【日本映画の名作徹底解説】「前作をも凌ぐ圧倒的な面白さ!」『椿三十郎』はなぜ成功したのか?

【日本映画の名作徹底解説】「前作をも凌ぐ圧倒的な面白さ!」『椿三十郎』はなぜ成功したのか?

前回このチャンネルで黒澤明渾身の娯楽時代劇の傑作、『用心棒』をご紹介しましたが、この成功を受けて、翌年製作された続編の『椿三十郎』も、「映画の面白さを追求した」前作の『用心棒』に負けず劣らず映画の面白さを存分に楽しめる魅力的な作品となり、こちらも大ヒットしました。
ヒット作の続編は二番煎じで成功することは難しいと言われることが多い中、『椿三十郎』はなぜ成功を収めることができたのでしょうか。今回の動画では、この『椿三十郎』を『用心棒』と比較しながら、その魅力に迫ってみたいと思います。

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三十郎に新たな魅力を与えたつ木三十郎の 面白さに迫る。 前回このチャンネルで黒沢明渾身の娯楽 時代劇の傑作用人をご紹介しましたが、 この成功を受けて翌年制作された続編の つ木三十郎も映画の面白さを追求した前作 の用人に負けずらず映画の面白さを存分に 楽しめる魅力的な作品となり、こちらも大 ヒットしました。ヒット作の続編は2番戦 で成功することは難しいと言われることが 多い中、つ木三十郎はなぜ成功を納める ことができたのでしょうか?今回の動画で はこのつ木三十郎を用人と比較しながら その魅力に迫ってみたいと思います。それ では早速見ていきましょう。是非最後まで ご覧ください。 年、黒沢明目の作品、つ木30郎が公開さ れました。この作品は前年に公開されて大 ヒットした用人の続編として制作されまし たが三船俊郎演じるつ木三十郎の ぶっキラボな魅力中達也を演じる室と判兵 の不気味な霊国さ随所に散りばめられた コミカルなシーン地に飛んだ救出劇圧倒的 な盾の迫力などこれぞ映画と言わんばかり の面白さで本作は前作に続いて大ヒットし 今も殺伐とした用人よりもユモで、軽妙な つ木三十郎の方が好きというファンも多い 作品です。続編は当たらないという ジンクスを見事に覆返したつ木三十郎の 魅力はどこにあるのでしょうか? 範内のお食を正そうとする若侍たちは告発 書をまとめて上層部に是正を求めるが上代 からム田には拒否され多めつけ機菊に相談 すると味方を約束される。しかし実際には 菊がお食の黒幕であり、若侍たちは罠に はめられ危機に陥る。その場に合わせた 老人の三十郎は若侍たちを救い出し、彼ら と行動を共にすることになる。捉えられた ム田の奥方と娘を奪還した若侍たちはム田 を換金場所から助け出そうと計画する30 老の起点と行動力で何度も窮地を出し黒の つ木屋敷にム田が監禁されていることを 突き止める三十郎はつ木屋敷の兵を外に おびき出し若侍たちが屋敷を襲撃してム田 を救出することに成功する。黒幕の菊と黒 竹林は失客し事件は解決する。事件後、 ム田は御便な処分を望み、三十郎は姿を 消す。若侍たちは30郎を追い外で彼に 再開する。そこで三十郎は室からの血闘の 申し入れを受け入れる。若侍らが見守る中 、しばし無言で退治する2人、そして 三十郎が一瞬ので室を切り倒す。十郎は 室党自分と同じ抜き身の刀のような男で あったと表紙、若侍村たちに自分のような 抜き身の刀になるなと悟し、あよと告げて その場を去っていく。 反省改革を訴えて決起した若い阪神たちと 彼らの前に立ちかる過労の対立を軸に物語 は展開され風来の浪人30郎は息が係かり で若者たちに協力していくことになります 。現の達人でもある三十郎はその権技と 死亡を駆使しながら数々の危機を くぐり抜け敵を追い込んでいきます。基本 的には突然現れた風房の浪人30郎が ひょんなことからそこでの構想に関わる ようになり、悪玉をカプ泣きまでに やっつけるというストーリー展開は前作 用人と同じですが、悪玉は用人棒ではある 宿ヤザであるのに対し、つ木三十郎では ある班のお食の黒幕である自跡一派となっ ています。