持ち前の強打を活かし、夏の甲子園で頂点に立った智弁和歌山。だが、実は和歌山大会準々決勝では、ある右腕の前に最後の最後まで苦しめられた。果たして全国王者を追い詰めた公立校のエースとは何者だったのか? その「意外な夢」と合わせて本人に話を聞いた。《NumberWebインタビュー全2回の2回目/最初から読む》

 プロ注目の151キロ右腕だった市立和歌山の丹羽涼介。だが、今春からはフォームを変更したことによるスランプに悩んでいた。

 7月に入っても復調の兆しはなかなか見えてこなかった。やがて夏の大会が始まり、初戦(2回戦)の田辺工戦で先発した丹羽は、5安打1失点とまずまずの内容で夏の初戦を突破した。それでもその日のピッチングについて尋ねると、丹羽の表情は晴れなかった。

「全然ダメでした。やっぱりコントロールが良くなかったです(※与四死球は5個)。自分が思っていたような内容ではなかったです」

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 智弁和歌山戦まで中5日あったが、実はその間も何かが劇的に変わることもなく当日を迎えたのだという。

「智弁和歌山戦前日のブルペンも、あまり良くないままでした。思ったようなボールはほとんどなかったですね。でも、最後の夏やし明日はもう抑えるしかないと。開き直りというか。もう、やるしかないと思うようになって。あれこれ気にしていたら悪い方向にばかりいってしまうので、当たって砕けろみたいな気持ちになりました」

 余計なことは考えず、腕を振ればいい。気持ちをフラットに臨んだ“決戦”。その姿勢が反対に無駄な力を抜き、丹羽らしさを出せたのかもしれない。

智弁和歌山の上位打線をわずか3球で…掴んだ手応え

 初回。1番の長友悠成を遊ゴロ、2番の荒井優聖を中飛、3番の井本陽太を二ゴロ。あの脅威の上位打線を3球で仕留められた。思わぬ滑り出しとなり、今までにはなかった手応えを掴んだ気もした。

「自分はもともと立ち上がりが課題でした。全て初球を打ってくれたのもあったんですけれど、こういう形で初回を終われたことは自分に流れが来ているのかなと思いました」

 3回までは無安打に抑え、4回、5回は安打を許すも後続を断った。6回には満塁のピンチを背負ったが、あと1本を許さなかった。

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