ソフトバンクグループの創業者で日本3位の資産家である孫正義氏は昨年12月、米フロリダ州のプライベートクラブでドナルド・トランプ氏と共に1000億ドル(約14兆7000億円)の対米投資を表明しようとしていたところを同氏に遮られた。

  トランプ氏は「2000億ドルにしないか」と孫氏に問いかけると、記者団の方を向き「信じようと信じまいと、彼は実行できる」と述べた。

  「マサ」の愛称で呼ばれる孫氏は笑い声を上げ、トランプ氏を「素晴らしい交渉人」と呼び、同氏の背中をたたいた。トランプ氏は笑顔をほとんど見せずに「2000億ドル」と繰り返した。

  その会合から数週間後にトランプ政権の2期目が始まった。孫氏は大統領となったトランプ氏と再び会い、対話型人工知能(AI)「ChatGPT(チャットGPT)」を開発した米オープンAIのサム・アルトマン最高経営責任者(CEO)とオラクルのラリー・エリソン会長との連携を発表した。

  投資額は倍以上になっていた。3人は今後4年間に米国のテクノロジーインフラに5000億ドルを合同で投じると述べた。この事業でそれほど巨額の投資を実現できるのかという疑念が、ほぼ即座に生じた。

公約のオンパレード

  ビジネスリーダーらは、トランプ氏への支持を表明するとともに、選挙戦で同氏が公約した経済的な繁栄を具体的な大きな投資額によって約束しなければならないのではとの強いプレッシャーを感じている。

  それが本当であろうとなかろうと、実際に雇用創出につながってもつながらなくても、新しいものであろうとなかろうと何であれ、取りあえず大統領に伝えなければという切迫した感覚を抱いている。

  トランプ氏の大統領返り咲きが決まって以来、公約のオンパレードだ。アップルは今後4年間で5000億ドルを米国に投資すると発表。イーライリリーは国内での医薬品製造に270億ドルを投じる計画だ。

  フランスの海運会社CMA・CGMは、200億ドルの事業拡大を約束。韓国の現代自動車はトランプ氏に210億ドルの投資と10万人の新規雇用を告げたばかりだ。

  トランプ氏が昨年11月の大統領選を制して以後に発表された計画をブルームバーグが分析したところ、総額約1兆6000億ドルの支出と、少なくとも42万6000人の雇用創出を約束するものとなっている。

  その大半はトランプ政権に言及、もしくはトランプ氏が意図的に自身の手柄にしようとているものだ。この額は直近1年間におけるS&P500種株価指数を構成する全企業の設備投資を上回る。

 

  多くの支出計画は目新しいものではない。例えば、アルトマン氏が掲げた数千億ドル規模のAIモデルインフラ構築という目標は、バイデン前政権下で動き出していた。そして多くの場合、その結果としてどれだけの実質的で恒久的な雇用が生まれるのかは不明だ。

  データセンターは最小限の労働力しか必要としないことで知られており、最大規模のデータセンターでも数百人しか雇用していない。それにもかかわらず、ソフトバンクグループ、オープンAI、オラクルの3社による新事業「スターゲート」は、全米のデータセンターに関連する「数十万」の雇用を創出するとうたっている。

  オープンAIは、その推定には一時的な建設労働者や電気技師、大工、作業員、トラック運転手が含まれていると説明している。

  トランプ政権は、規制撤廃や事実上全ての外国製品への関税による国内経済強化の取り組みが実を結んでいることを示す明確かつ早期の証拠として、この計画を歓迎している。

  株式市場が貿易戦争に揺れ、エコノミストらがさらなるインフレを警告し、リセッション(景気後退)懸念が高まる中で、トランプ氏にとってこうした取り組みをアピールし続けることは極めて重要だ。

  ホワイトハウスのデサイ報道官は声明で、「AIや半導体製造などの最先端分野における業界リーダーによる仮説的なアイデアが、数兆ドル規模の歴史的な投資コミットメントとして実現していることは、トランプ大統領への強い信頼の表れだ」と指摘し、関税や規制緩和、減税、「米エネルギーの解放」をトランプ氏が進める政策課題の一部として挙げた。

  トランプ氏はブルームバーグのコメント要請を踏まえ、「2カ月間で、寝ぼけていたバイデン政権の4年間よりも多くの民間投資について言及され、あるいは約束された。フェイクニュースはこの事実を嫌って話題にしない!」とX(旧ツイッター)に投稿した。

自動車メーカー

  歴史が指針となるなら、トランプ氏が主張している企業との約束が全て果たされるわけではないだろう。同氏は製造業大手に対し多額の支出と雇用創出を求めた。労働組合の票を獲得し、製造大国として米国を復活させると誓ったトランプ氏にとって、自動車メーカーは格好の標的だ。

