現実のTVでガチ討論も『沈黙の艦隊 北極海大作戦』壮大な思考実験「やまと選挙」とは

映画『沈黙の艦隊 北極海大作戦』メインビジュアル (C)2025 Amazon Content Services LLC OR ITS AFFILIATES. All Rights Reserved. (C)かわぐちかいじ/講談社

原作でも大いに話題となった「政治劇」

 2025年9月26日に劇場公開される映画『沈黙の艦隊 北極海大作戦』では、核兵器を搭載して(いると思われる状態で)独立を宣言した原子力潜水艦「やまと」と、アメリカの最新鋭原子力潜水艦が北極の氷塊の下で決闘を繰り広げます。

 しかし本当の見どころは潜水艦同士の戦いだけではないかもしれません。

●「国連常設軍」という思考実験

 緊迫感あふれる潜水艦アクションだけでなく、国際政治の力学を映し出すのが政治劇『沈黙の艦隊』の真骨頂です。やまと艦長の「海江田」は、核兵器という圧倒的な武力を背景に、国際社会にとんでもない要求をぶつけます。

 その内容は、恒久的な平和を実現するための「国連常設軍」を設立し、「核兵器を搭載した原子力潜水艦の艦隊」を擁することで、「核抑止力を国益から切り離す」というのです。

 あまりにも荒唐無稽ですが、「やまと」の圧倒的な戦闘力と、搭載された(と思われる)核兵器の脅威が、海江田の主張に説得力を持たせます。たった1隻の原子力潜水艦が謀反を起こしただけで、世界がいつ飛来するかわからない核ミサイルの脅威に慄(おのの)くのです。

●テレビ討論番組が作られた「やまと選挙」

 海江田が突きつけた主張は作中で多くの政治家に議論され、国政選挙の争点にもなります。

 その熱はマンガの枠を飛び越えて、現実でも大きな話題となりました。1990年には国会の答弁で『沈黙の艦隊』の名前が登場します。

 さらに、1993年にはフジテレビで討論番組まで作られました。各界の専門家が原作マンガの政治家に成り代わって、日本国は自衛隊を手放して武力を国連に委ねるべきか、原子力潜水艦の国家「やまと」を承認するべきか、核兵器の抑止力とはどのようなものなのか、といった主張を補足し、真剣に議論したのです。

 そこでは、国際連合は機能不全であり戦争を止めたことは一度もないといった衝撃の事実や、国際連合が公平中立な組織ではなく、第二次世界大戦で勝利した戦勝国連合に過ぎないこと、そして敗戦国である日本にはいまだに「敵国条項」が突きつけられているといった、原作で触れられていない現実的な問題点が浮き彫りになりました。

 マンガのパロディではなく、真剣な討論番組です。ソ連崩壊から2年後という時代、アメリカ一強となった国際秩序のなかで、冷戦下に大量に配備された核兵器や国連の在り方を問う声が現実社会にも広がったのでしょう。

●戦後体制の実態を再確認するタイミングかも?

 マンガ『沈黙の艦隊』は、1988年に連載が始まった作品です。日本が強い経済力を維持していたり、中国の影が薄かったりと、現在の国際情勢とはだいぶ状況が異なります。

 しかし原作を読み返すと、約40年も前から国際連合の機能不全が問題になっており、いまでも状況が変わっていないことに驚きます。日本とドイツの敵国条項についても同様です。死文化したという意見もありますが、いまだに削除されていないのです。

 また2022年から続くロシアによるウクライナ侵攻は、国際連合の機能不全を示す直近の実例だといえます。

 国際社会に不穏な影がかかっているこのタイミングで公開される映画『沈黙の艦隊』は、北極海でのスリリングな潜水艦バトルを楽しむエンタメであると同時に、国際社会における日本の立ち位置や、平和とは何かを改めて考えるきっかけを与えてくれるでしょう。

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