【ニッセイ情報テクノロジー 木下氏インタビュー】保険DXの未来を創る「InsurTech 3.0」と2035年への長期IT戦略

プロフィール

木下 博昭 氏 ニッセイ情報テクノロジー株式会社 執行役員/ 特定非営利活動法人金融IT協会(FITA) 理事 ・1999年、ニッセイコンピューター(現 ニッセイ情報テクノロジー)入社。

 同社の設立と同時にキャリアをスタートさせた“0期生”。

 日本生命向け開発を経て、外販事業領域にて保険会社向け基幹系プロダクト「i-Win MICHL」の立ち上げと業界展開をリード。

・2022年、日本生命保険相互会社へ出向(営業企画部 専門部長)。

 経営に近い立場で意思決定の在り方や戦略を経験する。

・2024年、ニッセイ情報テクノロジー 執行役員に就任。

 日本生命の2035年に向けた長期IT戦略、及び新たなシステム基盤構築を担う「新基盤開発室」、保険ドメインのプロダクト・サービスの企画・開発を担う「保険プロダクト・サービス事業部」を管掌。

 日本生命のIT長期戦略の検討に加え、「保険プロダクト・サービス事業部」を通じて、基幹系にAIを組み込む「InsurTech 3.0」の実現やAI駆動の開発プロセス変革を主導している(現職)。

保険業界におけるシステム構築の在り方が、AIの進展により大きな転換点を迎えています。

本記事では、ニッセイ情報テクノロジー(NISSAY IT)の「0期生」として会社の成長を支えてきた木下氏に、これまでの歩みと将来展望について詳しく伺いました。

日本独自の複雑な制度への対応から、自社プロダクト「i-Win MICHL(ミカエル)」による業界標準化の推進、さらには基幹系システムにAIを組み込む「InsurTech 3.0」への挑戦まで、保険×ITの最前線で培われた知見を紐解きます。
また、2035年を見据えた日本生命グループの長期IT戦略が目指す、全体最適の構造改革についてもご紹介します。

第1章|キャリアの原点:ニッセイ情報テクノロジー“0期生”としての歩み

[藤野]IT業界に進まれた背景と、ニッセイ情報テクノロジーでのキャリアのスタートについて教えてください。

[木下氏]私は兵庫県で育ち、大学では当初教員を志望していましたが、進路を見直して民間企業でのITキャリアを選びました。文系からシステムエンジニアの道を選び、1999年にニッセイコンピューターへ入社しました。その後、同年7月の会社再編によりニッセイ情報テクノロジーとなり、創業と同時にキャリアをスタートしました。

いわば“0期生”として、社内外の保険ITビジネスの立ち上げから現在まで一貫して関わってきたことが、今の基盤になっています。

第2章|外販ビジネスの飛躍:業界標準プラットフォーム「i-Win MICHL」の開発

[藤野]外販事業における取り組みと、保険業界向けプロダクト開発の経緯について教えてください。

[木下氏]入社当初は日本生命向けの領域に携わり、特に当時まだ限られた範囲であったオープン系システムの開発に関わっていました。その後、いわゆる外販領域へと軸足を移し、日本生命グループ以外の外資系・国内系の保険会社、共済団体向けに、自社プロダクトをベースとしたシステム開発・提供に長く携わってきました。当社の外販といっても領域は幅広く、保険・共済を中心に、年金やヘルスケアなど複数の分野にまたがっていますが、私自身は一貫して保険・共済領域を中心に担当してきました。

その中で大きな転機となったのが、自社プロダクトの大規模リニューアルです。保険会社向けの基幹系プロダクトである「i-Win MICHL(ミカエル)」の開発プロジェクトをリードしました。これは個社専用のフルスクラッチではなく、日本の保険制度・税制・商習慣を踏まえたうえで、各社に共通する契約・商品・業務プロセスを抽出し、「日本の保険実務にフィットした業界標準プラットフォーム」として再設計したものです。日本生命で培ったアセットをそのまま外部に展開するのではなく、各社の約款や業務プロセスを学びながら、業界として共通化できる部分を抽出し、汎用的な仕組みとして構築していくことを目指しました。

当初は、日本生命グループの会社が提供するプロダクトを利用することに対し、お客様側の心理的な抵抗もありましたが、銀行窓販の解禁など市場環境の変化を背景に、新しい基盤へのニーズが高まりました。海外ベンダーのパッケージという選択肢もある中で、日本の制度や実務に適合するシステムとして評価され、徐々に導入が進んでいきました。結果として、複数の保険会社に展開される基幹系プロダクトへと成長していきました。

現在では、この基幹系プロダクトのみならず、販売支援系や資産運用、代理店管理などの周辺領域も含め、保険・共済ビジネス全体をカバーする自社ソリューション群へと発展しています。外販事業は単なる売上の拡大にとどまらず、業界における知見の蓄積と、それを再びグループに還元・進化させ、再び業界に貢献する、といった循環を生み出す重要な役割を担っていると考えています。

