PROFILE: 左:(いもう・はるか)1997年12⽉18⽇⽣まれ。熊本県出⾝。2015年のデビュー以降、映画、ドラマ、舞台などで活動。出演作は映画「ソワレ」(外⼭⽂治監督)、映画「左様なら」(⽯橋⼣帆監督) 、映画「ひらいて」(⾸藤凛監督)、映画「37seconds」(HIKARI監督)、ドラマ「SHUT UP」ほか。24年には映画「夜明けのすべて」(三宅唱監督)、映画「⻘春ジャック ⽌められるか、俺たちを2」(井上淳⼀監督)、Netflixシリーズ「極悪⼥王」などに出演。25年には映画「おいしくて泣くとき」(横尾初喜監督)などに出演、⾃⾝初監督作映画「解放」を公開。公開待機作に、映画「次元を超える」(豊⽥利晃監督)が控えている。
右:(やぎ・れおん)1998年9⽉25⽇⽣まれ。東京都出⾝。2017年に⽇本⼤学芸術学部映画学科監督コース⼊学。⼊学後多数の⾃主制作映画を撮影。卒業制作映画「低地の町」(40分)の監督・脚本を担当。卒業後フリーランスの助監督として働く。
現在日本国内において、日本映画だけで年間700本近い作品が劇場で公開されている。2023年は676本、24年は685本と、年々増加傾向にある中で、自主制作した映画を観てもらうのは至難の業だ。
それぞれにムーブメントを起こした「サイタマノラッパー」(09)シリーズや「カメラを止めるな!」(17)、「侍タイムスリッパー」(24)の大ヒットは、何年かに一度しか起きない奇跡と言っていいだろう。そんな奇跡に頼らず、計画を練り、公開を迎えようとしているインディーズ映画がある。それが、八木伶音監督の長編デビュー作「ROPE(ロープ)」だ。
不眠症に悩まされている無職の青年・平岡修二(樹)が、謝礼の10万円を目当てに、失踪した20代女性・小川翠(芋生悠)を探し、発見する。未来が見えない男と、悲しい過去を引きずる女。うまく生きられないモラトリアムな若者たちの出会いの物語と、彼らを取り巻く社会の空気を、これが長編デビュー作とは思えない、丁寧かつ緊張感が途切れない語り口で編み上げた。
せっかく熱量とクオリティーが共に高い映画を作り上げてもそれだけでは未完成で、映画は観てもらってようやく完成する。そんな当たり前のことに気付かせてくれるインディーズ映画「ROPE」がどうやって生まれたのかを、八木伶音監督と、ヒロインを演じた芋生悠に話を聞いた。
——この映画が作られた経緯から教えてください。
八木伶音(以下、八木):主演の樹(いつき)から「映画を一緒に作ろう」と言われて、僕が企画書と脚本を書きました。それを基に、樹と2人で「もっとこういう映画にしていこう」と何回も話し合いながら、キャラクターも2人で相談しながら作っていきました。
——八木監督の中に、「こういう映画を作りたい」という明確なものはなかったということでしょうか。
八木:最初はなかったです。樹と2人で映画を作る、というところが始まりでした。樹が主人公を演じるなら、というところから修二のキャラクターも作っていきました。
——修二は最初「なんだこいつ」とイラッとしましたが、観終わってから無性にまた会いたくなりました。
八木:ありがとうございます(笑)。
——芋生さん出演の経緯を。脚本を書きながら、翠役に芋生さんを想定されていましたか?
八木:最初は誰も想定していなかったんですけど、ある程度書き上がって「誰がいいだろう」と樹と話し合ったときに、芋生さんの名前が挙がりました。「ソワレ」(20)や「HOKUSAI」(21)で芋生さんを拝見して、すごくいいなと思っていて。芋生さんが演じる翠、ちょっと不安定で激情家のキャラクターを見てみたいと思い、お声がけさせていただきました。僕も樹も面識はなかったんですけど。
芋生悠(以下、芋生):樹君から事務所のアドレスにメールをもらって。そのメールに、「スタッフもキャストも同世代の子たちだけど、ちゃんと戦える作品にします、この作品でどこまでも連れて行けるように頑張ります」と書いてあって。すごく頼もしいなという印象で、その熱意を感じた時点で受けてしまいたかったのですが、添付されていた脚本を読んでからお返事しました。脚本もすごく面白かったです。
——翠は“不安定で激情家”ですが、紋切り型のエキセントリックなキャラクターではなく、とても魅力的でした。
芋生:今までにあまり出会ったことのない役でした。いろいろな葛藤を抱えた子、家庭の事情がある子は演じたことがありますが、それとはまた違っていて。自分の不幸な部分を前面に出さず、表では強い自分でいようとしている。そこが人間らしくて、すごく共感できました。翠が直面する現実は苦しいんだけど、演じているとなんだか楽しいな、という瞬間があったんです。それがすごく不思議だなって思いました。
インディーズでも
「根性」だけに頼らない
——商業映画に多数出演している芋生さんから見て、八木監督の現場はどうでしたか?
