#どうする家康 #歴史 #解説

※概要
天正13年に起こった第1次上田合戦の原因となった、真田昌幸と沼田城の関係や、上田合戦での真田の見事な戦いについて紹介しています。

2023年、NHK大河ドラマ「どうする家康」解説動画です。

【関連動画】
『天正壬午の乱とは、どんな戦いだったのか?』

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30 Comments

  1. 本当に毎回お3人さんのお話と逸れる雑談やお声も好きで歴史チャンネルは3つ登録してた中、此方だけにしました^-^;

    視聴率が2桁きるとかきらないとかありますが2回目きったときは、浦和vs仙台育英だったから仕方ないと、ここ最近は軟式野球甲子園やら世界陸上でと友達に自信ありで言ったらそれは違うと言われてしまいました;でもきりゅうさんを拝見してからは好きなものに夢中になるのはいい事だ !と思っています。歴史と人生の勉強になっています^-^

  2. 真田はもっともロマンを感じる戦国大名ですね。激アツです。昌幸も信之も幸村もとんでもない天才だったと言いたい。真田は徳川に大恥をかかせた敵なので徳川が天下を取った後、一番初めに取り潰されてもおかしくない状況だったのに、それを信之は乗り切りました。もちろん信之は東軍ですがそれでも・・・ よくやった!

  3. きりゅうサンの上田合戦 情景が浮かんで来る〜。おもしろーい。ついつい引き込まれてしまいます。

  4. 信之も登場しましたが、忠勝が見た目が若いままなので義理の親子やってる姿を想像しにくいところ。どうする家康ではこの辺、やってくれるのかどうか楽しみです。

  5. 今回も勉強になりました。ありがとうございます。アニメサマーウォーズで第1次上田合戦の話がちょっと出てきたのを思いだしました。

  6. お話し楽しく聞き入りました。真田パパもすごい人だったんですね。勉強になりました!

  7. 家康から昌幸暗殺の密命を(間接的に)与えられていて、はんたいに殺されちゃった室賀正武はさすがに出てこなかったですね。「真田丸」での西村まさ彦さんの「黙れ小童!」を思いだしました。

  8. 1985年の「真田太平記」では丹波哲郎さんが真田真幸を演じていて、丹波さん流の味のある演技でいかにも策謀家という雰囲気を醸し出しているのが良かったです。草刈正雄さんが真田幸村(信繁)を演じていましたが、若かったので最近の雰囲気とは大分違ってましたね。

  9. ワシんち、松代藩領地だから…そりゃ三途の川の渡し賃を旗印にした真田は強いさ。

  10. いつも楽しく観ています
    ところで、戦国ものの物語を観る(読む)時に不思議なのは

    家康は朝廷から三河守をもらっていて岡崎が領地だからこれはわかる

    でも、秀吉は領地にしたことのない筑前守、明智光秀もいったこともないであろう日向守、真田昌幸は信濃なのに安房守???

  11. 本多正信もそうだけど、知将は求められていたのでしょうね。
    御舘の乱もすごかったけど、今は中国の輸入禁止のホタテの乱が気になる

  12. 真田丸で第一次上田合戦を知り、どうする家康ではどのように描かれるのか楽しみにしていましたが、一瞬だったのでwこの解説動画が本当にありがたいです。今回の真田信繁役の方は仮面ライダー出身でアクションもできる役者さんなので、大阪夏の陣が楽しみです。

  13. 一次が丹波哲郎、二次が草刈正雄、三次が佐藤浩市ですな。
    しかし白髪になるとますます三國連太郎さんにそっくり‼️

  14. 家康より年下、忠勝と同年代の真田昌幸
    歴史を知らない視聴者は「家康の父親ぐらいの年齢なのかな?」と思ってそうですね

  15. 『真田丸』が放送していたとき 自分もドラマにはまってしまっていて 赤いヘルメットに鹿の角と六文銭をつけて新聞配達をしておりました が 角があちこちにぶつかってしまって大変危ないことに気づき角を外してしまいました でもこれ以来ご近所のおばさんからは『真田丸』と呼ばれるようになりました

  16. 真田昌幸はどうしても、真田丸の時の草刈まさお様のイメージになってしまいます❤おちゃめで軽くて頭が良くて、度胸が半端ないって感じです。女子が好きになってしまうワルい男ですね❤

  17. 真田パパ、やっぱりおもしれー男。真田丸でも凄かったですよね。
    そういえば、映画「サマーウォーズ」にも上田合戦が出てきてましたっけ。

  18. 真田昌幸といえば、真田丸の時の草刈正雄さんのイメージが強くて、お茶目な印象がありましたが、当たり前ですが史実はその印象とずいぶん違っているんですね😂

  19. 今日きりゅうさんが話してくれた上田合戦(ドラマでは人物紹介のみ)は
    真田太平記→丹波昌幸パパ、渡瀬信幸、草刈信繁
    真田丸→草刈昌幸、大泉信幸、堺信繁
    しかも太平記の角兵衛が穴雪という(三谷さんホント時代劇好きだよな~)
    太平記の上田合戦では血気盛んな草刈信繁が真田昌幸パパの時はもう(あんたはうなぎか!?)という様な掴むに掴めないキャラに変貌

    でもこの昌幸パパの父幸隆もなかなかの人物だったからやっぱり血筋と小豪族の生き残り術がしっかりと受け継がれているんだろうなぁ
    犬伏の別れといい真田丸といい後々の信之の生き残り方といい
    また真田丸みたいな大河ドラマがみたいなぁ

  20. 真田昌幸、確かに知略に優れた領主だったと思いますが、もし昌幸が沼田城に固執せず、早めに豊臣方か、徳川方について中央に打って出て、中央で存分に知略を発揮していたら、どういうことになっただろうといつも夢想します。真田幸村より、父の昌幸の知略の方が遙かに優れていますから、早めに中央で活躍していたら、豊臣方だったら黒田官兵衛をしのぐ業績をあげ、豊臣家の存続に大きな役目を果たしていたでしょうし、早めに徳川方に従っていたら、本田正信を遙かに凌駕したような気がします。

  21. “真田”という名前、よくよく考えると「真の田んぼ」という意味なのに、“真田”と聞くとかっこ良く感じるのは昌幸パパたちと、現代の真田広之さんによるものだと思う

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