2024年、「アジアのベストレストラン50」の1位と、ミシュラン三ツ星。頂点に立ったダニエル・カルバートが次に選んだ道は、店を大きくすることではなく、メインダイニングをわずか6卓に絞ることだった。厨房は、そのダイニングの3倍の広さがある。2026年10月1日、麻布台ヒルズにオープンする「CHEZ CALVERT」。空間を手掛けたのは、英国の建築家ジョン・ポーソン。オープンを目前にした9月下旬、照明の調整がまだ続く店内で話を聞いた。

わずか6卓に込められた、料理哲学

chez calvert(シェ・カルバート)

Nacása & Partners Inc.

なぜ三ツ星の店を離れ、自分の店を開くのか。ダニエルの答えは率直だった。

「前の店では、やりたいことをすべてやり切りました。振り返っても、誇らしい気持ちと幸せな気持ちしかありません。準備期間を入れれば6年。決して簡単ではなかったけれど、本当に楽しかったし、素晴らしいチームと一緒に、短い期間で多くのことを成し遂げることができました」

彼のキャリアには、何かを成し遂げたあと、あえて環境を変え、もう一度一から始めるという選択がある。ニューヨークの三ツ星「Per Se(パーセ)」で最年少のスーシェフになったあと、パリの三ツ星「Epicure(エピキュール)」では、コミ(通常、厨房でもっとも経験の浅い料理人が配属されるポジション)に戻って修業をやり直した。

「今回も同じです。多くのことを成し遂げたけれど、自分はまだ若いと感じていました。前の店は美しいレストランでしたが、ホテルのレストランであって、僕自身の店ではありませんでした。レストランに足を踏み入れた瞬間から最後の一皿まで、ゲストが『これがダニエル・カルバートの世界なんだ』と感じられる場所を、自分の手で作る。そのための時間とエネルギーが、まだ自分に残っていると思ったんです」

きっかけは、舞い込んできた麻布台ヒルズの物件の話だった。レジデンスがメインのビルの2F、エレベーターを降りガーデンのアプローチを抜けた先に候補の区画があった。フロアにはこのお店のスペースしかない。東京の中心部にありながら静けさも同居する、希少なスペースだった。

「新しい店を開くというのは本当に大変なことだらけで、正直、何度もめげそうになりました。でも実際にこの場所を見たら、ほかの誰にも渡したくないと思いました。日本に、いやアジアに、これ以上のロケーションはない。ここにお店を作らなければ、一生後悔すると思ったんです」

8月末には第2子が生まれたばかりでもある。

「子どもたちに見せたいんです。毎日誰かに雇われて働きに行かなくても、機会があれば自分の手で何かを作り出せるということを。いまの世の中では、それがどんどん難しくなっています。もちろん、この店は僕の両手だけでできたものではありません。ロンドンと東京の建築チーム、厨房とダイニングのチーム。この店には僕の名前がついていますが、実際には、もっと多くの人たちと作り上げた店です。それでも子どもたちには、胸を張って『やりたいことをやっていいし、それで成功できるんだよ』と言えます」

「この20年、この瞬間のために働いてきたような気がします。僕のキャリアで初めて、ダイニングルームが僕自身の料理哲学をありのままに映し出す場所になるんです」

店名の「シェ(Chez)」は、フランス語で「〜の家で」を意味する。自らの名を冠した店を、ダニエルは“レストラン”というより、自分の家にゲストを招くような場所にしたいと考えた。

一昨年のインタビューで、ダニエルは日本の8席ほどのカウンター割烹を引き合いに、「お客さまはそこにシェフがいることを期待している」と話していた。あのとき言葉にしていた理想に、6卓のダイニングというかたちで少し近づいた。

「レストランらしくないレストラン」をジョン・ポーソンと

chez calvert(シェ・カルバート)

Nacása & Partners Inc.

その「家」を託したのが、ダニエルの母国でもある英国の建築家ジョン・ポーソンだった。ミニマリズムの旗手として知られるポーソンは、ファインダイニングの設計を専門としてきた建築家ではない。ダニエルにとっては、むしろそのことが彼を選ぶ理由だった。

「今回の僕の望みは、誰も見たことのないレストランにすることでした。だから、ファインダイニングを作ったことのない人を選ぶ必要があった。入ってきたときに、レストランだと感じてほしくない。東京やニューヨーク、パリやロンドンのアパートメントのように、誰かの家に招かれたと感じてほしかった。ジョンが手掛けてきた住宅には、それだけの力があります」