芋生:八木さんと樹君の2人を中心にした少数精鋭のチームなので、大変な部分もあったと思うんですけど、全くそれを表に出していなくて。現場は本当に淡々と、何も詰まることもなく、スラスラと進んでいきました。いつの間にこんな準備をしたんだろう? と驚くくらい。
——ということは、ストレスが俳優にかからない。
芋生:全くなかったです。
八木:ありがたいです……! 本当ですか?
芋生:ずっと気遣ってくださって。「至らない部分があって」みたいな恐縮した雰囲気だったけど、全然そんなことはなかったです。
——八木さんの助監督時代の経験が生きているのでしょうか。
八木:それはものすごく大きいと思います。大学を出てから2年半くらい、ずっと助監督をしていたので。初めての現場は竹中直人監督の「零落」(23)でした。そこから演出部のリーダーに付いていく形で、大作からインディーズまでいろいろな規模の映画やドラマにも参加して。助監督として、いろいろな部署の動きや、主にスケジュール(の組み方)について勉強をさせてもらいました。
——助監督時代の経験から、「ROPE」を作る上でどのような課題と戦略がありましたか。
八木:映画作りは準備に尽きると思います。同世代で作るインディーズ作品だからといって、無理して、根性だけで乗り切ると質が落ちてしまうから、それはやめようと。スケジュールもスタッフィングも商業映画寄りのスタイルで、しっかりと計画を立てて実行しました。インディーズの「ゲリラ撮影でバーンとやっちゃおう!」みたいなテンションではなかったです。
——撮影日数はどれくらいですか?
八木:撮影日数は20日くらいです。期間でいうと2カ月くらいで、その中でブロック分けして、1週間、2週間とまとめて撮影していきました。
——350万円を目標にクラウドファンディングで支援を呼びかけました(プロジェクトは終了)。その使い道が映画の製作費や撮影費ではなく宣伝費というところに、映画を観てもらうことに関する計画性を感じました。
八木:クラウドファンディングありきで撮影・制作するのはちょっと誠実ではないし、危険だと思うんです。最悪の場合、撮影中止になる可能性もあるので、完成する目処が立ってからクラウドファンディングを始めました。撮影までは自分たちのお金でやって、映画を広げていくためのお金を募ろうというのは、最初に樹と決めました。
——撮影費はどのように用意したのでしょうか。
八木:僕と樹のバイト代や貯金でなんとかしました。制作期間が2年間と長いので、お互い働きながら、稼ぎを制作費に回す形です。
——樹さんとの役割分担は?
八木:樹が企画・プロデューサーで、スタッフィングも樹が関わっている部分があります。現場期間中は、主役としての練習をしながら事務的な連絡業務もしていたので、切り替えるのが大変な部分もあったと思います。
芋生:現場では八木さんに監督業に集中してもらうために、樹君がキャストやスタッフを静かに連帯させている、リーダーシップをとっている印象を受けました。
八木:出番のない日も現場に来てくれて。
芋生:いましたね。キャストへのケアをしてくれました。
——もともと樹さんとは大学(日本大学芸術学部映画学科)で出会ったのでしょうか。
八木:はい。学年は樹が一つ下で。卒業制作などを一緒に作った仲です。
——同世代のキャストやスタッフと映画を作ってみて、どんなメリットがありましたか。
八木:同世代でほぼ顔見知りとはいえ、撮影部などは第一線で活動しているので、緊張感はありました。でも、助監督時代に感じた年上のスタッフさんに対する緊張感とは違い、映画についてフランクに、ぜいたくに時間をかけて準備していけるというのは、僕の中で拠り所でした。全部署のスタッフと話しやすかったですし、味方がたくさんいると感じられる環境で映画が撮れました。
芋生:みんな緊張感は常にちゃんとあるんだけど、どこかでやはり、隣にいるのは仲間だと思えている。いいバランスで、安心感と緊張感があったと思います。
映画に込める想い
——監督デビュー作というところで、意識したことは?
八木:デビュー作は、好きな映画や影響を受けたものが分かるものが多いなと思っていたので、今回はオマージュにならないように、デビュー作としては異質な映画にしたいなと思って作りました。
——そうなんですね。台湾ニューウエーブがお好きなのかなと感じましたが……。
八木:あ、でもそうですね。カメラマンとカメラワークについて話すときに、エドワード・ヤンの名前は出たりしました(笑)。街中に女の顔が貼ってあるというイメージは、押井守さんの実写のデビュー作、「紅い目鏡」の影響かもしれません。好きな映画ですし、ビジュアル的に強い一枚絵があるといいなと思って。
——お二人は、映画作りに対してお互いの想いを語り合ったことはありますか?
