真山知幸の朝ドラ解剖
2026.3.24(火)
小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)と妻の節子(セツ)、息子の写真(撮影年月不明、写真:GRANGER.COM/アフロ)
NHKの連続テレビ小説『ばけばけ』は明治時代の作家・小泉八雲(パトリック・ラフカディオ・ハーン)と、妻の小泉セツをモデルとした夫婦の物語で、放送がスタートするや否や好評を博し、放送回を重ねるごとに注目が集まった。いよいよ3月27日に最終回を迎えるにあたり、『ばけばけ』では描かれなかった小泉八雲とセツのエピソードについて、著述家で偉人研究家の真山知幸氏が解説する。(JBpress編集部)
セツの運命を変えた「3歳の宝物」、フランス人教官との温かな交流
『ばけばけ』で「神回」と大反響を呼んだのが、第65話(2025年12月26日放送)だ。ヒロインのトキ(髙石あかり)とヘブン(トミー・バストウ)の思いが通じ合う名シーンは感動的で、筆者も繰り返し視聴した。
だが、ドラマでは描かれなかったが、実際にセツがハーンと結ばれるにあたっては、ある異国人の存在が大きかった。
それはセツがまだ3歳の頃のことだ。松江城の近くで軍事教練が行われることになり、セツは家族に連れられて見学しにいった。
そのとき、指導教官のフランス人ワレットが、ふいにセツのいるほうに近づいてきた。まだ異国人が見慣れない時代だ。居合わせた子どもたちはその場から、わっと逃げてしまったという。
ところが、セツだけが怖がらずに、じっとワレットを見つめた。ほかの子どもたちが長身で赤い髪という風貌に恐怖を抱く中で、セツはむしろ好奇心をくすぐられたようだ。
「いくつ?」と年齢を尋ねられてセツが3本の指を出すと、ワレットはセツの頭をなでて、小さな虫眼鏡を手に乗せてくれた。その虫眼鏡はセツの生涯の宝物となったという。
もともと異国人への抵抗がなかったセツ。短いながらも、ワレットとの温かい交流がずっと心に残っていたようだ。だからこそ、松江にやってきたハーンとも、たとえ言葉がわからずとも、深く心を通じ合わせることができた。セツ自身がこう振り返っている。
「私がもしもワレットから小さい虫眼鏡をもらっていなかったら、後年ラフカディオ・ハーンと夫婦になることもあるいは難しかったかもしれない」
もう一つ、2人を結びつけるのに欠かせなかったものがある。
ドラマでは、ヘブンが松江の寒さについて「ジゴク、ジゴク」とトキにこぼす場面がたびたびあった。だが、実際にはこの「松江の寒さ」が、2人の出会いのきっかけだった。
ハーンも寒がりで、松江中学校の教員・西田千太郎に「授業中も寒くて困る」と相談。「それならば外套(がいとう)を着たままで、授業をなさい」と言われ、コートを着込んで授業するようになったくらいだ。
だが、寒がりだったおかげで、ハーンはセツとの出会いを果たす。ハーンが赴任した年の冬は記録的な大雪で、より冷え込んでいた。とうとうハーンが風邪をひいて寝込んでしまうと、周囲はこんなことを言い出した。
「こういうときのために、誰か身の回りの世話をしてくれる女中を雇ってもらったほうがよいのではないか」
そこで派遣されたのが、のちにハーンの妻となるセツだった。ハーンとしても、異国の地で病床につき、大きな不安に襲われたことは想像に難くない。そんなときに現れたセツに、いつの間にか心惹かれていくことになったのである。
