新刊を取り扱う書店が1つもない「無書店自治体」が、全国の市区町村の4分の1以上に達している。出版文化産業振興財団が2022年に初めて無書店自治体を調査公表してから約3年。当時、450あった無書店自治体はその後もじわじわ増え、2025年には498自治体に。そこからの脱却を図る自治体を取材した。

最後の1店が消え市民ショック、市に苦情も 

「えっ。書店って、そんなにもうからないのですか」

2025年夏。島根県大田市の楫野(かじの)弘和市長は、チェーン書店に依頼して試算してもらった出店シミュレーションを見て絶句した。

担当者は「たとえ店員1人で書店を営業する『ワンオペ』でやったとしても、人口約3万人しかいない大田市に出店すれば、出店費用の数千万の赤字が回収出来ない」と厳しい表情だった。楫野市長は「行政が動かなければ、地域に書店は戻らない」と痛感したという。

「書店経営の厳しさは想像以上だった」と話す楫野市長。世界文化遺産・石見銀山の地元として、文化拠点としての「書店」を残したいという想いは強い

大田市内では2024年3月、最後の1店となった書店が閉店した。店舗面積1300平方メートル、駐車場50台以上を備え、駅や市役所からも徒歩圏内にあった店だっただけに、市民のショックは大きかった。「市がモタモタしていたから撤退された」「もっと早くに手を打てなかったのか」。約30キロ離れた隣接市の書店まで行くしかなくなった市民から、市役所にまで苦情の電話がかかってくるようになった。

助成制度を設け誘致 県内チェーンが名乗り

大田市は、新制度を作って書店誘致に乗り出す。通常の企業誘致であれば、「地元での雇用創出効果があること」といった一定の経済効果が見込めることが誘致条件になるが、採算ぎりぎりの書店にそんなことは求められない。そこで、「市民生活の質の向上に資する」書店に対し、開設準備や家賃などの経費を助成することにした。

補助額は10年間で最大5500万円。出店時の初期経費の2分の1(最大500万円)、その後10年間、店舗の賃貸料などの3分の2(最大500万円/年)を市が支援する。「なぜ書店だけを支援するのか」という市民の声は少なかったという。実際、市民の声を聞いてみると、28歳の小学校勤務の男性は「子どもたちのためには、必要な店だと思う」と歓迎し、73歳の主婦も「閉店して、書店がない不便さが身にしみた。税金投入もやむなしだ」と話すなど、評判は上々だった。

まちづくりに詳しい広島大学の田中貴宏教授(都市計画・まちづくり)は「書店の公共性を認めた画期的な制度。書店を行政が支援する合理性や意義を示したもので、今後、同様の認識が広まる可能性がある」と評価する。

大田市の公募に対し、島根県松江市に本社を置く「今井書店」が2026年1月、手を挙げた。市は今井書店に対し、「地域のイベントに積極的に参加して本文化を広めてほしい」「高齢者が訪れやすいよう、対面販売を続けてほしい」と要望。今井書店側も応諾した。

市産業企画課は「支援する以上、市からも希望は伝えたい。もちろん、市民の読書啓発や市民に愛される書店になるための協力は惜しまない」とする。官民が手を組んだ新書店は、6月にショッピングセンター内にオープンする予定だ。

新書店がオープンする予定の、大田市内のショッピングセンター

2022年に直木賞を受賞した「しろがねの葉」(千早茜著・新潮社)は、大田市にある世界遺産・石見銀山が舞台になっている。新書店にはこうした「地域に関する書籍コーナー」も設けられる予定だ

「若い女性は帰ってこない」に町長納得 

長期間、無書店自治体だった山間の鳥取県江府町(こうふちょう)でも、町役場主導で書店の開店準備が進んでいる。町の中心地であるJR江尾駅前の角地にある空き家を町で買い取って整備し、経営してくれる書店主を募集する計画で、2026年度中の開業を目指している。

JR江尾駅前の築100年以上とされる空き家が新書店の予定地。現在の外観や内装を生かして改装する。2階には、1人用の「集中席」やゆっくりくつろげるテーブルなどを配置するプランがあがっている

この空き家は元々、書店だった。本だけでなくアイスやお菓子も売っていて、下校のためのバスを待つ中学生や病院や銀行帰りの高齢者らの憩いの場だったが、約20年前に廃業し、空き家になったという。

なぜこのタイミングで書店を作るのか。白石祐治町長に聞くと、きっかけは、数年前に偶然訪れた講演会で耳にした言葉だったという。

「本屋、パン屋、花屋、美容院のない街に、若い女性は帰ってこない」

白石町長は「すごくショックだった」と振り返る。町長自身、交通の便は悪くないのに若い世代がなかなか町に根付かないことを大きな課題だと感じていた。町には、花とパンが買える店はあり、美容院もある。でも確かに書店がない。講演会の内容と自身の悩みが一致した。

書店ができることで、町民の意識や考え方が外向きになることを期待していると話す白石町長

講演会を主催したのは、無書店地域での書店開業を支援するNPO法人ブックストア・ソリューション・ジャパン(BSJ)。白石町長は講演会後、さっそくBSJに助言を求めた。BSJからは、築100年超の空き家をリノベーションし、一部を書店、残りをカフェやフリースペースにする案が提案された。現在は、床面積約200平方メートルのうち、どれぐらいを書店にし、カフェの価格帯はどれくらいにするべきかといった細かな点まで、経験豊富なメンバーに検討してもらっているという。

NPO法人「ブックストア・ソリューション・ジャパン(BSJ)」には、出版社や出版取次での勤務経験者、書店の経営者らが参加しており、自治体向け説明会も開いている(BSJのHPより)