また用人棒では2組のヤザは 全滅させられますが、つ木三十郎では加盟 団おい追放という処分に落ち着いており、 その点からも用人棒よりも敏な結末になっ ています。ここからも分かるようにつ木 三十郎は残酷な描写も多かった前作用人棒 から一転して全体として恩件路線となって おりその分コミカルで楽しげな色彩の強い 作風になっていることが大きな特徴です。 これは当初の政策経営からも明らかです。 黒沢が映画本来の楽しさを追求して制作し 、大ヒットを記録した用人の成功を受けて 東方は30老ものでもう1本と考えました 。しかし一方の黒沢は作品というのは作り たいという強い捜索意欲を書き立てる衝動 なしには生まれないという信念を持って おり自らの作品は自らの企画でという考え を一貫して貫いていました。しかし、 そんな黒沢にも新人時代に1度だけ例外が ありました。それはデビュー作の姿三郎が 大ヒットし、それに気をよくした会社側が 黒沢に押し付ける形で俗姿三郎を黒沢に 作らせました。これについて黒沢は後に 時点の油の中でこう書いています。これは もう2番線みたいで僕としてはどうも 気のりがしなかったね。結果として俗姿 三史郎は黒沢作品の中では1番影の薄い 作品になったことは否めません。そんな こともあり方が30老者の続編の企画を 持ってきた時黒沢はああいうものばかり やる気はないと躊躇しました。しかし一方 で用人棒を久しぶりにのびノびと楽しんで 取った黒沢の心の中には30郎ならもう 1度楽しんでもいいという思いもありまし た。老人を取るよりも前、山本集郎の愛読 者だった黒沢は山本の日平案を読んで大変 興味を持ち、原作に忠実にシナリオを書き 、マ氏の堀川博道光監督にやらせようと 完成したシナリオを堀川に渡していました 。しかし東方はこのほのぼとした山本町の 作品は当たりそうもないと判断し、映画家 に二の足を踏んでいました。1日平安は 武勇など無縁な侍で痴間の当てもない貧乏 労人である姿平野を主人公とした作品でし た。この主人公は決して腕っぷ氏は強く なく行動的でもありませんが頭脳的な働き で悪い過労の一派に打ち勝つという設定 でした。黒沢はこの腕っぷしは強くないが 頭脳的な主人公を30郎にしたらと 考えついたのでした。黒沢はこう語ってい ます。姿平野は三十郎になるなて思いつい た。そこで堀川君から返してもらう形に なったのです。堀川博道は高証言してい ます。私は黒ロさんに呼ばれた。あのな、 お前に書いてあった日平安俺がやっていい か?今度はみふねちゃんでやろうと思うん だ。嫌も王のない。私の監督では永久に 日の目を見ることはないのだから黒ロさん にやってもらえば本毛というものである。 もちろんいいですよ。で、み船ちゃんで やるとなると、うん、大幅に変えないとな が、こうしてつ木三十郎は一挙に動き出し ました。黒沢は弱い姿平野を強い三十郎に 入れ替え原作の路線を大幅に変更しました 。黒沢はこう語っています。路線が変わっ てしまった本にしては山本さんの持ち味と 用人棒から連れてきた三十郎がすっ とけ合えたと思っている。だいぶ苦しい ところもあったけど、これも用人と同じ ひたすら面白く見せる話だから割と すんなり出来上がったのですね。用人では 三十郎はヤザの構想に首を突っ込みました が、つ木三十郎では部下社会のお家え騒動 に首を突っ込むことになりました。奇跡郎 一派のお食、それを適発しようと正義感の 強い若侍たちが戦うという物語はそのまま 残し、この若侍を助ける血者の姿野を剣の 達人で行動派の30郎に変えたのです。 人物を入れ替えちゃって全然別のものにし てしまった。だからあの中で出てくる山本 さんらしい人物というのは奥型と娘あの エピソードぐらいあはほとんどない。シ護 郎さんの原作だと強くは言えない。どうし ましょうと言ったら山本さんいやわし らしいところも入っているからと おっしゃってくださってそれで原作山本 集郎となっているんです。