  特に、メキシコでの自動車生産拡大計画を理由に、フォード・モーターとトヨタ自動車は早くからトランプ氏による批判の的となっていた。同氏が2016年の大統領選に勝利した後、フォードはミシガン州の工場に約7億ドルを投資し、700人の雇用を創出するとともに、メキシコの工場建設計画を中止すると発表した。

  しかし結局、ミシガン工場の雇用を増やすどころか、人員削減に踏み切った。同工場の従業員数はピーク時の半分以下の約1600人にまで減少。経営を巡る混乱や自動運転車の開発中止、そして電気自動車(EV)販売の伸び急減を経て、現在はガソリン車1モデルのみを生産している。

  フォードはこうした状況について、19-23年に既存の米製造施設に総額74億ドルを投資し、約束を「上回る成果」を上げたと推定していると資料でコメントしている。

 

 

  トヨタはメキシコへの進出拡大に対するトランプ氏の批判を和らげようと、米国の製造業に130億ドルを投じると表明。同社によれば、米国での直接製造雇用を16年時点の2万5000人から3万1000人に増やしながら、約束した資金を支出したという。この間に米市場でトヨタのシェアが上昇したこともあり、同社にとっては特に難しい決断ではなかった。

  トランプ氏が自動車メーカーの米国回帰に取り組んだにもかかわらず、米国で販売された小型車のうち実際に米国で製造された割合は24年時点で53%。これは16年当時と比較して若干の減少であることをシカゴ連銀の分析は示している。

「ハイパースケーラー」 

  スターゲートを始動させるため孫、アルトマン、エリソン3氏と会談した日、トランプ氏はこの計画を自身のリーダーシップ下での「自信と米国の潜在力の力強い宣言」と呼んだ。

  トランプ氏とイーロン・マスク氏の長年の盟友であるエリソン氏は、「あなたなしでは、われわれはこれを行うことができなかったのは確かだろう」とホワイトハウスのイベントで述べた。

  しかし、「ハイパースケーラー」と呼ばれる世界最大級のデータセンター事業者は、AIに対する飽くなき需要に応えるため、すでに昨年、巨額の設備投資を行っていた。

  業界ブログ「Platformonomics.com」によると、ChatGPTに対する熱狂は、データセンター建設の急激な増加を引き起こし、大手事業者による投資が24年に78%増加。これは、アルトマン氏が数十億ドル規模のコンピューティングインフラへの投資を目的とし、提携関係の構築に長年取り組んできたことを裏付ける数値だ。

Inauguration Of Donald Trump As 47th President Of The United States

トランプ大統領の就任式典に参加した企業幹部ら(1月20日)

Photographer: Kenny Holston/The New York Times/Bloomberg

 

  スターゲート計画を巡り、トランプ氏の側近であるマスク氏をはじめ多くの人が懐疑的なのは、「スターゲート」という名称が1994年の米SF映画「スターゲイト」に由来しているためだ。

  その映画ではスターゲートが異世界への入り口として描かれているが、孫氏らのスターゲートがそれだけの巨額資金を要するのか、ましてや4年以内にその資金を活用できるのかということだ。

  孫氏でさえ、それほどの支出を裏付ける財務諸表を持っていない。ソフトバンクグループによるスターゲートへの当初拠出金は昨年12月にトランプ氏に誓った1000億ドルと同じ資金プールから引き出される見込みだ。一方、オラクルの2025年度設備投資は総額160億ドルに上ると予想されている。

  現時点では、この合同事業の目に見える足跡は、テキサス州西部アビリーンで建設中のデータセンター1つだけだ。プロジェクトに詳しい関係者によれば、アビリーンの用地は24年夏までにオラクルによってすでに選定されていた。

  トランプ氏が発表するまで、開発パートナーや政府などの主要関係者はこの土地でのプロジェクトがスターゲートとして始まることを知らなかったという。非公開情報だとしてこの関係者は匿名を条件に語った。

  オープンAIはスターゲート構想の規模とパートナーについて、トランプ氏が大統領選を制した後に「トランプ政権に対する投資家の熱狂的な期待の高まり」によってまとまったと資料でコメント。同社は、今後数カ月以内にテキサス州やその他の州でさらに多くの拠点が発表されるとしている。

  業界の専門家は納得していない。「5000億ドルというニュースの見出しを飾る数字は、その名が取られた映画と同じくSFだ」と、データセンター投資に詳しいチャールズ・フィッツジェラルド氏は言う。

  10年以上にわたりPlatformonomicsに投稿し、創業間もない企業に資金を投じるエンゼル投資家でもある同氏によると、「5000億ドルの調達よりも難しいのは、その金額を4年間で実際に使うことだ」。

原題:The ‘Science Fiction’ Behind Trump’s $1.6 Trillion Pledge Parade (抜粋)

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