書店開業計画を進めるため、白石町長は全国の小規模書店を視察。書店が多くの人を集め、たくさんの情報をもたらす場であることに改めて気づいたという。「長い間、書店がないことが当たり前だった私たちは、書店の持つ力を忘れていた。新しい書店が町に新しい風を吹き込み、町民の意識を外へと向ける窓のようになれば」

白石町役場主催の住民説明会

2024年8月に行われた町役場主催の住民説明会。書店にどのようなサービスがプラスされれば「より訪れやすい場所になるか」。住民からも熱心な意見が出たという

人口2400人の町で書店経営を成り立たせるには

果たして、人口2400人の町で、書店経営は成り立つのだろうか。

BSJ副代表理事で、同町の書店計画を担当する鎌垣英人さんは、既存の小規模書店向けのサービスをうまく使うことを提案する。

例えば、出版取次大手「トーハン」(東京都)が2024年10月に始めた「HONYAL」(ホンヤル)というサービス。これまで書店開業のネックとなっていた取引規模や保証金額の条件を大幅に緩めて小規模書店の出店を可能にする仕組みで、一定数以上の取引が見込めないと出来なかった本の仕入れを小規模店でもできるようにした。本の発送回数や返品に制限がかかるものの、他の同種サービスよりも取り扱う書籍数が多く、通常の書店に負けない品ぞろえを可能にするのがウリになっている。トーハンによると、2026年1月現在で全国の約80店が契約を結び、既に約60店が開業した。「無書店自治体」からも相談が舞い込んでいて、担当者は「書店を訪れる体験が出来ない地域を少しでも減らせるよう、協力していきたい」と話す。

小規模でも、書店の開業を可能にするため、諸条件を見直したトーハンの「HONYAL」。「一村一書店」を掲げ、各地の自治体と連携も始めている

BSJの鎌垣さんは、町立図書館の蔵書を利用する構想も描く。「書店としての活気を出すには3000冊くらいの本がほしいが、小さな書店では資金力に課題がある。そこで、書店に図書館の本を並べて、定期的に本を入れ替えてもらう。本を買う人、借りる人が書店に訪れる。書店らしい『本の動き』が出れば、きっと経営も長く続く」

江府町の書店が実際にどうなるか。今、書店関係者の注目が集まっている。

蔵書の一部を新書店に並べる構想がある江府町の町立図書館。蔵書は約2万8000冊、児童書約6000冊、絵本約4000冊と、子育て世代に手厚い選書が特徴という

文化的で若者にも受ける 「本」が起点のまちづくりへ

静岡県東部に位置する長泉町は、早くから子育て世代への手厚い支援に取り組んだ1970年代以降人口が増え続け、現在の人口は約4万4000人。1980年度の1.4倍となり、町内にある3つの小学校はいずれも2000年代に校舎を増築したほどだ。

そんな長泉町が「本を起点としたまちづくり」を標榜するようになったのは、2023年のことだ。町内にあるJR下土狩駅前で開催した人流創出を目的にしたイベントのテーマとして、町は「本」を選んだ。企画財政課の浅倉充さんは「若い世代が喜ぶもの、文化的なものは何か。町のブランディングに好影響なものは何か、と考えた結果が『本』でした」と語る。町は無書店自治体でもあった。

9月に行われたイベントには、全国各地で入場料制の滞在型書店「文喫」を展開する出版取次大手の日本出版販売(日販)も協力。駅前の広場に大きなテーブルやカラフルな本棚を配置し、選りすぐりの書籍を並べた。工作やアート体験ができるブースや飲食が楽しめるスペースも設けた。本を主役に、人々が足を止め、集まってくる空間を作る……。イベントは大盛況で、週末を中心に10日間で約1300人が来場した。

本を並べるだけでなく、おもちゃや絵の具、椅子を置いて居心地の良さもアピールしたイベント「駅前リビング」(2023年9月)。来場者アンケートでは9割以上が「また、こうしたイベントを行ってほしい」と回答したという

大成功に終わったイベント以降、町と日販は包括連携協定を結び、町内にある静岡県の複合文化施設で、町外の5書店や、本にまつわる工作が体験できるブースなど約60店を集めたイベント「BOOK PARK」を開催したり、町の施設に書籍を並べた読書スペースを新設したりと「本が身近にある街」を印象づける様々な取り組みを展開する。

2024年10月開催の「BOOK PARK」は、町内外から約2500人が訪れる大イベントになった

ただ、現在のところ、長泉町が無書店自治体から脱却できる見通しは立っていない。浅倉さんは、「読書や本文化が、まず地域に根付くことが大切だ」と力を込める。書店という形にこだわらず、まずは本文化を根付かせる。町は2026年度もイベントなどを通じて本と人との接点づくりを続けていく予定だ。

2025年3月に町内の鮎壺公園内にオープンした町の施設「鮎壺テラス」。日販が選書した約200冊の本が自由に楽しめるため、平日の日中も、読書をする人や勉強する人の姿が絶えない

無書店自治体

出版文化産業振興財団が公表した、新刊書籍を扱う書店が1つもない「無書店自治体」は、2025年8月時点で498か所。全国の市区町村の4分の1以上(28.6%)にのぼっている。中でも、福島、長野、奈良、高知、沖縄の5県は無書店自治体の割合が50%を超えた。無書店自治体は、初めて調査が行われた2022年9月の25.8%から、調査を重ねるごとにじわじわと増加している。これに呼応するように全国の書店数も、2003年度の2万880店から2024年度の1万417店にまで半減している。

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