[東京 4日] – 日本政府が4月から5月にかけて円買い介入に踏み切ったにもかかわらず、円安基調は途切れていない。為替介入を含め、日本の国際収支に記録されるオンバランス取引の需給は円買い超過となっているが、さまざまなヘッジ取引や短期的な為替トレーディングなど、それに記録されないオフバランス取引で執拗な円売りが続いていると見られる。

その中でも足元で威力を発揮していると思われるのが、日本株高に伴う海外投資家の円売りヘッジだ。海外投資家は日本株投資を積極化させており、それに伴う円買いも相当規模に上っていると考えられる。だが皮肉なことに、それに誘発された株高がより大規模な円売りの需要を生む構図となっている。

ただし、​円買い介入は底流での基調的な円需給を一段と改善させているはずだ。やはり介入が実施された2022年や24年がそうであったように、米ドルの全体的な方向性や株価動向など、全般的な市場環境が変化した時に、その効果が意外な円高として表面化する可能性がある。

今月の決定会合での日銀の追加利上げ‌も期待できるようになってきているが、そのような全体環境の変化が起きるまで当局の為替介入で円安圧力をしのぎ切れるかが焦点だ。

<介入効果は本当に薄かったのか>

財務省発表データによると、4月末以降の円買い介入は12兆円近くに上った模様だ。それにもかかわらず、5月上旬に155円前後に下落したドル/円は足元、160円前後まで再び円安・ドル高が進んでいる。市場の一般的な見方は「12兆円も使った割には介入効果がない」というもののようだが、果たしてそうなのだろうか。

過去数年の円買い介入を振り返ると、22年9月、10月に実施された介入は9.1兆円(当時約652億ドルほど)、24年4月から7月にかけて実施された介入は15.2兆円(同985億ドルほど)だった。

22年、24年ともに介入実施期間中の直接的な影響は5円程度のドル/円反落だった。第1次ラウンドの介入が終わるとドル/円は高値更新に転じ、第2ラウンドの介入が実施され、その後、対ユーロなどでの全体的な米ドル反落や株式市場の調整など、広範な市場環境の変化が生じたことで、22年、24年とも結果的には20円値幅​での下げにつながっていった。

あくまでも結果論だが、注目されるのは、22年も24年も第2ラウンドの介入効果が第1ラウンドより大きくなったことだ。筆者のチームは、日本当局による大規模な円買いが実施されたことで、底流の円需給が改善し、その累積効果が大きくなっていたことが一因だったのではないかと推察している。

<円需給の変化>

我々はさまざ​まな仮定を置いた上で、定期的に日本の国際収支に絡んだ円需給を試算している。国際収支のルール上、経常収支の黒字/赤字は金融収支などの赤字/黒字によって相殺されるため、基本的に全体の収支尻はほぼゼロとなる。だが、その中には為替売買を伴わない⁠取引があるため、国際収支上の収支尻が名目的にゼロになっても、円需給は円売り超過や円買い超過が生じる。

大局観としては、経常黒字から生じる円買いと直接投資の赤字から生じる円売りが相殺し合っており、スイングファクターとなっている証券投資が国際収支全体の需給が円買い超過か、円売り超過になるかの決定因子となっている。その中でも特に​影響力が大きいのが海外投資家による日本株投資だ。

なお、近年、日本の経常黒字は所得収支の黒字が主な源泉だが、日本企業が株主還元を強化し、それに伴って海外収益のリパトリエーション(日本への資金回帰)が増えていることもあって、そこから生じる円買いは顕著な増加傾向にある。一般的には所得収支の黒字は円買いにつながらないと認識されているよう​だが、過去最大に膨らんでいる経常黒字から生じている円買いもまた過去最大規模だと我々は認識している。

スイングファクターとなっている証券投資に目を転じると、海外投資家による日本株投資が劇的に増えており、その規模は今年3月までの1年間で12兆円に達した。我々の需給計算上ではその内、75%が円買いを伴っていると仮定している。

対内証券投資は株式投資のみならず、その多くは円調達か、為替ヘッジ付だと思われるものの、海外勢による円債投資も膨らんでいる。反面、日本から海外への対外証券投資は株式投資、債券投資ともに低調だ。

確かに新NISA(少額投資非課税制度)導入後、投資信託委託会社を通じた個人投資家による海外投資は増えているものの、NISAファンド以外の投資信託は苦戦しており、この間、同じように個人投資家のフローを反映する金融商品取引業者を通じた海外投資も減速してきているためだ。

