2014年に中岡祐介さんがひとりで立ち上げた三輪舎。その代表作の一つが、2022年に刊行した『私の生活改善運動 THIS IS MY LIFE』(安達茉莉子著)です。刊行から4年が経った今も年間数千冊のペースで売れ続け、近年は中高年の男性読者にも広がりを見せて、累計2万2000部に達しています。「三輪舎編」最終回は、本書が長く読まれ続ける理由を中岡さんと読み解きます。さらに、安達茉莉子さんの『らせんの日々 作家、福祉に出会う』の編集を通して感じた「ケア」という言葉の使われ方の違和感と、最新刊『さいしょのにんげん』( しまおまほ さく・ぶん、堀 道広 さく・え)の造本に込めた思いまで。三輪舎の本づくりの現在地を聞きました。

生活を書く作家が、外を向いたときに起きたこと

私(ライター石川)は新刊書店ROUTE BOOKSで選書をしていますが、2022年に三輪舎が刊行した『私の生活改善運動 THIS IS MY LIFE』(安達茉莉子著)はよく売れます。

 刊行から4年が経った今でも、年間数千冊のペースで読まれています。もともとは生活綴方出版部のZINEとして1~4巻をつくって、合計5000部を売り上げました。その内容に5万字の書き下ろしを加えて、再構成したものを三輪舎から刊行しました。著者の安達茉莉子さんとは、本屋・生活綴方のギャラリーで展示をしてもらったことをきっかけに出会ったのですが、彼女は妙蓮寺を気に入って実際に引っ越してきたんです。本書は、そこから生活を立て直していく過程を綴った記録です。それまでの自分と向き合いながら、少しずつ生活を変えていく。その変化が結果として安達さん自身も変えていくんですが、彼女が伝えているのは教訓のようなことではなく、「自分はこうだった」という素直な事実です。当初は女性読者が中心でしたが、最近は中高年の男性も買っていきます。

『私の生活改善運動』(安達茉莉子)。最近は中高年の男性にも売れているという

『私の生活改善運動 THIS IS MY LIFE』(安達茉莉子著、三輪舎)。最近は中高年の男性にも売れているという

なぜ、ハウツーではない等身大の記録が、多くの読者に受け入れられていると思いますか?

 正直なところ、僕には理由が分かりません。ただ、「上質な生活」「丁寧な暮らし」といったイメージ先行で生活の美しさを表現する雑誌が支持される一方で、自分の手で生活をつくっていく具体的な過程が描かれた本書が売れているんですよね。安達さんは、本棚や服を生活圏のなかでDIYしていきます。雑誌に載っている誰かの理想ではなくて、安達さん自身の生活が描かれた手触りのリアリティが、読者は新鮮なのかなと思います。

三輪舎では、安達さんの『らせんの日々 作家、福祉に出会う』(ぼくみん出版会)も取り扱っていますね。

 近年、作家が自分の生活を書く機会が増えましたが、それは生活の切り売りになってしまう危うさもあります。それに、そうした書き方は長くは続けられないと思っています。むしろ自分では文章を書かない人たちが、実は面白いことや、社会にとって大切な実践をしていることも多い。だから僕は、基本的に書き手というのは自己の内側や周辺から、しだいにその外側のことに向いていくべきだと考えているんです。安達さんは三輪舎で出版した『私の生活改善運動 THIS IS MY LIFE』や『臆病者の自転車生活』(亜紀書房)で自分のことを書いて大ヒットしたわけですが、以前彼女が書いた親戚についての文章がすごくよかったので、自分のことではなく、誰かのことを書くほうが彼女の持ち味が活かせると思ったんです。だから「次は外側の自分ではない何かについて書いてみませんか」と話していました。その矢先に、福祉の現場で働く職員に取材をする企画が舞い込んできました。

『らせんの日々』(安達茉莉子)。「ケアの現場で積み重ねられている実践は、人間関係や社内のマネジメントにも役立つはず」(中岡さん)

『らせんの日々 作家、福祉に出会う』(安達茉莉子著、ぼくみん出版会)。「ケアの現場で積み重ねられている実践は、人間関係や社内のマネジメントにも役立つはず」(中岡さん)