同じ30老もの でも暗くて陰産な用人棒の延長ではなく もっと恩件路線で作ってみたいと思った 黒沢は騒動とは対局の奥方と娘をその恩件 路線の中心として匠に使いました。原作で は姿平野が結気に流行る若侍をいめる時に できる限り殺傷汰は避けることにし ましょう。切ってはいけませんと言います が武踏派的な三十郎に対してこれらの言葉 を奥型に喋らせることで匠に起動修正をし ました。さらに恩件路線を決定付けたのは つ木でした。奥型に名前を問われて三十郎 は庭のつきを見ながらつ木三十郎もうすぐ 四十郎ですがと用人房の時と同じように 名乗りますがこのつきを黒幕と若侍の最後 の戦いの合図に使います。庭を流れる水の 流れにつきを大量に浮かべることで戦いの 生産さをダッシュで覆いその暗さを柔らげ たのでした。なお、この赤いつきは本作の 象徴とも言えますが、スタッフがモノクの 画面の中でどうしたら本当に赤であるよう に見えるかと研究した結果、赤いものより 黒く塗ったものの方がモノクの映像では 新しく見えたため、実際には黒く塗られた つきが使われました。またモノクの中で 赤いつきだけカラーで移す構想もありまし たが技術的な問題で実現せずこのパート カラーの手法は自作天国と地獄で煙突から 桃色の煙が出るシーンで苦の末に実現され 黒沢はその念願を叶えました。この恩件 路線はラストの血闘のシーンにも生かされ ました。黒沢はどちらかが殺されるという 非常に緊張感のある場面のバックで ウグイスののどかな鳴き声を入れたのです 。音響効果の三一郎はこう語っています。 最後の血統の場面でウグイスが泣いている のは黒沢さんの注文でつけられたんです。 金迫感のある場面でそれとは対極的な 明るい音楽を入れるコントランクとは黒沢 が好んで使った手法で特に有名なのが ドライ犬のラストでの三船演じる村上刑事 が木村イを演じる犯人の湯さと退治する シーンのバックで主婦が引くクーラーの ピアノ曲ちネ第1番が流れる場面と天国と 地獄の神那の花が先乱れる月光で照らされ た庭で山崎演じる犯人の竹内銀次郎が逮捕 さシーンのバッグでラジオからイタリア 民用オーソレニオの南国らしい容器で警戒 な調べが流れる場面でしょう。この手法は 明るいBGMがシーンの緊迫感をより 際立たせる見事な演出となっていますが、 本作のラストでもBGMではないものの ウグイスののどかな鳴き声をバックにする ことで映画市場に残る緊迫感のある対決 シーンをより際立たせる効果を発揮してい ます。 本件路線のつ木三十郎の魅力はその コミカルなシーンでも大いに発揮されます 。用人棒でもバンタのハスの全身で強い ものに思ねる姿や繋がった太い眉と前歯の 向けた顔の神殿の命地の簡単にお立てられ てヘマを繰り返す姿がコメディリーフとし て観客に笑いを引き起こしますがつ木三十 郎では笑いの要素がさらにふ断に散りばめ られています。例えば上大郎の屋敷に偵察 に行った時に自分の後をゾろぞろとついて くる若侍たちを見て高金魚のうんこみたい に繋がってこられちゃ始末に悪いなと言っ て30郎が呆きれるシーン菊の手勢の行方 を知らせるために出入りする若侍村たちが 次々とふを賑やかに明けしめしてそばで い眠りする三十郎を邪魔するシーン捉え られた菊の廃下の見張りの侍い木村が奥型 に優しくされて良い着物を着て飯を食い じゃ失礼しますと言って自ら押入れに入る シーン30郎を疑う若侍によってせっかく の計画を不にされそれに呆れた30老が この調子だとおめえ兄弟の居所を見つける 頃には俺は白髪の七労だぜというシーン黒 の屋敷に乗り込む合図として流れに何を 流すかを決める時に娘と奥方が赤いつきだ 白いつきだと呑キに言っているのを聞き ながら三十郎がふの文字を指でなぞり5を して赤でも白でもいいじゃねえか。 とにかくつきが合えずだと言いそれでも 時々自然に散ったやつが流れてきますがと 心配する若侍の寺田にごっそり流し文句 アルメートとなるシーン。