Interview & Text:三宅正一
Photo:興梠真穂
メジャーデビュー20周年を迎えたRADWIMPSが新曲「賜物」リリースする。この曲は、『アンパンマン』の作者である、やなせたかし・暢夫婦の生涯をモデルにした2025年度前期NHK連続テレビドラマ小説『あんぱん』の主題歌であると同時に、野田洋次郎(Vo./Gt.)と武田祐介(Ba.)の2人体制になった新生・RADWIMPSの第一声となる。
曲を聴けば一発で、彼らがどれだけ気概を持って自由な音楽の創造力を引き寄せ、ここに解き放ったか体感できるはずだ。一筋縄ではいかない多面的なサウンドプロダクションのなかで、どこまでもRADWIMPSのシグネチャーだけが融合し、どこまでもエポックメイキングな佇まいでひとつの歌が編まれている。誰も触れたことない真新しいロックサウンドが、大きなポピュラリティを獲得していくストーリーさえも曲のなかに入り込んでいるような、ものすごい曲が生まれた。この曲が、朝ドラの主題歌として月曜から土曜日まで毎朝8時に流れることも意義深く、痛快に感じる。
この「賜物」が完成するまでの道のりを野田と武田が語ってくれた。彼らの言葉はそのまま、20周年を迎えたRADWIMPSというロックバンドがここからどう生きていくかの宣言にも置き換えられる。
「俺はどういう気持ちでロックバンドを始めたんだっけ?」
――いやもう、すごい曲ができましたね。
野田洋次郎:おっ! ありがとうございます。うれしい。
――2025年にこの「賜物」という曲が生まれたことはRADWIMPSにとってものすごくデカいと思うんですけど。RADWIMPSの音楽的なシグネチャーが、ある種、組曲的に融合していると思うし、すべての構成、旋律、リリック、コーラス、ビート、音の配置が、必然性を伴って連なっているというか。相当な手応えがありますよね?
野田:本当に完成したばかりなので、まだあんまり客観的に捉えられてはいないんですけど。それくらい、あまりにこの曲の旅が長かったから。聴く人には関係ないけど、今までで一番労力と時間をかけた曲で。今年の終わりくらいにやっと冷静に聴けるのかも(笑)。
武田祐介:すごい曲ができたと僕も思います。
――こういう言い方が正しいかわからないけど、RADWIMPSの意地を感じたというか。バンドの体制が変わったことはポジティブな事象ではないと思う。でも、思えば、智史さん(ドラマーの山口智史)がジストニアを発症して無期限活動休止を余儀なくされたときも、ライブの編成がツインドラムになったり、誰も予想してなかったやり方でRADWIMPSというバンドのたくましさを示してきたと思うし、この曲はRADWIMPSのそういうマインド──逆境のときこそ音楽の自由を謳歌しようという意思の象徴のようにも聴こえます。
野田:そうですね。やっぱり客観的に見ればロックバンドとしての形が崩れかけたようにも見えるだろうけど、俺はよりロックバンドというものに自覚的になったし、そのロックバンドというものの可能性をこの曲を作りながら感じようとしたというか。さらには連続テレビ小説の主題歌という、すごく歴史のある枠組みに呼んでいただいて。そこでこのとてつもない音楽の冒険をRADWIMPSなりにするということが、ひとつ俺は快感にもなっていた。それが結果的に『あんぱん』を観る視聴者が喜んでくれるものであればいいなと思っていて。俺らの産みの苦しみみたいなものは『あんぱん』の視聴者には関係ないし、視聴者のなかにはおじいちゃん、おばあちゃん世代の方もたくさんいると思うけど──でも、そのおじいちゃん、おばあちゃんさえも絶対にこの曲で興奮させたいという思いもあって。それをゴールに、どこまでも自由で軽やかな曲を、もう、泥をすすりながらでも作るという。そういうマインドでした。
――いつごろから楽曲制作に着手したんですか?
野田:去年の春先にやることが決まって、俺はたしか5月くらいから曲を作り始めて。ワールドツアーをやりながらイメージを膨らませていきつつ、2025年が20周年というのもあって。周年をそこまで意識しているわけじゃなかったけど、いつの間にかRADWIMPSというバンドが求められるもの、与えられた期待に応えすぎているところもあるなぁと曲を作りながら思っていて。

――本来はもっと音楽に対して自由に、わがままに、ロックバンドをやってたじゃん、みたいな?
野田:そう。「俺はどういう気持ちでロックバンドを始めたんだっけ?」みたいな自問自答をし始めて。だから余計にロックバンドとしての意思みたいなものをこの曲に落とし込みたいというのがすごくあったんです。やっぱり俺はつねに新しい何かを探しいていたはずだし、そういう未知なるものを自分のなかから探すことが俺にとっての音楽だったし、それをもっと自覚的に、貪欲にやるべきだなと思って。そしたらこんなに制作が大変だとは思わなかったけど(笑)。コードも何個詰まってるのか自分でもわからないです。「でも、これが、本当に俺がやりたかったことだよな」と思って。それで、去年の8月くらいに先方に一回デモを渡したのかな。でも、そこから結局、年を跨いでも確定せず。
――いろんな可能性を探りながら。
野田:そう。最初、デモは4曲渡して。先方からそのうちの2曲をキープさせてほしいと言われて。「賜物」のほうは本当にどんどん日を重ねるごとにサビも変わったり変化していったんです。「中途半端に終わるわけにはいかない、やり切るんだ」という覚悟があったし、20周年のタイミングで体制も変わるし、ある時期からはこの曲が次の俺らのスタートの曲になることもわかっていたから。そこでやり切れないようじゃ本当に音楽家としてもう終わりだなと思ったから。
――制作期間は昨年9月にリリースした洋次郎くんのソロアルバム(『WONDER BOY’S AKUMU CLUB』)とも重なってたわけですよね?
野田:重なってましたね。それもあって、いい意味でちょっと空気の循環や切り替えができたと思います。ソロのほうはまったく違うビートミュージック的なアプローチだったから。一方で、こっちではギターとかをフィジカルに練ってるみたいな。同じ音楽だけどまったくアプローチが違うのは助けになりましたね。

