フォトグラファーのMONAさんが大腸がんの診断を受けたのは31歳のとき。治療と仕事の両立に悩んだ末、仕事をやめる道を選びました。仕事のやりがいも強く感じていた一方で、病気をきっかけに「頼られないと意味がない」と心身を削り続けていたことに気がついたと話します。
【写真】「入院中は毎日お見舞いに」闘病を支えてくれた夫との2ショット(5枚目/全10枚)
血便が出ていたが、健診では「陰性」
── 31歳のときに大腸がんであることがわかったMONAさん。その経緯をSNSで発信されていますが、昔から気になる兆候があったそうですね。
MONAさん:20代前半から血が少し混じった便が出ていました。その頃、病院で大腸カメラを入れるべきか先生に尋ねたことがあるんです。詳しい診断は覚えていないのですが、「若いから大丈夫だろう」と言われて。当時は社会人になりたてで、検査を受けるお金もなかったので、「先生がそう言うなら大丈夫だろう」とそのままにしていました。その後、毎年受けていた健康診断の便潜血検査も陰性。「じゃあ、この出血は痔だろう」と勝手に思っていたんです。
── 痔ではないとわかったきっかけは何だったのでしょうか?
MONAさん:24年の4月に本当に痔なのか診察してもらおうと思い、診察予約をしていました。でも、その数日前に冷や汗をかくほどの腹痛と嘔吐に襲われたんです。経験したことのない痛みにただごとではないと思っていたら、病院で「これは痔ではないので、大腸カメラをやりましょう」と言われて。
大腸カメラの結果、S字結腸に5、6cm大の腫瘍が見つかり、その後大きな病院でCT検査を受けました。「ステージ2かステージ3のがんだろう」ということでしたが、検査の正確な結果が出るまで、1週間待つ形になりました。
腸を塞ぐほどの大きさの腫瘍だったと説明を受けた
── 痔だと思っていたものが腫瘍で、さらにがんだった。MONAさんもご家族もさぞ驚かれたことと思います。
MONAさん:当時は結婚3年目だったんですが、痔ではなく腫瘍だとわかったときは私も夫もお互い言葉が出ませんでした。
CT検査のとくに「がんかもしれない」と言われたときは、見てくださった先生が「術後、療養すれば大丈夫だからね」と声をかけてくださって、その場ではあまり悲観的にならずにすみました。ただ、検査結果を待つ1週間はとてもつらかったです。
── 気が気ではなかったと思います。
MONAさん:まったく知識のない病気への不安や、「もしかしたらステージ2かもしれない」という希望、「なんでもっと早く気づけなかったんだろう」という怒り、いろんな感情がごちゃまぜになっていました。ネットで体験談や抗がん剤の副作用を調べて読んで、さまざまな情報を見るうちに「本当に大丈夫なんだろうか」と思うようにもなり、夫が仕事に出かけて、ひとりになったら自然と涙があふれることがありました。
心身を置き去りにする働き方から降りる決断
── がんだとわかってから、12年間続けていた仕事をやめる決断をされたそうですね。
MONAさん:当時はフリーランスのフォトグラファーとして、ウェディングやプロフィールフォトの撮影、動画の編集などをしていました。治療にどれくらい時間がかかるかもわからなかったですし、抗がん剤の治療をするならば副作用で両立は難しいだろうと思い、やめることを選びました。
── 決断するには葛藤があっただろうと思います。
MONAさん:年をとってもずっと写真の仕事をしていくつもりだったので、不安はありました。でも、当時は心身を置き去りにするような無茶な働き方をしていたので、やめることにホッとした部分もあると気がついて…。その2つの気持ちをずっと行ったり来たりしていましたね。
──「心身を置き去りにするような…」とは、どんな働き方だったのですか?
MONAさん:重い機材を抱えて現場に行き、1日中食事も水もとらずに撮影、夜遅くまで編集して…と休みなく働き、自分の調子が悪くても「薬を飲んでおけばいい」と思っていました。楽しかったし、やりがいもあったので苦ではなかったんです。
でも、そうした働き方をしているうちに、だんだんと「依頼先からの無理な要望にも応えることが相手から頼られているということで、応えられなければ自分には意味がない」という気持ちにもなっていました。仕事を断ると次の依頼が来なくなるかもという不安や、いいものを作りたいという責任感から、無理なスケジュールや予算でも断らずにすべて受けるようになっていました。
それで、このままだと結局また体に負担をかけてしまうと、仕事から離れる決断をしました。夫も「一度治療に専念したら」と言ってくれて、経済的な面でも心配しなくて大丈夫だと話してくれたこともとてもありがたかったですね。辞めると決めたら「今、私が頑張るべきは治療なんだ」と前向きにもなれました。
副作用が残るなかで今、抱えるつらさの「正体」
── 治療はどのように進んでいったのでしょうか?
MONAさん:CT検査の結果、大腸がんステージ3という診断が出ましたが念のためセカンドオピニオンをもらおうと思い、別の病院でも診てもらいました。しかし結果は変わらず、5月に腹腔鏡での手術を受けました。
── 手術後は抗がん剤の治療を8クール受けられたそうですね。
MONAさん:3週間を1クールとして、各クールの初めに1度点滴を受け、その後は毎日、錠剤を飲むという形で進めました。副作用として、テーブルやパソコンなど、体温より冷たいものに触るとしびれを感じる症状が出ました。手を水で洗ったり、外に出て風にあたるだけでも顔がビリビリしびれてつらかったですね。
治療中はホルモン剤で生理を止めていたこともあり、ホットフラッシュにも悩まされました。また、手や足が赤く腫れ、黒ずみが出る手足症候群にもなり、特に足の腫れがひどく、痛くて歩けない時期もありました。抗がん剤の治療を終えて1年以上経ちますが、今も足のしびれるような痛みは残っています。
25年5月、経過観察検査後のMONAさん
── 抗がん剤の治療が終わってからも、つらい時期があったと伺いました。
MONAさん:副作用が残ったこともつらかったですが、それまでは「治療」という目指すべきゴールがあったのにいったん達成してしまったことで、次に何をしたらいいのかわからなくなってしまったんです。仕事に復帰して社会とつながりたいと思っても治療後5年間は再発の可能性も高く、回復中の体でどの程度まで働けるのかがわからなくて。
── がんの治療後、仕事復帰に悩む方は多いそうです。
MONAさん:SNSでそんな気持ちを書いたところ、同じように治療が終わったタイミングで仕事復帰の仕方に悩んでいる方からたくさんの共感のコメントをいただきました。
会社員だと少しずつ出社の回数を増やしていくなど相談もできると思いますが、私はフリーランスなのでどうやって復帰していくのかひとりで判断せねばならず、とても悩ましいですね。夫は「無理しないでいい」と言ってくれるのですが、自分にできることはしたいし、社会に貢献したいという思いがあります。
今は少しずつインタビュー映像の制作などできる範囲で仕事を手掛けたりもしていますが、自分に何ができるのか、どうやって働いていくのがベストなのか、心と体と向き合いながら考えていきたいと思っています。
…
「仕事で役に立たなければ意味がない」と無理を重ねていたMONAさん。病気をきっかけにそんな働き方を見直すことになりました。心身の健康と仕事のバランスをどうとっていくかは、働く私たちにとって不可避な問題です。みなさんには「今の働き方、ちょっと無理があるかも」と立ち止まるきっかけになった経験はありますか?
取材・文:阿部祐子 写真:MONA


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