助け出された 上大郎のム田や兵がした馬面のせいで自分 に人望がなかったことを嘆きわしが馬に 乗ったのを見て誰かこんなことを言ったよ 。乗った人より馬は丸顔と言って皆を笑わ せるシーンなど随所に散りばめられた ギャグに観客は飽きることがありません。 これも用人棒にはない本作の大きな魅力 でしょう。なおこのコミカルな要素に 大きく貢献しているのが見張の侍木村を 表評と演じた小林刑事ですが実は黒沢は 元々のシナリオである日平安の主役には 小林かフランキー社会を想定していたと 言います。そしてつ木三十郎で小林が演じ た木村の人物像にはこの日平安の主人公の イメージが残っているそうです。 用人房とつ木三十郎には続編とはいえ直接 的な物語上のつがりはなく主人公の三十郎 の造形のみが同一人物らしく描かれ続編と しての繋がりを持たせています。それは 三十郎が名を問われて答えるシーンで端的 に示されています。用人では抗するヤザの 一方であるまの目の生命から直をれ、それ に対して外に広がるク畑に目をやった後、 俺の名前は桑畑郎。もうそろそろ四十郎だ がなと答えます。そしてつ木三十郎では 上大郎の奥型から名を聞かれた三十郎は私 の縄と言って庭越に見える隣の黒藤のつ木 を見てつ木30郎もうそろそろ四十郎です がと用人坊の時と全く同じように答えます 。ここで観客は用人棒を思い出し2人の 30老が同じ人物であると確信します。 薄汚れた物つ墓を着て武将髭を生やし剣の 達人で合法来落な性格も全く同じです。 そして腕っぷしが強いだけでなく死亡に たけた策略家であるところも同じですが 用人がどちらかと言うと武踏派の側面が 強調されていたのに対しつ木三十郎では むしろ頭脳派の側面が全面に出されている と言えるでしょう。これによって作である 青梅つ菊との間で次々と繰り広げられる 頭脳線に目が離せない展開になっています 。 このようにコミカルで恩恵な色彩の強い つき30郎ですが一方で黒沢は本作で用人 棒同様3回の盾を用意し棒に勝さるとも 取らないアクションシーンを見せました。 まずは冒頭の古びた車電を取り囲んだ菊の 手勢におしれえやる気かだが気をつけな。 俺は今ネ入りバを起こされて機嫌が悪いん だと言って手勢たちを次々に叩きのめす シーン。ここでは力づくで何人もの相手を ねじ伏せその強さの変輪を見せます。 そして中盤三十郎を信用しきれない安河原 を捉えなければならなくなった三十郎が彼 らを逃すために室が不在の隙をついてその 場にいた菊のケライラを皆殺しにして彼ら を助け出すシーン用人棒でも井を助け出す ため見張のヤザの古分7人を皆殺しにする シーンがありますがここではさらに多くの 17人も相手をわずか40秒で叩き切り ます。このシーンでは立しのクゼに瞬時に 何秒間に何人という指示が黒沢監督から 直接出されました。く勢はそうでないと話 が壊れてしまうからという命令なんですと この時の様子を語っています。この40秒 の大は1人を約2秒で2度切るという 凄まじいスピード感です。黒沢としては 恩件路線の本作にあって一種の小的な気分 でどうせ切るなら派手にという思いだった のでしょう。またリフネ俊はこのシーンを 撮影するにあたって1週間ほど毎日 ラグビーを見に行っていたと言いその動き がこの場面に生かされたと言います。なお このシーンではキられ役の役者たちが2月 の虫中で血のりをかぶったまま横たわって いるのを知りながら若侍村医役の火山優像 や田中国江が夜食にラーメンを食べていた ため三船は自分たちだけが温かい思いをし ていたことを失席する意で次の彼らを 殴りつけるシーンでは本気で殴ったと言い ます。そして3番目のアクションの見場が あの有名なラストの血闘シーンでした。 [音楽] 本作で黒沢は用人での三船と中台の対決の 再現も試みました。原作にはない黒幕の 一角である青梅ついの懐刀方である室判兵 を新たに登場させ郎の強力なライバルに することでコミカルな中にも強い緊張感を 生みました。