 安達さんの“生活改善運動”は一種のセルフケアでもあって、本の中にはケアとは何かが、いろんなかたちで語られています。ただ、今は「ケア」という言葉が一人歩きしていて、現場のことはあまり知られていません。『らせんの日々』は、ケアの実践者や障害者支援・高齢者福祉施設の利用者とコミュニケーションを取りながらつくった一冊で、私は編集を担当しました。

 面白いことに、安達さんが職員に「ケアとはなんですか」と尋ねると、「ケアという言葉はあまり使わない」という答えが返ってくるんです。ケアのど真ん中にいる人ほどその言葉を使わず、外側の人たちが「ケア」を語っているんですね。ケアの現場で積み重ねられている実践は、福祉に携わる人はもちろんですが、普段はケアから距離のある人たちにも人間関係や社内のマネジメントに「使える」話なんです。なぜなら、人間関係は、ケアし、ケアされる関係でもあります。手厚いケアを必要とする人がいる現場で積み重ねられたことを知れば、難しい人間関係がうまくいくかもしれません。安達さん自身が『らせんの日々』で啓発をしているわけではありませんが、取材に立ち会いながら、僕はそう感じました。

“ひとり”で本はつくらない

三輪舎の最新刊『さいしょのにんげん』( しまおまほ さく・ぶん、堀 道広 さく・え)について教えてください。

 しまおまほさんとは、本屋・生活綴方で出会いました。『さいしょのにんげん』は、しまおさんが「三輪舎で堀道広さんと一緒に本をつくりたい」と声をかけてくれたのがきっかけで生まれました。子どもに読まれる、子どものための絵本をつくりたいと思って題材を探すうちに、子どもの頃に抱いた小さな違和感を思い出しました。

 たとえば、警備員と警察官の制服はよく似ていて、子どもの頃は警備員を見て「警察官がんばっているな」と思っていたこと。父とじゃんけんをしたとき、父のチョキが親指と人差し指を出す形だったこと。「どうしてその形なの?」と聞けばよかったのに、なぜか聞けなかったこと。子どもは日々、新しいことに気づきながらも、その違和感を言葉にしないまま通り過ぎていきます。でも、寝る前にふと「あれは変だったな」と思い出したりする。こういう子どもならではの感覚と、時間がどんどん過ぎていく日常のリズムを絵本にしました。

『さいしょのにんげん』(しまおまほ 作・文、堀道広 作・絵)。子どもの頃に感じていた「小さな違和感」をテーマにした。

『さいしょのにんげん』(しまおまほ さく・ぶん、堀道広 さく・え)。子どもの頃に抱いていた「小さな違和感」をテーマにした。

 つくっているときに堀さんが、「本のノドからチョキが飛び出していたら面白いですね」と提案してくれました。著者の二人は「チョキが出ていれば十分」と言っていましたが、僕はそれを立体にしたかった。三輪舎が絵本を出すなら、他の絵本出版社がやらないことをやりたいと思ったんです。立体にすると絵本の価格が上がってしまうのですが、組み立てを手作業にすることで、本体価格を1800円に抑えました。本屋・生活綴方の店番の皆さんには事前に作業の協力をお願いしていましたが、実際には想像以上に多くの人が自発的に手伝ってくれました。

『さいしょのにんげん』。本のノドからじゃんけんのチョキが飛び出す。手作業で価格を1800円に抑えた

『さいしょのにんげん』。本のノドからじゃんけんのチョキが飛び出す。手作業で価格を1800円に抑えた

三輪舎はひとり出版社ですが、中岡さんの周りにはたくさんの協力者がいますね。

 出版をひとりでやっているかどうかは、本づくりの本質にはそんなに関係がないと思っています。誰に、どんな言葉で、どのように書いてもらうのかという編集の判断と、どんな紙を選んで、どのような造本にするのかという設計は切り離せないものです。だから僕は、本づくりを分業にしてはいけないと考えています。もちろん、編集・デザイン・用紙選定などを役割ごとに分ければ、効率よくたくさんの本をつくることができます。でも、ひとりで出版をやるということは、そもそも分業する構造ではなくて、デザイナーや装丁家との共同作業でつくっていくものです。三輪舎の場合は、装丁家の矢萩多聞さんが編集内容に意見を言うこともあります。こういうふうに、本の全体像について濃い会話ができる関係性をつくったほうが、よりよい本が生まれるに違いないと考えているんです。

取材・文/石川歩 構成/市川史樹(日経BOOKプラス) 写真/鈴木愛子

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