めるし、重箱にはお菓子やおせちが詰められる。日本には用の美、「使うことの美しさがある」と伝えられた気がします。

三宅 欧米の絵画は権威を示すためのものかもしれませんね。日本では桜を見て去年のことを思い出し、千年前にも思いを馳せ…と、短歌でも美術でも時間が積み重なっていく感覚があるように思います。

彬子女王 日本絵画は何百年も伝えられるうちに土台の紙や絹が破れたり、汚れたりします。人々はそれを修復し、大事に後世に伝えてきました。「破れたから捨てる」ではなく、お金をかけて直してでも伝えていきたいという思いがあったんですよね。「修復されて、現存しているのは一部分しかない」と聞くと、あまり美術的な価値がないと思われるかもしれません。でも、そこまでして伝えたい人々の思いとはどんなものだったのか。そう考えるとどんな作品にも物語がありますし、伝えられている作品からもそれを感じられます。そのかけらが見つかると、探偵のようにうれしい気持ちになりますね。

三宅 昔の人はどんな思いで修復したのかを考えるのも、作品を見る楽しみの一つになりますね。

(次回「「思わぬところに落ちる」 彬子女王の文章術へ続く)

取材・文/三浦香代子 構成/市川史樹(日経BOOKプラス) 写真/後藤麻由香

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