老人の宇之助は色の優したが 、つ木三十郎の室と判兵には黒沢は中台の 顔を真っ黒にしてくれとメイクのスタッフ に注文をつけました。室とは後に三十郎に この範囲食い物になるとまでゴ護する筋 入りの大悪島刀で黒沢はそんな悪島の室の 顔を黒びりさせたのです。そしてこの2人 あってこそあの世界映画市に残るとも 言えるラストの血闘シーンが生まれました 。このラストシーンは30ロの超絶的な強 さを表す最も重要な見場だけに黒沢は同じ パターンの盾は使いませんでした。黒沢は こう語っています。もう手も尽きた感じ だったでしょう。いくらも切っているしね 。スカット1回だけで終わる血闘を取り たかったということですよ。そしてそこ から観客のド肝を抜くラストの壮絶な血闘 シーンが生まれたのです。どうしてもやる のかやる貴様みたいにひどいやはない。人 をコケに仕上がって。まあ、そう起こるな 。仕方なかったんだ。俺は貴様に一目を 置いてたんだぜ。だから今更何を言い やがる。抜け。俺はやりたくねえ。抜けば どっちか死ぬだけだ。つまらねえぜ。それ もよかろう。とにかくこのままじゃ俺の気 が収まらん。じゃあやろう。でもな、俺が 切られてもこいつらは切るなよ。おめたち もどんなことがあっても手を出すな。無言 で退治する2人の約30秒にも及ぶ 行き詰まる静寂。そして両者が動いた瞬間 、室戸の体から吹き出す凄まじい量の 知武器。この時の30郎の早技は何をして いるのか分からないほどのもので血の量と 共に物議を醸したそうです。このシーンの 脚本にはとても筆ではかけないと書かれて いましたがこの時30郎が繰り出した技は こえ龍術をもに縦市のクゼ流が編み出した ものをベースにリ船自身が研究を重ねて できたものでした。一方切られ役の中台 はい抜きの法場という切り方をくについて 半月も練習したと言います。中台は当時を こう語っています。み船さんとどう 立ち回りをするのか分からないんですよ。 みふさんはみ船さんで稽古しているらしい んですけれども教えてくれない。秘密主義 でね。僕はとにかくこうやって刀を抜いて 振り下ろす。その練習ばかりやっていた この最後の血統シーンは本作の撮影の最後 1962年12月20日改正の静岡県 5殿場で撮影されました中台の衣装は何枚 も買えがあるが三船の薄汚れた衣装は1枚 しかなくこの血統シーンはリハーサルなし の一発勝負で撮影され現場にはすごい緊張 感が多いました。その現場の緊張感を画面 の中に取り込もうというのも黒沢の狙い でした。女監督のデメ正信はこう語ってい ます。5秒ごとに読み上げる。20秒まで 読み上げたらその後は黙る。あ、両者の アウ運の呼吸でやってくれ。それが黒沢 さんの指示でした。合図はしない。相手を 殺そうと思えばあの呼吸で自然に体が動く はずであるというのです。まさに真剣勝負 でした。ここではポンプを使ってきた中台 の体から血が吹き出すという特殊効果が 用いられましたが、大量に血が噴出する ことは関係者以外中台と身を含めて知らさ れていませんでした。中台は高証言してい ます。世の中が真っ赤になった。本当に すごい圧力できたんですよ。その瞬間人間 って変なものでどっと圧力が来た時にここ で倒れたらNGだと思ってとにかく三船 さんを切らないとと思って若侍の田中国江 も高証言しています。血統は凄まじかった ですね。僕らは50mほど離れて見ていた んですが、用いスタートのカチンコが鳴っ て2人が睨み合った時から膝にビビっと 電気が走ってブルブル中台さんが切られた 瞬間血が5mもぶわっと上がり思わず うおっと声が出てしまった後にも先にも あんなシーンは見たことがない三船自身 その瞬間中台を切ってしまったと思った ほどその知武器は凄まじいものでした。 ただこの地武吹きは公開後果たしてあそこ まで地が噴出するものかと観客の間で医者 まで巻き込む大論層となり若侍の1人を 演じた土や吉尾おもこの場面については ちょっと血で過ぎたみたいと感想を述べて います。