社会保険労務士法人クラージュ 代表社員 浅井 宏文 氏

 社会保険労務士事務所での実務に携わる以前は、金融機関に勤務していたほか、家業である飲食旅館業の経営にも関与してきた。社労士事務所での実務には通算12年携わっている。2018年の社労士登録以降、現場の実情と制度との間にズレが生じる場面をたびたび目にしてきた。

 地方における人手不足は、もはや一時的なものではない。私が関与する地域においても、業種を問わず人手不足感が広がり、多くの事業所が「募集しても人が来ない」という状況に直面している。こうしたなか、目先の採用を優先するあまり、労働条件の整理が後回しになるケースも少なくない。その結果、就業規則の文言と実際の運用との間にズレが生じている。

 たとえば、就業規則上は賞与や退職金の支給規定があるにもかかわらず、実際には特定の職種や非正規従業員には支給していないケースや、資格手当などの制度が個別判断で運用されているケースがある。採用時の個別対応の積み重ねが、制度全体の一貫性を崩してしまうのである。

 従業員一人ひとりの希望に応じた柔軟な対応が、結果として制度のゆがみを生み出している場合もある。企業としては良かれと思って受け入れた個別条件が積み重なることによって、従来から勤務している従業員と新たに採用された従業員との間で、労働時間や基本給のバランスが崩れているのである。とくに小規模な企業において顕著である。

 こうした状態を放置すれば、既存の従業員との間に不公平感が生じ、職場の信頼関係にも影響しかねない。場合によっては、規程の内容を根拠に従業員から請求を受け、対応を迫られる可能性もある。

 さらに地方では、労務トラブルの情報が口コミなどで広がりやすく、採用活動に影響するリスクもある。「人が足りないから仕方がない」として行った対応が、結果として「人が定着しない職場」を生んでしまう可能性もあるのだ。

 これからの時代は、「採用できるか」だけでなく、「定着するか」、「選ばれ続けるか」という視点が欠かせない。その土台となるのが、就業規則と実態の整合性である。

 社労士の役割も、規程を整備するだけに留まらない。実態とのズレをみえる形にし、運用まで含めて見直していくことが求められている。「採れない時代」の労務管理においては、制度の整合性そのものが企業の強みになる。その見直しにどこまで踏み込めるかが、社労士の価値を左右するのである。今後も、現場の実情に寄り添いながら、制度と運用の整合性を重視した労務管理の支援を行っていきたい。

社会保険労務士法人クラージュ 代表社員 浅井 宏文【徳島】

【公式webサイトはこちら】
https://www.sano-sr.jp/

WACOCA: People, Life, Style.