日本人は英語が苦手とよく言われるが、本当なのか。なぜなのか。認知科学者の今井むつみ氏が、高校生の「驚きの英作文」を糸口に探る。AIを活用した新しい英語学習法を提案する新刊『
アブダクション英語学習法 認知科学者がAI時代に伝えたい独学の技法
』(日経BP)から抜粋してお届けするシリーズの3回目。
数年前、高校生向けに「日本語の絵本を英語に翻訳してみよう」というプロジェクトを実施したことがあります。絵本作家の方と一緒に私がつくった、2歳児から4歳児を対象にした絵本を、高校生が翻訳するというプロジェクトです。
その絵本は、ことばの使い方を楽しく学ぶための絵本で、出てくるのは「おおきい」「ちいさい」「うれしい」といった、ごくごく基本的な語彙ばかりです。先ほど述べた、小学校で「習得」することになった700語が、生きた知識として習得されていれば、難なく翻訳できるくらいのレベルです。
それでも、高校生たちは翻訳するのにずいぶん苦労していました。
例えば、「手紙を受け取ってうれしい」という文章を、高校生たちは次のように訳しました。
× Getting a letter is happy.
× It is happy for me to receive a letter.
これらの英作文は明らかにおかしいですよね。
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幼児レベルのアウトプットができない
「happy」という形容詞を、「〜はうれしい(be happy)」という形(叙述用法)で使うとき、主語には通常、人や生き物をとります(形容詞には、名詞を修飾する限定用法もありますね)。
例えば、「I am happy(私はうれしい)」といった形です(限定用法ならば、例えば「a happy girl(幸せな女の子)」という形になります)。
一方で、「Getting a letter(手紙を受け取った)」という出来事や、漠然とした状況を示す「It(それ)」を、「be happy」の主語にすることは、英語では基本的にありません。そういう使い方をすると、英語が母語の人には「おかしな英語」に聞こえます。Itを主語にして「私はうれしい」と言いたいのなら、例えば「It makes me happy」とするのが自然です。
ですから、例えば、次のような表現であれば、いいでしょう。
○ I am happy to receive a letter.
○ Getting a letter makes me happy.
○ It makes me happy to receive a letter.
「happy=うれしい」と暗記していても、その断片の知識を適切に使うことができない。日本の高校生の英語のレベルが、このような状況にあるということは、ぜひ広く知っていただきたいと思います。
幼児レベルのアウトプットができない
このプロジェクトで、高校生に翻訳してもらったのは、日本の2〜4歳の子どもに「こういう語彙を持っていてほしいな」と思ってつくった絵本です。
「うれしい」という感情を示すことばを「ケーキをもらえてうれしい」「プレゼントがもらえてうれしい」など、日本語の「正しい構文」で「使う」というのは、2歳ではちょっと難しいかもしれませんが、3歳、4歳になったら、だいたいできるようになっているものです。
けれど、同じことを日本の高校生が英語でできない、というわけです。高校の入試レベルですらない、英語が母語の人なら幼児期に使えるようになるようなことばを、高校生になっても「正しい構文」で「使う」ことができていない。
もちろん、日本の高校生はhappyという単語を「知っている」でしょう。それどころか、もっと難しい英単語を多く暗記して、「知って」います。でも、単語を使うために絶対に必要な構文・文法の知識と、単語の意味の記憶が、まったく統合されていません。
受験勉強を経た多くの高校生が、難しい単語をたくさん知っているのに、基本的な単語を使うことができないというバランスの悪い状態にあるのです。
受容語彙と産出語彙のアンバランス
今の日本の高校生だけでなく、英語学習者の多くがこのような「受容語彙」と「産出語彙」のアンバランスの問題を抱えていると思います。
受容語彙とは「読む」「聞く」など、インプットできる語彙のことです。それに対して、産出語彙とは「書く」「話す」など、アウトプットできる語彙を指します。
一般に、受容語彙より産出語彙のほうが少ないものですが、それにしても日本人の英語は非常にアンバランスだと思います。テスト中心の英語学習を経て、受容語彙としては結構たくさんのことばを知っている。日本語でどう訳すかはわかる。でも、それを使って英作文をしたり、英語で話したりすることが難しい。つまり産出語彙が、受容語彙と比べて極端に少ないのです。
英作文をすると、それがすぐにわかります。

(写真:miko/stock.adobe.com)
(次回に続く)
[日経ビジネス電子版 2026年4月1日付の記事を転載]


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