なお、このつ十郎での印象が あまりにも強かったため、最初にこの ポンプで血を吹き出させる手法を採用した 映画はつ木三十郎だと一般に誤解されてい ますが、実はこの手法自体はすでに用人房 で使われていました。しかし夜間のシーン で画面が暗いことと出血の量が少なかった ため、用人棒ではあまり目立ちませんでし た。いずれにしてもこの映画以降の盾や アクションシーンなどで以後知武器が 吹き出す表現が盛に模放されるようになり ました。ところがつ木三十郎以降の日本の 時代劇映画で黒沢の手法を用いた描写が あまりに流行してしまったため一時は ヨーロッパの新聞が映画祭のルポで日本の 時代劇のヘモグロビンの噴射はもう たくさんだと悪口を書き立て、これらの 作品がヘモグロビン噴射剤などと皮肉を 込めて呼ばれることとなってしまいました 。黒沢はこれに強い罪悪感を抱き、人を 切る音と血の噴質を日本の時代劇で流行さ せてしまった。本家本は自分だと言って 本作の後派手な盾を見せる豪快なちゃん 映画を作らなくなってしまいます。自事作 の赤ひでは乱闘シーンが武ドを使った すでによるものになっていますが、これは 黒沢の反省の現れだったと言います。 プロトは刀を振り下ろしたまま固まり、 そのまま回転するように倒れ込みます。肩 で激しく息をする三十郎、立ち尽くす若侍 たち、そして我に帰ったが三十郎の方に 歩みを進めてこう言います。お見事、これ を聞いた三十郎はこう度なります。馬カ 野郎聞いた風なことを抜かすな。そして次 のセリフ。気をつけろ。俺は機嫌が悪いん だ。これは冒頭の車電での30老のセリフ と重なります。冒頭では菊井の手勢に、 そしてラストでは若侍たちに同じセリフが 向けられますが、その意味合いは大きく 異なっています。三十郎は若侍たちに 向かってこう言います。こいつは俺に そっくりだ。抜き身だ。こいつも俺もさや に入ってねえ刀だ。でもな、あの奥方が 言った通り本当にいい刀はさやに入ってる 。おい、おめえたちも大なしくさやに入っ てろよ。その場を立ち去として歩き出す 30郎かけよる若侍たち。それを見た三十 郎来るなついてきやがるとたっきるぞ。今 や三十郎に進服しきっている若侍たちは 土下座して一斉に頭を下げ仰ぐような マ差しで三十郎を見上げます。それを見て 困ったような怒ったような表情を見せる 30郎。そして最後に一言あばよ。を 吐き捨てるとあのテーマ曲が流れる中独特 の方を揺するような歩き方で去っていき ます。用人棒と全く同じラストシーン。 三十郎の男っぽい魅力に溢れた何とも かっこいいしびれるようなラストシーン です。若侍たちと同様大衆はこの永遠の ヒーロー3重郎を愛し憧れと共感を抱いた のです。 本作は前作同様大ヒットし、日本映画が 好調で年間500本近くの作品が制作され ていた当時にあって日本映画配で堂々の第 2位を記録しました。また第36回キネマ 順方ベストX日本映画第5位にランクイン し、1999年に同社が発表した映画人が 選ぶオールタイムベスト100日本映画編 では82にランクインしました。海外でも 1995年にイギリスのBBCが発表した 21世紀に残したい映画100本で水口 健二監督の最角1台女小安次郎監督の東京 物語黒沢監督のラン北たし監督のそなちと 共に選出されています。ヒット作の2番 戦事として当初は乗り切れなかった黒沢 でしたが日平安のシナリオと三十郎との 意外な組み合わせという着走によって大胆 に原作を改変し、それによって30老の 魅力はそのままに用人ボとは異なる魅力を 持った作品を生み出すことに成功しました 。そしてこの軽妙者奪作風が30郎という キャラクターに新たな魅力を与え、公開後 60年以上経った今でも世界中で愛され、 これからも映画ファンに愛され続ける作品 として残り続けるでしょう。 さて、本日の動画はいかがでしたでしょう か?私たちにとって皆様からの温かい コメントや高評価は何よりの励みとなって おります。是非ともご感想やご意見をお 聞かせいただけると幸いです。