ポーソン自身、20代後半に6年間日本で暮らし、最後の1年を東京で過ごして倉俣史朗*1 のスタジオにも出入りしていた。日本との縁も深い。もっとも、ダニエルの最初の候補にポーソンの名はなかった。

「ほかに何人か候補を考えていました。ある晩、妻と麻布台ヒルズの『コンランショップ』にいて、ジョンの本を見つけたんです。頼んでみようか、と。まさか引き受けてくれるとは思いませんでしたが、家に帰ってスタジオにメールしたら、3、4時間後に本人から返事が来ました。『ぜひやりたい』と」

2月にメールを送り、4月の初めにはポーソンが東京に来て現場を見た。出会いは初めてだったが、話は早かった。

「価値観が近かったんです。ジョンの建築はすべてがシンプルに見えます。でも角度がひとつ狂えば全体が狂う。壁と天井の間のわずかな隙間で、すべてが台無しになる。料理と同じです。シンプルでミニマルに見えても、綿密な計算と細やかな設計によって成り立っている。そこがとても似ていると思います。彼は僕らの要望をすべて聞き入れたうえで、ジョン・ポーソンらしいスタイルは崩さなかった。それが鍵でした。ここに入ってきた人に『これはジョン・ポーソンの空間で、ダニエル・カルバートの店だ』と感じてほしい。それができたと思います」

chez calvert(シェ・カルバート)

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ドアハンドルを決めるだけで1カ月かかった。椅子はロンドンまで飛んで実際に座って選んだ。照明の色温度は、取材時もまだ調整の途中だった。

「決めることが無数にあって、初めてのことだから間違えたくない。ばかばかしいほど細かいことばかりですが、とても幸せです」

譲らなかったものもある。「暖炉が欲しかった。ジョン・ポーソンの暖炉が。これだけは譲れませんでした」。商業施設の中にあるため当初は難しいと言われたが、方法を探し、ダイニングに暖炉を実現させた。

*1 くらまたしろう(1934〜1991)日本を代表するインテリアデザイナー。アクリルやメッシュ鋼などを用いた浮遊感のある独創的な家具や空間デザインで世界的に高い評価を受け、ポストモダニズム運動を牽引した。

「僕の家に夕食に招かれた」と感じてほしい

chez calvert(シェ・カルバート)

Nacása & Partners Inc.

ダイニングは6卓で、ほかにシェフズテーブルと個室がある。厨房はダイニングの3倍の広さ。料理人の数は以前の店と同じで、テーブルの数は半分だ。

「これまでやってきたことを続けて、さらに良くする。それが目標です。ダイニングに比べて厨房はとても大きい。ゲストが到着してからすべてを調理する、という理想に限りなく近づけたいんです。料理はこれまでよりもっとシンプルになるかもしれません。ここに来たら、僕があなたのために夕食を作っている、と感じてほしい。たくさんあるテーブルのひとつとして扱われているのではなく」

「いまのファインダイニングでは、かなりの部分を事前に仕込み、サービス時には組み立てるというやり方が一般的です。でも僕がここでやりたいのは、もっと“料理する”ことなんです。かつての偉大なシェフたちは、ひとつのレストラン、ひとつの厨房で、目の前のゲストのために料理していました。そこに戻りたい。だから、この店のダイニングは小さい。メンバーズクラブのような雰囲気にしたいんです。ここに来れば自分は温かく迎えられて、スタッフが自分のことをしっかり見てくれている、と感じられる場所に。僕の家にいるように。本当に家として建てたいくらいです」

だからダニエルは、ゲストが時間どおりに来ることを何より重んじる。

「すべては到着時刻を基準に組み立てます。鴨を焼くなら、このテーブルが何時に着くかを知っておかなければならない。鴨を休ませる時間から逆算して火を入れ、メインを出す時刻を決める。デザートは、チーズを出してから作り始めます。火を入れたばかりの料理の温度と味は、温め直したものとは比べものになりません。日本料理は、良い店なら注文を受けてから作るのが当たり前でしょう。中華もタイ料理もそうです。フランス料理はそうでないことが多い。皿に触れても熱が伝わってこない。三ツ星の料理は、生命感がなければいけないんです」

彼がライバルと考えているのは、ほかのフランス料理店ではなく、東京の割烹でよくあるスタイルの、主人がお客の目の前で料理を仕上げる6席や8席のカウンターの店だという。

