#どうする家康 #歴史解説 #ドラマ解説
※概要
大坂冬の陣に続いて、夏の陣が起こったのはどうしてか? 野戦となった大坂夏の陣の様子と、燃え盛る大坂城の山里丸で自刃した、秀頼や茶々たちの最期について、お話しています。例によって真田信繁の活躍多めになっておりますが、ご寛恕くださいw
2023年、NHK大河ドラマ「どうする家康」解説動画です。
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お祭り太鼓 (feat. マニーラ) / Stardom Sound
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20 Comments
現在であれば労働契約によって労使関係がありますが、戦国時代は何を根拠に家臣と牢人を分けていたのでしょうか。起請文なのでしょうか。
「大坂城から退去しない牢人たち~」とお聞きしましたが、そのような状況ならもう豊臣家臣といってよいのではないでしょうか。
戦国時代なら契約書のような文書はあまり効力がなく、状況から判断していたような気がしますが、そうでもないのかな。
豊臣家が浪人達を抑えきれなかったのが…
講談の「真田三代記」は確かに面白いですね。落語「真田小僧」では信繁は薩摩に逃げ延びたことになってますね。(笑)もしかすると秀頼や茶々も一緒だったかも?ですね(笑)
最終話で涙流しそうなポイントの一つに千姫による秀頼と茶々の除名嘆願の失敗でしょうか。どっちが断るのかは興味があります。江姫たちの戦国では秀忠さんが断っていますね。どうする家康は家康が断るのかな?あと歴代の大河ドラマで大阪の陣は真田や大阪方の活躍を多く取り上げますが、大野直房の猛攻を凌げた秀忠さんや立花宗茂、討死した本多忠朝についても取り上げてほしいものです。
へ〜❗️毛利吉政って言うんですね‼️
てっきり毛利勝永だと思い込んでました。
まぁ幸村も含めて、当時の人にとっては諱だから、聴く機会も少ないので、幸村とか勝永とか、名付けやすかったんでしょうね〜。
とは言え「幸村」と名付けた誰かさんは、なかなかなネーミングセンスですね👍
いつも楽しく動画を拝見しています。
ありがとうございます☺︎
質問なのですが、今回のどうする家康で茶々、初、江の三姉妹が大坂城で会見をしていましたが、将軍御台所であるお江の方が、実際茶々に会い話をしたというのは史実として残っているのでしょうか??
くぅ、今回は最後まで視聴すると最終回のドキドキが減っちゃう気がしたので動画途中まで観て断念しました😂
歴史音痴で戦の詳細知らないので最終回を楽しみに、それが終わってからまた視聴させていただきます✨
あー、来週終わっちゃうー😭
昨日本編前に感謝祭の放送を観てマツケンや松潤のコメントにほんと感慨深くなりました。もしまだ観ておられなければ見逃し配信で観てみてください〜✨
古沢さんの記事の中に、撮影を終えた松潤が家康を可哀想な人ですね、と言っていたとありましたが、昨日の放送を観て本当にそうだなと思いました。予告で悲痛な表情の千姫に胸ぐら掴まれてたし😭家臣団が集結している場面があることがせめてもの救い😭
茶々の心情の推移に引き込まれた。家康からの書状で、我々で乱世を終わらせよう、自分は乱世の生き残りを引き連れて滅ぶが、秀頼は生き延びさせることが母の役目だと述べる説得力のある内容に、一度は納得した彼女だが、最後に秀頼に決断を問うと彼は決戦と答える。この時の彼女の心情は、ある種達観だと思う。今まで全て自分に従って来た息子が初めて下した決断、たとえその結果豊臣が滅びても良しとする、勝敗を度外視した母としての思い、体面や威信よりはるかに上位にある息子への信頼と、彼と共に最期まで向かうという運命共同体的心構えの境地に達しているように思った。秀頼の言葉を聞き涙にくれる茶々の心中は、滅びの美学的な爽やかな風が吹き抜けているような潔さがあると感じた。
徳川のライバルという意味で、村正の村を取ったとか?
牢人を城から追い出さなかった秀頼は愚かにも思えますが、下剋上による身分上昇という過去100年の乱世の夢に最後まで掛けてみたかった牢人たちと、そんな彼らに秀頼も思いを致してみたかったなかもなと先日の大河を見て感じました。
現代で言えば、いきなり受験競争や資格取得による立身出世が封じられて大量の受験浪人就職浪人が溢れかえるような状況みたいなものだったのかも。
豊臣秀頼、生存説からの天草四郎時貞が秀頼の子供と言われている説につながるのか
クーさんの言うように 幸村なんでなんかなぁ?
農耕民族で山谷に囲まれた多神教の日本人に、一神教のキリスト教が戦国末期から徳川幕府初期にこれほど広がり続けたのはどうしてなんでしょう 風土や政治体制にもそぐわないようなのに不思議です。
浪人と秀頼は一緒に長崎に逃れて天草四郎になったので幕府は徹底的にキリシタンを殺した ってお話も😀
真田丸の三谷幸喜さんの解釈では本名を隠すために偽名をつくるときに村の字が入ったみたいな感じでしたね。
ドラマでは家康から茶々に宛てた書状がありましたが、そのような書状はあったと思いますか?
燃やしてしまったので、これはフィクションかなぁ?と思いましたが、とても具体的な内容だったので元になった資料があるのでしょうか。
少なくとも、10~20年以上前は、大河ドラマでも真田幸村だったよね。真田幸村の方がかっちょいいーーー🐧(笑
真田信繁(幸村)の子のうち数人が伊達家に仕えたり、伊達家家臣片倉氏に嫁いだりといったことも誉田の戦いの縁があったのかもしれませんね。(例によって詳しいことは分からず、異説もあるようですが。)
五奉行の一人・徳善院玄以が薬物関係で逮捕されちゃったんだけど。
Blu-ray発売?動画配信の封印? どうするNHK。
歴史好きからすると ここで牢人問題を解決しなかったから島原の乱とか由比正雪の乱とか あるいは赤穂事件とかを招いてしまったのではと感じる 改易したら、ちゃんと再就職のあっせんをしないと