33 Comments

  1. 三船のリーダー役が上手く表現された作品ですね。
    あまりシリーズものは、製作しない黒澤監督ですが、山本周五郎作品をベースに勧善懲悪ものに完骨堕胎、娯楽作品としても楽しめます。
    ラストで仲代と対決して血がビューと舞い上がる。
    ポンプで思い切り血を噴き出すテクニックでしたが、ややパターンで処理している感じもしました。

  2. 用心棒より軽妙でコミカルだからこそラストの血飛沫のインパクトがより強烈になる。

  3. これは東宝の人気シリーズのレギュラーを集めたオールスター映画だから、社長シリーズから、小林桂樹 若大将シリーズから、加山雄三 田中邦衛 江原達怡、ゴジラシリーズから平田昭彦が出てる

  4. 私も「椿三十郎」が大好きです。テレビで観て、それから映画館で観て、今はブルーレイで観ています。「用心棒」で三十郎が斬るのはヤクザであり、斬られても仕方ない人たちですが、「椿三十郎」では斬られるのが気の毒な人たちもいて、それを批判する人もいます。でも、それは若侍たちの未熟さが招いたことであり、100%きれいまっさらという訳ではないヒーローだというところも、この作品に奥深さを与えていると思います。

  5. まったく日本人って奴は…
    東京物語で人間の発展に問いを投げかけたかと思ったら智謀と刀で世界をなで切りにしゃがる

  6. 小学生の昼下がり、偶然のNHKで何の予備知識もなく最後まで観たのが最大の幸せ。神社の祭りに行くのも忘れ見入ってしまった。

  7. ロシアの侵略戦争を止めるにはNATOが覚悟する事になります、動画の内容のほうは、日本映画に、興味無いので、観なかった、頑張って、ください

  8. 自分が用心棒の後日談と思ったのは、用心棒での桑畑三十郎は刀と短刀の二本差しでした。丑寅一家につかまり刀も取られ、監禁された土蔵から脱出し、墓地のお堂から最後の決闘に向かう際、桶屋にもらった一番切れそうな刀を腰に差していきましたが、この時は1本差しでした。(包丁いれたら二本差し)、椿三十郎は冒頭のシーンから一本差しだったので、馬目の宿からの後日談と思ったわけです。椿三十郎は一文無しの設定なので、失った短刀をどこかで買い求めるお金はなかったと思います。

  9. ラストの決闘シーンは瞬きできません.流石の三船敏郎も大刀で無理と長脇差で望んだそうですが,一瞬で決まるあのシーンは最高です.後年必殺シリーズでの滝田栄さんの剣撃が殺陣になっていなかった位じゃ無いでしょうか?

