【切り抜き動画】姉川の戦い [大河ドラマ/解説]
※概要
この動画は『どうする家康』の「金ヶ崎の退口」動画を編集しなおして再編集したものです。
【元動画】
【ダイヤモンド・オンライン】 連載ページ
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17 Comments
かしましれきしチャンネルさん昨日豊臣兄弟観ました。姉川の戦いを観てました。姉川が、川が赤なってしまいました。沢山の人亡くなったのかな?
姉川の戦い、織田信長陣営は、違う戦いの名前だったような気がしますが徳川家康陣営が姉川の戦いて、言っていたやつだったな
今回の豊臣兄弟❗️の姉川の戦いの描かれ方もおもしろかったですね。
わざと遅れてきた家康に横から攻めさせてましたね。
秀吉たちは悲惨な戦に疲弊していて、織田軍大勝利感はなかったです。
こんにちは、あねがわ。😊
ノコギリ挽きは聞いたことがありましたが、死刑執行の役人が挽くのではなくたまたま通りがかった人が挽くのですか。災難ですね。
早めにコメントできて嬉しいです♡
オオオォ 懐かしい 川谷拓三の善住坊!
誰が主役かで捉え方違うのは分かりますがどうする家康とでは別物みたいな戦の様ですね
切り抜きとかやってました?
戦いの俯瞰図がキングダムのようだった
善住坊を助けるお仙役は大好きな李礼仙(後に麗仙)さんだった。根津甚八は出るは、後半のワンシーンで元亭主の唐十郎は出るはで私には豪華な作品だった。でも鋸引きは「炎立つ」の渡辺謙さん演ずる藤原経清の方がエグかった。源頼義役に佐藤慶さんが怒りに任せて衝動的に刀をその辺の岩に叩きつけ刃こぼれにして絶命させていた。この先品にも李麗仙さん出ていたなぁ。
榊原康政「大河ではあまり描かれなかった見せ場の筈なのに……」
杉谷善住坊…再開を待ち望んでいたフィリピンの女性が哀れでした
日本の主役、お江様の出生がまだなので、ポルトガル人キリスト教徒は、最初は茶々様路線だった。1590年代ローマ字活版印刷「平家物語」でお江様が候補に上がってきた。ポルトガル人キリスト教徒としては鉄砲で日本の歴史を変えた事を示した。
黄金の日々みてました。善住坊ののこぎり引き思い出しました( ;∀;)
後世の軍記物は、正しい歴史研究を歪曲していますね。
基本信長が城攻めが苦手で得意は火付け。まあ当時の常套手段ですが。信長って桶狭間のイメージで奇襲の印象あるけど実際は大多数が傭兵で情報を集めて相手より多くの兵を集めてましたね。今考えるとアメリカの戦争のやり方に似てますね。情報重視・力より数の兵法。実際の兵は終わりは弱かったけど軍隊は強かった!
姉川の戦いは、正確な一次資料にはほとんど記載がないそうです。”信長公記”にすら他の文書と比べて開戦時間が異なっていて、内容や死者数も書かれていない。朝倉側の資料もほとんどない、あるのは後世の創作だそうです。”三河物語”には、織田軍の苦戦と徳川軍の大活躍が書かれているそうです。面白いのは敵の浅井氏への描き方です。後に浅井氏の娘の江が2代将軍秀忠に嫁ぎ将軍家へ血脈が繋がるため、徳川と共に浅井も持ち上げる記述があることです。織田軍の13段構えを浅井軍が11段まで攻め落としたという話は典型的エピソードで、後世の綱吉時代の創作だそうです。公家の日記”言継卿記 ”に盛られている戦死者数は、9000というあり得ない数だそうです。徳川史観恐るべしです。
信長の大勝利宣言もアピール術としては大成功しているので、実質一種の勝ち戦になってますね。