――「賜物」のイントロのストリイングスの鳴り方とかは、ソロでアプローチしていたサンプリング的なブラスの使い方にも通じてる部分があるのかなって。
野田:その影響は間違いなくあります。「賜物」でもちょっとサンプリング的な手法を散りばめているし。「賜物」は最初のデモの原型がほとんど残ってないです。
――「賜物」のイントロのストリイングスの鳴り方とかは、ソロでアプローチしていたサンプリング的なブラスの使い方にも通じてる部分があるのかなって。
野田:その影響は間違いなくあります。「賜物」でもちょっとサンプリング的な手法を散りばめているし。「賜物」は最初のデモの原型がほとんど残ってないです。
武田:本当にほぼ残ってないね(笑)。
野田:Aメロも変わったし、曲の魂の密度がどんどん濃くなっていって。先方には5段階くらいにわたって聴いてもらったのかな? 途中で先方から「前のサビのほうが好きでした」みたいな感想ももらいながら。でも、俺は絶対に誰しもが納得するものがあるという考え方だから。「AかBか」って言われて、AとBで意見が分かれるくらいなら、“絶対のZ”があるという考えで。
――洋次郎くんらしいですね。だから、こんなに革新的でカオティックな曲になるとは最初は誰も想像してなかったということですよね。
野田:そうそう、誰も想像してない。ただ、プロデューサーの方から期待値も込みで「1日2,000万人以上の方が朝ドラを観て、その主題歌を聴きます。子どもから、90、100歳くらいの方まで」という事実ベースの説明を受けて。それを頭の片隅に置きながらも、その人たち全員を喜ばす音楽を作ろうとしたら、とても薄いものになることはわかっていたので。何よりもまずは自分が大興奮するもの、自分が圧倒的にいいと思う曲を作ることを最優先にしました。だけど、その頭の片隅に説明してもらった事実があるのもすごく大きくて。最後の選択において自分の根っこにはどこまでも普遍的で素朴なメロディが好きというところがあるから、そこでいろんな世代の視聴者との融合は絶対に叶うだろうなと思ってました。
――童謡的なメロディのセクションはまさにそう思います。その間に挟まれているのは音楽の大冒険、その航海におけるいろんな光景が繰り広げられるような構成で。RADWIMPS特有のファンクネスやジャズやフュージョンなどに通じるアンサンブルとグルーヴがあって、ラップっぽいフロウもあって、終盤にオペラっぽいコーラスが入ってきたり。カオティックなんだけど、小手先で音楽をやってないバンドの説得力に満ちていると思います。
野田:うれしいです。やっぱり25年音楽活動をしてきて、初期衝動や初速みたいなところで名曲がたくさん生まれるのはわかるし、自分自身もその勢いでバンドをやれているという喜びで生まれた曲もいっぱいある。いろんなアーティストがそれを経験していて。ただ、やっぱり20年やってきてとてつもない名作を作るというのは、伊達じゃない。20年バンドを続けられるグループもまず限られているし、ロールモデルもそんなにいないし、だからこそひとつ苦しむ権利も与えられたというか。20年経って朝ドラの主題歌という機会をもらえて、未知の領域でいい曲を作ろうという心構えと覚悟を持ってできているそのセオリーのなさに途中からハイになった気がする。だからこそ、なんの上限も下限もなかったし、「ここでもうええでしょう」という空気をすべて取っ払えた気がする。スタッフからの「もうええでしょう」があらゆるところから聞こえてきたんだけど(笑)。

――(笑)。
野田:それを振り切って、最後の4か月くらいはほぼ毎日スタジオでアップデートしてました。
――武田くんともその都度データのやり取りをして?
野田:俺が日々更新したラフミックスをドロップボックスに上げていくから、そこで武田も更新したことを知る感じで。
武田:そう。更新された音源を随時確認して「サビが変わったのでベースラインを考えといて」というオーダーを受けて考えて。で、次の日、朝起きたらまた変わっていたり。ものすごい更新速度でした。
――たとえばラップっぽいフロウのアプローチは最初からあったんですか?
野田:そう、一番朝ドラっぽくないところが最初からあった(笑)。あれは絶対にやりたかった。何十年という歴史がある朝ドラかもしれないけど、やっぱりおじいちゃん、おばあちゃんを、NHKのラジオ体操とは違う形で心を踊らせたいと思って。それができたら、10代だろうが、20代だろうが、30代だろうが、40代だろうが、50代も踊らせれると思ったから。で、この曲を受け止めてくれた『あんぱん』のプロデューサーの倉崎(憲)さんにもすげぇ感謝してるし、彼が細かい部分でもいろいろ粘ってくれて。
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