第3章|日本独自の複雑性への対応:国内特性とグローバル標準の最適解

[藤野]保険システムにおける標準化と、日本特有の制度・業務への対応についてどのように考えていますか。

[木下氏]保険システムの領域において常に意識しているのは、「標準化」と「国内特性」の両立です。外販事業を進める中で、海外のパッケージベンダーと比較される機会は非常に多く、特に外資系保険会社では海外製のシステムを採用するか、国内ベンダーの仕組みを採用するかという選択に直面するケースが少なくありませんでした。

ただ実際には、日本の保険ビジネスには制度・税制・商習慣などにおいて固有の複雑さがあり、海外のパッケージをそのまま適用することが難しい場面も多くあります。例えば、契約管理一つを取っても、商品設計や約款の違い、業務運用の細かなルールなどが影響し、単純な標準化では対応しきれない現実があります。その結果、海外ベンダーのパッケージを導入したものの、日本の業務にフィットせず、追加開発や再構築が必要になるケースも見てきました。

我々はそうした状況の中で、日本の保険業界における実務や制度を深く理解し、それを前提としたシステム構築を行ってきました。重要なのは、日本生命のやり方をそのまま展開するのではなく、各社の違いを踏まえた上で、共通化できる部分を見極め、業界として成立する標準的な形に落とし込むことです。このプロセスには時間も労力もかかりますが、その積み重ねが結果として実用性の高いプラットフォームにつながってきたと考えています。

一方で、日本特有の仕組みが長期的に見て最適かというと、必ずしもそうとは限りません。いわゆる“ガラパゴス化”と呼ばれるような側面もあり、グローバルな視点で見れば改善の余地がある領域も存在します。そのため、単に国内事情に最適化するだけでなく、新しい技術や海外のトレンドも取り入れながら、どこまで標準化し、どこを個別対応すべきかを常に考え続ける必要があります。

こうした「国内特性の理解」と「技術進化への追随」を両立させることこそが、我々の役割であり、外販事業を通じて培ってきた価値だと捉えています。

第4章|圧倒的な競争優位性:保険ドメイン知識とIT技術の融合

[藤野]競争環境の中で、御社の強みや差別化の源泉はどこにあるとお考えでしょうか。

[木下氏]我々の強みを一言で表すとすれば、「保険ドメインへの深い理解」と「IT技術の実装力」、この両方を掛け合わせられる点にあると考えています。どちらか一方に特化したプレイヤーは数多く存在しますが、この二つをバランスよく持ち、「保険実務に耐えられる形」に落とし込めるという点が、我々の競争優位性だと認識しています。

外販事業の中では、海外のパッケージベンダーや大手SIer、コンサルティングファームなど、さまざまなプレイヤーと比較されてきました。その中で強く感じているのは、単に技術力が高いだけでも、あるいは業務知識が豊富なだけでも、保険の基幹領域では十分に機能しないということです。保険ビジネスは制度・商品・業務が密接に絡み合っており、それらを正確に理解した上でシステムとして具現化する必要があります。

一方で、ドメイン知識に依存しすぎると、新しい技術への対応が遅れ、競争力を失うリスクもあります。実際にこれまでの競争の中で、技術的な優位性を持つ企業に対して苦戦した経験もあります。そのため、我々としては常に最新の技術トレンドを追い続け、それを保険領域に適用できる形に落とし込むことを重視してきました。

特に重要だと感じているのは、「掛け合わせる力」です。保険という専門性の高いドメインと、IT・デジタルといった技術領域を単純に並べるのではなく、両者を融合させて新たな価値を生み出す。このプロセスを実践できることが、我々の本質的な強みだと考えています。例えば、アジャイル開発やデジタル技術を保険業務に適用する際にも、単なる手法の導入ではなく、保険特有の価値観や制約を踏まえた形で設計する必要があります。

こうした取り組みは、短期的には成果が見えにくい部分もありますが、長期的には確実に差別化につながると考えています。今後はこの強みをさらに発展させ、単なるプロダクトやシステム提供にとどまらず、業界全体に価値を提供できる存在へと進化していくことが求められていると認識しています。

第5章|日本生命グループでの使命:ITガバナンスの高度化と人材の循環

[藤野]日本生命グループにおける御社の役割について教えてください。

[木下氏]日本生命グループにおける当社の役割は、大きく三つあります。

1つ目は、各事業会社の成長戦略をITで支えること、2つ目は、サイバーセキュリティを含むITガバナンスの高度化、そして3つ目は、AI・データ活用と人材循環です。

まず一つ目についてですが、日本生命グループには多様な事業会社が存在しており、それぞれが独立した経営のもとで成長戦略を描いています。我々はその戦略をITの側面から実現する支援を担っています。重要なのは、いわゆるシステム部門を一元的に集約する形ではなく、各社の独立性を尊重しながら、側面的に支援していくという点です。外資系企業のようにIT機能を完全に統合するモデルとは異なり、それぞれの事業会社が主体となり、その上で必要な支援を提供するという関係性が特徴だと思います。