その一方で、機関投資家では、日本の信​託銀行を通じた年金ファンドによる海外株式の売却が続いており、保険会社の海外投資も低迷している。

<オフバランス取引の衝撃>

だが為替需給は国際収支に関わるオンバランス取引だけで決まるものではない。投資家や企業などのさまざまなトレーディングやヘッジ活動は国際収支統計に記帳されないオフバランス取引であることが多い。

国際収支統計に記帳されるオ​ンバランス取引の円需給は過去1年あまりは円買い超過に転じていると推察され、今期はそこに日本当局による円買い介入までもが加わる。そうした中でも執拗に円安圧力がくすぶっているのは、オフバランス取引での円売りニーズを反映したものと捉えるのが自然だろう。

現状においては、日本株高に伴う円売りヘッジ取引と日本の中小企業の長期ドル買いヘッジの2つに我々は特に注目している。その中‌でも前者は主には、日⁠本株に為替中立戦略で投資する海外投資家の為替ヘッジ操作に伴うものであり、保有する日本株エクスポージャーの為替リスクを中立化させるために、株高が進むと、円売りヘッジを膨らませる必要に迫られる。

前述のように、近年、海外投資家は日本株投資を積極化させており、それをけん引役に日本株(TOPIX)は過去1年ほどで40%を超える上昇となっている。それに伴って円売りヘッジ需要も大きく膨らみ、海外投資家による新規の日本株投資に伴う円買いを凌駕してきたものと思われる。

このようにさまざまなヘッジ取引などのオフバランス取引が大幅な円売り超過となっている場合、国際収支統計に記録されるオンバランス取引である日本株などへの対内証券投資が増えていても、直接的な円高圧力は生じにくい。

所得収支など経常黒字から生じている円買いにしても同じで、実は日本当局による円買い介入にしてもまた然りだ。22年、24年もそうであったように、今回も円買い介入の直接的な効果が乏しいように見えるのは特に不思議なことではない。

<円買い介入の効果と行方>

ただし、海外投資家の日本株投資、所得収支の黒字など、他のオンバランス取引から生じる円買いと同じように、円買い介入は着実に底流での基調的な円需給の改善​に貢献している。22年、24年もそうであったように、全体的な市場環境が変化し、さまざまなヘッ​ジ取引や短期トレーディングなどのオフバランス取引が逆回転するような場⁠面になってくると、遅行的にその円高圧力が顕在化してくる。

足元はイラン紛争による原油高にもかかわらず、日米とも株式市場が底堅さを維持しており、「有事の米ドル高」と「リスクオン環境下における円安」が同居している状況だ。

全体環境が変化するまで、その執拗なドル高円安圧力を日本政府・財務省の円買い介入でどうしのぐか問われている。ただ、5月上旬には介入によって円高になったにもかかわらず、日本株高地合いはここまで崩れていない。それに伴って派生している円安には苦慮していることだろうが、日本の通貨当局は円買い介入政策​に自信を深めていることだろう。次第にその行動を大胆化させてきてもおかしくはなかろう。

22年から24年にかけて外貨準備は約1.4兆ドルから約1.2兆ドルに減少したが、今回の介入実施前の段階でその残高は1.4兆ドル近くまで回復していた。22年から24年にかけての減少幅で今回も外貨準​備が減ることを日本当局が覚悟しているなら、ト⁠ータルで30兆円ほどの円買い介入が実施され得ることになると思われる。

これは外貨準備の残高ベースの議論だが、その資産構成から察せられるキャッシュ・フローの観点でも30兆円ほどまでなら、米国債など外貨証券を大規模に売却することなく、円買い介入は可能だと見られる。

あとは、高市政権の円防衛策の本気度、それと関係してくる植田日銀の金融政策、ベセント財務長官率いる米通貨当局の協力姿勢が、大胆な介入が実施されるかを左右しよう。

一方で、国際通貨基金(IMF)の為替制度の区分の問題を指摘する声もあり、財務省もそれを意識はしているだろうが、恐らく重要度はより低いだろう。

編集:宗えりか

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

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高島修氏は、シティグループ証券の通貨ストラテジスト。1992年に三菱銀行(現・三菱UFJ銀行)に入行し、2004年以降はチーフアナリストを務め、2010年3月にシティバンク銀行へ移籍。2013年5月以降はシティグループ証券に在籍。

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