Nusasonic」のことですね。本当に楽しいプロジェクトでした。中東や東南アジアの音律を用いた音楽をつくるためのツールを設計する先駆的なプロジェクトで、わたしが初めてタイ音律で作曲をした経験です。

それまではずっと西洋音楽の音律を用いて作曲していたので、まるで「それまで音楽を英語で話していた自分が、初めて音楽をタイ語で話した」ような感覚がありました。そこから、いまの活動の多くが始まったんです。

──タイで育ったときに、伝統音楽に触れる機会はありましたか。

わたしはバンコクで生まれ育って、高校卒業までずっとバンコクにいました。つまり、18歳までですね。母はわたしをピアノ教室だけでなく、「ソー・ウー」というタイのフィドル(擦弦楽器)のクラスにも通わせてくれました。

そのおかげで、タイの伝統音楽に関する多くの知識を得ました。わたしはタイの楽器の名手というわけではありませんが、音楽理論や旋律、音律についてはかなり理解しています。

ただ、本当にタイの音楽とAI、そして電子音楽が意味のあるかたちで結びついたのはNusasonicのプロジェクトが初めてでした。それまでは物理、音楽、AIは別々の分野で、それらが一体になったことはありませんでした。

──あなたは米国で大学を卒業され、ふたつの学位を取得されていますね。

はい。工学物理学がひとつ目の学位で、ふたつ目は音楽の学位です。

──音楽テクノロジーの研究者も全員が音楽を理解しているわけではなくて、音楽自体をよく知らない人もいます。もちろん工学的な知識は豊富なんですが、なかには完全にエンジニアリング寄りで、ヨーロッパ標準の音楽にも伝統音楽にも詳しくない、という人もいます。そういったすべてを理解するには、とても時間がかかりますよね。

そうなんです。いま自分がこういう活動ができるのは、長年それぞれの分野で経験を積んできたからです。物理、作曲、音楽制作、AI研究、タイ文化の理解、そしてバンコクに戻ってきたこと。すべての積み重ねです。

──それらが融合されたわけですね。

まさにそうです。昔からこういうことがやりたかったんですが、経験も視野も足りなかったんです。

人々の伝統楽器に対するイメージを変える

──ヨーロッパ標準の音楽だけでなく、アジアの伝統音楽も本当に理解している人は非常に稀です。日本の場合は伝統文化への無関心という問題もあり、いまの人々はポピュラー音楽ばかり聴いていて、伝統文化が絶滅しかけているんです。世界中どこでも同じような問題に直面していると思いますが、タイでの状況について少し説明していただけますか。

そうですね、とてもいい指摘です。多くの文化が似たような問題を抱えていると思います。つまり、若い世代が伝統音楽や古典音楽に関心をもたなくなっている。そこで、わたしが常にワクワクするのは、テクノロジーを使って文化を再活性化・再構築できるかどうかという点です。

最初に取り組んだプロジェクトは「Fidular(フィドラー)」というもので、モジュラー式のフィドル(擦弦楽器)のシステムですね。そのプロジェクトも、わたしにとって大きな転機でした。というのも、わたしは3Dプリントで伝統楽器を“再発明”できることを示したかったんです。そこで実際に、タイ北部の楽器職人たちのもとで製作方法を学びました。

おもしろかったのは、このプロジェクトを見た人たちがモジュラー式のフィドルのことを「まるでアップル製品みたい」と言っていたことです。つまり、これはアップルがつくった伝統楽器のようだ、というわけです(笑)

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