芋生:いえ、話したことがなくて。話したいなと思ってました。
八木:「ROPE」の準備期間に、芋生さんが「解放」の準備をされていて、監督もやられるんだ、と。インディーズ映画を作っていく仲間のような、シンパシーを勝手に感じていました。
——なぜお二人は映画を作ろうと思ったのでしょうか。
芋生:私は、映画で伝えられることって本当にたくさんあると思うんです。映画は流れないものというか、劇場に足を運んでその場で目の当たりにするものだから、なんでもないものや、軸のないものを作ってしまってはいけないなという意識は自分の中にあって。「ROPE」も、淡々と会話劇が進んでいくけれど、現代の若者がどうやって生きているのか、貧困や社会的な断絶、選択肢が見えにくい現状があるのではないか、そういったいろんなことを思うきっかけになっていて、映画の力を改めて感じました。自分が俳優として関わる作品も、自分が作るとなった場合も、何か社会的なメッセージを込めてやるぞ、ということじゃなかったとしても、1人でも誰かを救えるようなものになったらいいなという思いは常にあります。
八木:伝えたい主題は本作にも何個か込めました。修二が体現する若者のモラトリアムみたいな部分に関して、「働けよ」と思われて終わりかもしれないですけど、修二の中に魅力だったり、明日を生きていく原動力になるようなものだったりを感じてもらって、共感してもらわなくていいんですけど、理解できる部分を見つけてもらえたらうれしいかなと思います。劇場を出たらすぐに忘れてしまうような映画もあると思うんですけど、何かの映画で観た印象的なシーンの記憶が、日常生活に影響を与えていくのが映画の力だと思っていて。どこか記憶に残るようなシーン、セリフ、画を、頭に焼き付けるような映画を作っていきたいなと思っています。
——「ROPE」でいうと、実際には存在しないロープ(紐)が修二の首に巻き付く映像にインパクトがありました。ロープの解釈は観客に委ねるとして、あのイメージをどのように思いついたのでしょうか。
八木:ロープが出てくるカットは撮らなきゃいけないなと思って脚本に書いたんですけど、どう撮るかで結構悩みました。撮ってみたら、いろいろ想起させるカットになっていたかなと思います。
——自分で書いた脚本に、監督として悩まされてしまった(笑)。
八木:そういったことの連続でした(苦笑)。
——観客として、忘れられない映像体験をした作品をお二人にお聞きしたいです。
芋生:私はわりと最近になるんですけど「i ai」(マヒトゥ・ザ・ピーポー監督)です。メインを張っているのは若者たちなんですけど、それを支える大人の存在がすごく印象に残っています。大人が若者を見守る視線が、映画の中に込められていて。特に小泉今日子さんからは、役者としても役としても、一人間の優しい視線を感じました。自分も見守られているような気持ちになったし、自分も歳を重ねたときに、映画を見てくれた若者が、「こんな大人がいたら安心するな」と思うような存在になれたらいいなと思う映画でした。
八木:何年か前に、昔から好きだった「地獄の黙示録」が4Kになって。劇場で初めて観たら、家のテレビで観るのとは全く違う映画体験でした。サブスクで家で映画を観る時代になりつつあるんですけど、劇場で観るというのは全然違う体験だと思うので、映画館で映画を観るということを大事にしたいなと思います。
——初の長編映画を完成させた今の心境は?
八木:企画から2年が経ちました。最初は劇場で公開できたらいいなという漠然とした思いでしたが、上映を信じて全て自分たちで作っていったら現実になるんだなと、ちょっと驚いてます。大変でしたが、1回やってみて、行動すればできるということが分かったので、これからもなんとか作っていきたいと思います。
PHOTOS:YUKI KAWASHIMA
STYLING:[HARUKA IMOU]ARISA MURAYAMA
HAIR & MAKEUP:[HARUKA IMOU]SHIZUKU
映画「ROPE」
映画「ROPE」
7月25日から新宿武蔵野館ほか全国順次公開
出演:樹 芋⽣悠 藤江琢磨 中尾有伽
倉悠貴 安野澄 村⽥凪 ⼩川未祐 ⼩川李奈 前⽥旺志郎
⼤東駿介 荻野友⾥ ⽔澤紳吾
監督・脚本:⼋⽊伶⾳
劇伴:TAKU(韻シスト)
主題歌:⽟置周啓(MONO NO AWARE/MIZ)
助監督:横浜岳城
撮影:遠藤匠
照明:内⽥寛崇
録⾳:家守亨
グレーディング:杉元⽂⾹
現場スチール:⽵内誠
ヘアメイク:村宮有紗
⾐装:澪
⼩道具・美術:天薬虹花
ポスタースチール:野⼝花梨
ポスターデザイン:徐誉俊
⾳楽協⼒:nico
配給:S・D・P
2024年/⽇本/16:9/5.1ch/93分 ©映画「ROPE」
https://www.ropemovie.com