もう一つの重要な役割が、ITガバナンスの整備です。特に近年はサイバーセキュリティの重要性が高まっており、個々の事業会社だけでは対応が難しい領域も増えています。そのため、グループ全体として一定の基準や仕組みを整備し、リスクに対して適切に対応できる体制を構築する必要があります。我々はその実務的な部分を担い、グループ全体のITレベルの底上げに貢献しています。

さらに、最近の動きとしては、AIやデータ活用に関する取り組みも強化されています。日本生命本体においても新たな組織が立ち上がり、我々の中でもAI・データ戦略を担う部門が設置されています。ガバナンスの整備と実務的な開発の両面から、AI活用を推進していく体制が整いつつあります。ただし、グループ各社の状況にはばらつきがあるため、一律に展開するのではなく、段階的に横展開していくことが現実的だと考えています。

また、人材面においてもグループ内での交流が活発化しています。日本生命からの出向者が開発現場で実務を経験し、その後本体に戻ってIT知見を活かすといった流れや、逆に我々が日本生命の企画部門に入り、経営に近い視点で経験を積む機会も増えています。こうした人材の循環は、単なるスキル向上にとどまらず、グループ全体の一体感や相互理解を深める上でも重要な取り組みだと感じています。

このように、我々は単なる IT ベンダーではなく、グループの成長を支えるパートナーであると同時に、保険ビジネスの実務とシステムの両面を深く理解し、その変革を実装までやり切る役割を担っています。技術・ガバナンス・人材の各側面から価値を提供し、グループ全体の進化を支えていく存在であり続けたいと考えています。

第6章|AI時代のパラダイムシフト:基幹系へAIを組み込む「InsurTech 3.0」

[藤野]AIやInsurTechの進展を踏まえ、御社としてどのような変革と事業機会を捉えていますか。

[木下氏]今後の事業を考える上で、AIの進展は避けて通れないテーマです。これまでの延長線上にはない、大きな転換点であり、従来のモデルのままでは中長期的に競争力を維持することは難しくなると認識しています。特に我々のようなSIビジネスは、人月単価をベースとした労働集約型モデルが中心でしたが、今後はこれに加えて、プロダクトやサービス型の提供、AIを活用した高付加価値な伴走支援など、ビジネスモデルを多層化し、段階的に軸足を拡げていくことが重要だと考えています。従来の人月型モデルの強みは残しつつも、それに依存せず、お客様とともに新しい価値創造型のモデルへ進化していくことが、当社の次の成長フェーズだと認識しています。

その中で注目しているのが、InsurTechの進化です。これまでの流れを振り返ると、まず1.0の段階ではデジタル保険やユーザー体験の向上といったフロント領域の革新が中心でした。次に2.0ではデータ活用が進み、テレマティクスや行動データに基づく商品設計などが広がってきました。そして現在は、いわば3.0とも呼べる段階に入っています。InsurTech 3.0では、保険フロントのデジタル化やデータ活用にとどまらず、引受・支払・契約保全といった基幹領域そのものにAIを組み込み、商品・業務・システムが一体となって自律的に変化できる状態を目指しています。

この3.0の領域は、従来のスタートアップだけでは実現が難しく、基幹システムを理解しているプレイヤーでなければ対応できない部分が多いと考えています。まさにこの点において、我々には大きな機会があると認識しています。これまで培ってきた契約管理や業務プロセスの知見をベースに、AIを組み込んだ新しい基幹システムのあり方を模索していくことが求められています。具体的には、開発プロセスそのものをAI駆動に変えていくことも視野に入れています。従来のように人手でカスタマイズを積み重ねるのではなく、AIを活用して柔軟に機能を生成・調整していくような仕組みを取り入れることで、これまでとは異なる価値提供が可能になると考えています。これは単なる効率化ではなく、従来の開発のあり方自体を見直し、ビジネスモデルそのものの変革につながる取り組みです。

また、これまで我々はInsurTechの文脈ではやや距離のある存在と見られてきた側面もありますが、今後はそうした位置づけを変えていく必要があると感じています。海外の事例も参考にしつつ、日本の制度や市場特性に適合した“日本版InsurTech 3.0”を構築していくことが重要です。そのためには、自社単独ではなく、FinTechやInsurTechのプレイヤーとの協業も不可欠であり、競争と協調のバランスを取りながら取り組んでいくことになると考えています。