  10. 前作(『用心棒』)をも凌ぐとは思わないな。
    「勝るとも劣らず」といったところでしょう。『用心棒』と『椿三十郎』お互いにね。
    この2作はまったく違う面白さを持った、甲乙つけがたい傑作だと思います。2作それぞれに趣が違うんですよね。

  11. 用心棒は傑作だけど、椿三十郎の方が見ている回数がおおい。一度目は単純に映画の面白さだけど、
    2回3回と見ていくと役者の動き、会話の完璧さ、そしてこれが伏線だとわかって来る。
    完璧だとだと感じた映画。ちなみにレーザーディスク持っていたので「用心棒」、「椿三十郎」何度も見た。

  12. 本当に良い刀というものはサヤに収まっているものですよ。痛快な剣技という暴力で救われる藩の正義だが単純に憧れる若者たちとは違って一言諌める家老の奥方のセリフが光る

  13. 「用心棒」より「椿三十郎」の方がずっと恐ろしい話ではあるんだけどね。

  14. 共通するのは最後のセリフ「あばよ」だけでテイストが全く異なる2作品。椿三十郎は黒澤作品としては珍しく肩肘張らず気楽に鑑賞できて好き。

  15. この"椿三十郎"大好きです。脚本が好き。演者が好き。この舞台劇みたいな映画大好き。"用心棒"、見ました。😅

  16. 用心棒では地味な場面だけど初期の黒澤映画に貢献した藤田進がさようならと挨拶するんだよね。
    すたこらさっさと逃げていく後姿にはおかしみがあったけど

  17. より娯楽要素の多い椿三十郎のほうが好きでした。見る前は「今更白黒映画とか・・・」とか思ってましたが。

  18. クロサワ娯楽路線の最高作ですね ユーモアたっぷりで007のような楽しさ
    何故三十郎はあの若侍たちを助けたのか?それはあの純粋な正義感に燃える若侍たちに明日への希望を託したからです 彼等が大人になった時、この腐った世の中を少しは良くしてくれるかもしれない こいつらをここで死なせるのは惜しい❗️そんな思いで三十郎は立ち上がった
    このテーマは隠し砦の三悪人 影武者でも描かれた 希望を託す物語です
    B級スプラッター映画の元祖と言う評価もある 大好きな映画です😀

  19. 小林桂樹によると、黒澤が書いた周五郎原作『日日平安」の脚本は桂樹主演の想定だったそうです。元の脚本に描かれた桂樹の役柄が少し『椿』のあの侍の役に反映されているとのこと。桂樹に対する黒澤の演出は全く怒鳴ったり叱ったりがなく、押し入れに入った桂樹に対して「桂ちゃん、いま出て行っても分からないよ」と声をかけたりして大変優しかったということです。同じ東宝で「別派」だった社長ものに出ていた小林桂樹やクレージーものに出ていた植木等を使うときには遠慮があったというか、ああいうとぼけたキャラクターは黒澤好みなのでしょうね。所ジョージしかり。

  20. もともと主人公の造形として坂本龍馬がイメージされていたので、剣術家と策略家という役割を共存させやすかった側面がある。
    もちろん司馬遼太郎の「竜馬がゆく」が誕生する前の作品だし、むしろ司馬の方が黒澤の影響を受けてしまった描写が目に付く。
    実際の坂本龍馬とはかなり外れた当時のイメージが、直截に活用されてしまった印象。

    基本的に黒澤明の本心は、痛快な娯楽作品を撮りたかっただけだと思う。
    しかし変に得た名声が、自らの自由な表現活動を阻害してしまったところが、後半期の黒澤作品には確実にあった。
    両作はその過渡期的な位置付けが出来るだろう。

  21. 続編は当たらないと言っても、ターミネーターは2の方が面白いぞ。

  22. 『七人の侍』や『隠し砦の三悪人』などと共に何度も繰り返し観てしまう映画ですね

  23. 最後の三船敏郎さんの謎の斬り方が印象的。若手時代の加山、田中さんも出ていた。
    お前らも大人しく鞘に収まってろよじゃあな?の台詞で、用心棒と同じ音楽で後姿で去る三十郎
    仲代さんは本に書いてあったのは黒澤作品では切られ役で、あまり語らない感じでした

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