「以前から目指していたのはカウンターと同等のレベル、すなわちシェフがその人のために直接作ったような料理を提供することです。フランス料理店には、たいていテーブルが多すぎる。だから今回6卓にしました。10年後には2卓かもしれません。年をとるごとに、1卓ずつ減らしていって」と笑う。

6卓という規模は、料理のクオリティの追求だけから決めたものではない。ダニエルにとっては、スタッフの働き方そのものを考え直すことでもあった。

チームが幸せなら、きっとゲストも幸せになる

daniel calvert ダニエル・カルバートさん

Masahiro Goda

厨房のスタッフは12人、サービスは9人。厨房を支えるのは、長年ダニエルとともに働いてきた料理人たちだ。

「前のレストランをオープンしたときはまだどのスタッフも僕の料理を作れなかったから、毎日すべて自分で作りました。チームが育つには時間がかかります。いまは彼らも、何をどう作ればいいかを知っています。」

新しい店のコンセプトを、事前に共有したわけではない。

「新しい店のことは、何も話していなかったんです。私が次のステップへ進むと伝えたら、彼らのほうから、ここでも一緒にやりたいと言ってくれました」

チームの働き方も、この店の設計思想の一部だ。

「レストラン業界の働き方は変化しているし、新たにこの世界を志す人たちの意識も多様化してきています。誰もが1日16時間働きたいわけではない。僕自身、家族と過ごす時間がほしい。三ツ星の水準の店を持ちながら、家族との時間も持つ。その両方を成り立たせることが、この店のビジネスモデルであり計画なんです。僕自身、この22年間、仕事一色でバランスのない生活をしてきました。ここには子どものいるスタッフも多い。チームが幸せで、しっかり休めていて、バランスが取れていれば、ゲストはそれを感じ取ります。そのほうがレストランでの体験は豊かになるはずです」

daniel calvert

Masahiro Goda

ミシュランについて聞くと、答えは明快だった。

「最高の水準で仕事をしたい。三ツ星は、その結果としてついてくるものです。再度三ツ星を獲得することは、もちろん目標です。でも同時に、ここで働くチームが毎日わくわくして出勤できるようにしたい。みんなが幸せで、ゲストが幸せなら、きっとミシュランも幸せになります」

8月1日に受け付けを始めた10月分の予約は、30分で埋まった。オープンまで店の写真は一切公開せず、客席での動画撮影も断っている。「いまは何でもインスタグラムで見ることができてしまって、実際に体験する前に知ったつもりになってしまう。だから、まずは来てほしいんです。この空間に足を踏み入れたときに、驚いてもらえたら嬉しい」

5年後、10年後の姿を尋ねると、まず「まだ店が開いていること」と笑ってから、こう続けた。

「香港時代、そして東京に移ってきてすぐのころから通ってくださるお客さまがいます。5年後、10年後も、同じ人たちに来てほしい。その人たちの子どもが大人になって、今度は自分たちで食べに来てくれる。誕生日や記念日には、『CHEZ CALVERT』に行かなくては、と思ってもらいたい。それには、人生の大切な瞬間を任せてもらえる信頼が要ります。その先も15年、20年と続いていって、僕より長生きする店になってくれたら嬉しいですね」

ダニエル・カルバート●英国生まれ。16歳で料理の道へ。ロンドンの「The Ivy(ジ・アイヴィー)」などを経て、ニューヨークの三ツ星「Per Se」で最年少のスーシェフに。パリの三ツ星「Epicure」(「ル・ブリストル・パリ」内のレストラン)を経て、2016年から香港「Belon」のシェフ。同店でミシュラン一つ星、20年「アジアのベストレストラン50」4位。21年7月、「フォーシーズンズホテル丸の内 東京」の「Sézanne」のシェフに就任。24年、「アジアのベストレストラン50」1位、ミシュラン三ツ星を獲得。26年、日本における料理芸術と日英の食文化交流への貢献により、ブリティッシュ・エンパイア・メダル(BEM)を受章。26年10月1日、麻布台ヒルズに「CHEZ CALVERT(シェ・カルバート)」をオープン。

chez calvert(シェ・カルバート)

Nacása & Partners Inc.

DATA
おまかせコース 57,200円~(サ別)※OMAKASEにて要予約
時間/17時〜
定休日/月・火曜(2026年) 、日・月曜(2027年)
tel.03-4500-3505(10時〜12時受付、月〜金曜) Instagram @chez.calvert
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東京都港区麻布台1-1-2 麻布台ヒルズ レジデンス B 2F

CHEZ CALVERT(シェ・カルバート)

撮影=合田昌弘 取材・文=山本憲資 編集=大坪千夏 

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