AIを軸としたこの変革は決して容易ではありませんが、これまでの延長ではない新しい価値創出の機会であり、我々としても積極的にチャレンジしていくべき領域だと捉えています。

第7章|次世代構造改革:2035年を見据えた全体最適のシステム構想

[藤野]次期システム構想および長期IT戦略について教えてください。

[木下氏]現在取り組んでいる大きなテーマの一つが、日本生命における次期システムの推進です。これは単なるシステム刷新ではなく、2035年を見据えた長期IT戦略に基づくものであり、ITを軸とした構造改革の中核を担う取り組みと位置づけられています。

この戦略は、従来のように個別最適で積み上げてきたシステムを見直し、より未来志向で全体最適を図るための長期的なビジョンです。長期の視点で考えるということは、現在の組織構造や業務プロセスの延長線上では実現できない領域にも踏み込む必要があるということを意味しています。そのため、単発のプロジェクトとして進めるのではなく、組織横断で継続的に推進していく体制が整えられています。

具体的には、日本生命側とニッセイ情報テクノロジー側が一体となり、横断的な組織を形成して取り組んでいます。これまでのように発注側と受託側という関係性だけではなく、同じ目標に向かって並走する形で、次世代のIT基盤を構築していくという点が大きな特徴です。この中では、新たな開発手法や技術の導入だけでなく、組織運営や意思決定のあり方についても見直しが進められています。

また、この取り組みは短期的な業務改善と、中長期的な構造改革を同時に実現していく必要があります。現場からのビジネス要求に応えながら、将来に向けたモダナイゼーションも進めるという二つの軸を両立させることは容易ではありませんが、これを実現できるかどうかが、今後の競争力を決定づけると考えています。

そのためには、従来の延長線上にあるスキルや役割だけでは不十分であり、新たな視点での取り組みが求められます。特に、技術とビジネスの両方を理解し、長期的な視点で全体を俯瞰できる人材の存在が不可欠です。この戦略は単なるIT戦略にとどまらず、人材や組織のあり方も含めた変革の枠組みであり、我々にとっても大きなチャレンジであると同時に、成長の機会でもあると捉えています。

第8章|未来を創る人材戦略:「デジタルジェネラリスト」が牽引する保険業界の進化

[藤野]今後求められる人材像と、それを踏まえた御社の組織・人材戦略について教えてください。

[木下氏]今後の取り組みを考える上で、最も重要なテーマの一つが人材だと考えています。特に課題として認識しているのは、組織のあり方と人材評価のあり方です。従来の枠組みのままでは、これから求められる変革を十分に支えることは難しいという課題意識を持っています。だからこそ今、評価やキャリアパスのあり方も含めてアップデートし、変化をリードできる人材が活躍しやすい環境づくりを進めています。保険×ITの未来をつくりたい方にとって、非常にチャレンジしがいのあるフェーズだと思います。

これからの環境変化に対応していくためには、従来の役割分担や評価軸にとらわれない、新しい人材像を定義していく必要があります。単に担当領域の業務をこなすだけではなく、変化の方向性を理解し、自ら価値を創出していくことが求められるようになってきています。その中でキーワードになるのが、「デジタルジェネラリスト」という考え方です。保険ビジネスの現場を理解しながら、デジタルやITにも精通し、両者をつなぎながら価値をデザインできる人材像を指しています。専門特化型のスペシャリストだけでなく、ビジネスとITの両方を理解し、全体を俯瞰しながら意思決定できる人材が今後益々重要になってきます。

また、こうした人材はニッセイ情報テクノロジーだけで育成するものではなく、日本生命本体と一体となって育てていく必要があります。これまでも出向や人材交流を通じて相互理解を深めてきましたが、今後はより戦略的に人材を育成し、グループ全体で価値を生み出していくことが求められます。

我々としては、組織や評価の仕組み自体も含めて見直しながら、人材が最大限に力を発揮できる環境を整えていきたいと考えています。そしてその取り組みは、日本生命グループにとどまらず、保険業界全体の課題解決にもつながっていくものだと認識しています。AIやデジタル技術の進展により環境が大きく変化する中、我々自身も進化し続けることで、保険×ITの未来をリードし、新たな価値を業界に提供していきたいと考えています。

取材・執筆:藤野 宙志
株式会社グッドウェイ 代表取締役社長 CEO。
キヤノンマーケティングジャパン、SBI証券、ナスダック・ジャパン、シンプレクスを経てグッドウェイを創業。
フューチャーベンチャーキャピタル社外取締役(退任)のほか、山梨中央銀行 地域DX実践アドバイザー、金融IT協会 事務局長、山梨大学 客員教授を務める。
地域 × 金融 × ITによる経済エコシステムの実践に取り組む。

制作:GoodWay編集部
(取材・撮影・記事編集)

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