NHK大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第34回「ありがた山とかたじけ茄子」で橋本愛演じるていが眼鏡を外し、蔦重(横浜流星)に目ヂカラの強さで圧倒する場面が話題になった。
何しろ、ていが眼鏡を外すのは第23回「我こそは江戸一利者なり」で登場して以来、第25回「灰の雨降る日本橋」の蔦重との祝言のシーンと合わせて2回しかない。祝言の席でも眼鏡がないと落ち着かないようで、途中から眼鏡をつけるくらい、ていにとって眼鏡は自分を守ってくれる役割を果たしているようだ。

そもそも、吉原で育ち、引手茶屋の駿河屋を手伝うかたわら、出版業を始めた蔦重と日本橋の地本問屋・丸屋に生まれ、本に囲まれ大切に育てられたていは性格も考え方も正反対。今回の、この印象的な蔦重とていのやりとりは、眼鏡を外したていの目の美しさ、表情の迫力に視線を奪われるだけでなく、店を守っていくための覚悟と蔦重との関係がまた少し変化していることを伝えてくれている。
蔦重がいわゆる「田沼贔屓」として、自由な発想で才能のある戯作者や絵師を起用してヒット作を世に送り出すことができたのも、時流を読むのに長けていたからだ。しかし、現在は世の中の流れが大きく変わり、老中首座になった松平定信(井上祐貴)が思想や風俗、出版の統制や倹約・節約を奨励するような田沼時代とは逆の方向に舵を切り始めることを江戸の多くの庶民は歓迎している。世間が求めるもの、みんなが欲するものに誰よりも敏感に反応する蔦重が、時代の変化を受け入れようとしない様子を見るたびに、ていは不安を感じていたはずだ。

ていが「派手に遊び回る方を通だの粋だのともてはやす。そもそも今までの世がとち狂っていた! と皆様、言っておいででした」と言うと、「あ? 皆様って、どこの誰様なんだよ?」と蔦重。「世間様にございます!」と言って、なぜか眼鏡を外すてい。「何だよ、何で眼鏡取んだよ」と思わず蔦重が眼鏡を取ったていの表情に釘付けになると、「明鏡止水にございます」と瞬きもせず、力強い声でていは答える。笑ったり泣いたり、感情を表に出すタイプの女性ではないが、蔦重と夫婦になり、自分の考えや思っていることを伝えられるようになるという変化が見られ、橋本愛の表現の深さ、繊細さがそれぞれのシーンに彩りを添えている。
ていにとって蔦重は、父から受け継いだ丸屋が傾いたのは、元婿が吉原花魁に入れあげて店の資金を持ち出したせいで、追いうちをかけるように蔦重が往来ものを売り出したため、いよいよ店を畳むしかなくなったのだ。蔦重が何を言っても心のシャッターは閉ざしたまま、ていの心を動かすなんて蔦重の陽気なエネルギーを発動しても至難の業と思われた。
無理だと思えることを簡単に諦めたら「耕書堂」は最初から存在すらしていない。敵対されても、問題が起きても、発想力と行動力で切り開いていくのが蔦重。浅間山噴火で日本橋にも大量の灰が積もったとき、屋根を着物で覆い店を守る方法を率先して伝え、灰の片づけもみんなで競争してやろうと蔦重は提案した。「遊びじゃねぇから遊びにすんじゃねぇですか!」と、敵対する本屋仲間を巻き込み、大いに盛り上がり、いつの間にか打ち解けてしまった。何も言わず様子を見ていたが、この人なら店を潰すようなことはないと聡明なていは判断したのだろう。

そんな蔦重のプロポーズのシーンが良かった。嘘偽りのない真っ直ぐな蔦重の言葉は、ていの心に刺さりまくったはずだ。その言葉を受けるていの佇まいの美しさ、感情を抑えているからこそ伝わる微かな表情の揺れが切ないほど、かわいらしくも感じた。
この親にして、この子あり。こんなにもしっかりと遺伝子が受け継がれていたとはと驚かされた展開だ。これまでどんなにいがみ合った相手で…
「出会っちまったんでさ。俺と同じ考えで、同じ辛さを味わってきた人がいたって。この人ならこの先、山があって谷があっても、一緒に歩いてくれんじゃねぇか。いや、一緒に歩きてぇって。おていさんは、俺が、俺のためだけに目利きした俺のたった一人の女房でさ」
この言葉があったから、蔦重の周囲の才気溢れる戯作者や絵師らを自分とは違う世界の人たちのように感じていた自信なさげなていが変われたのだ。いつも冷静で、背筋がピンと伸びたていの真面目さは変わらないけれど、「お口巾着で」と、上品に口に巾着を作ったり、蔦重との夫婦としての息も回を重ねるごとに合ってきている。

「書をもって世を耕す」という「耕書堂」の志と、「子らに文字や知恵を与え、その一生が豊かで喜びに満ちたものとなれば本も本望。本屋も本懐というものにございます」と語ったていの本屋としての志は同じもの。同志のような間柄でもある2人の関係性がどのように今後変化していくのか。
観ていて気持ちがいいくらい姿勢が良くて、堅実そのものなのに、お茶目なかわいさを潜ませている……ていを演じる橋本愛の魅力溢れる演技も見逃すことはできない。
■放送情報
大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』
NHK総合にて、毎週日曜20:00~放送/翌週土曜13:05~再放送
NHK BSにて、毎週日曜18:00~放送
NHK BSP4Kにて、毎週日曜12:15~放送/毎週日曜18:00~再放送
出演:横浜流星、小芝風花、渡辺謙、染谷将太、宮沢氷魚、片岡愛之助
語り:綾瀬はるか
脚本:森下佳子
音楽:ジョン・グラム
制作統括:藤並英樹
プロデューサー:石村将太、松田恭典
演出:大原拓、深川貴志
写真提供=NHK