「デブネタ1本じゃ難しいよね」。『M-1』審査員の酷評を受け「真綿で首を絞められるような」スランプの10年を過ごしたというタイムマシーン3号の山本浩司さん。「なんでだよ!」のキレキャラで笑いを誘う実力派は、そんな過去を振り返り「でも、今の時代でなければ自分のキャラは活かせなかった」と言いきります。先輩芸人・有吉さんの愛ある戦略で、かつての屈辱を笑いに変え、「じゃない方芸人」卒業を果たした逆転劇の舞台裏!

【写真】「今と全然違う」デビュー当初、ヒゲがおしゃれな山本さん ほか(5枚目/全14枚)

2005年の『M-1』で審査員から酷評「10年引きずった」

── 数多くの番組に出演されている現在の山本さんからは想像が難しいですが、2005年の『M-1グランプリ』決勝に出場以来、10年ほどスランプに陥ったそうですね。

山本さん:僕らは最初、わりと調子がよかったんです。2000年4月にデビューしてからすぐテレビに出られて、NHKのお笑い番組『爆笑オンエアバトル』でも注目されたりして。

でも、2005年に満を辞して『M-1』に出場したときは、びっくりするほどウケなかった。僕たちの定番だった相方・関の「デブネタ」が、審査員たちにまったく評価されなかったんです。「デブネタ1本じゃ難しいよね」「工夫がない」って、散々な言われようで。

どうしたらプロのお笑い芸人に評価されるんだろうって必死に考えたけど、僕たちは性格に特徴があるわけでもなく、ネタにできるような大きな魅力って何もなくて。そこから歯車が少しずつ狂い始め、気づいたら10年経っていました。
 

約15年前、売れなかったころの1枚

── その悩んでいた10年が好転する、転機になった出来事はなんだったのでしょうか?

山本さん:元々は音楽系の芸能事務所に所属していたんですが、2013年に太田プロに移籍して、いろんな芸人と絡むようになって。あるとき「お前ら、何悩んでんの?お客さんに笑ってもらってるんだからいいじゃん」って言われて、すごく気がラクになったんです。結局、僕らが『M-1』でウケなかった事実にばかり執着してたんだって気づきました。

それに、10年以上あがいていた期間に技術や見せ方を学んだうえで「デブネタ」をやったら、前みたいにウケるようになったんですよ。

── 2015年の『M-1』では、そのネタで10年ぶりに決勝に進出しました。

山本さん:そうなんです。僕らやってることは同じデブネタだったんですけどね。僕たちのお笑いの基盤がグッと上がって、世間の人たちにわかりやすいお笑いが受け入れられる時代と嚙み合った。結局、僕たちにはそれまでの10年が必要だったのかもしれないです。

売れない芸人は「真綿で首を絞められるようなもの」

── そんな苦しい時間をともに過ごした相方の関さんとは、東京アナウンス学院で同級生だったとか。

山本さん:はい。関とは、出会ってもうすぐ30年です。最初はクラスが違うこともあって特に仲よくはなかったんです。でも「コンビを組んで」って先生から言われたときに、みんな仲のいいグループ同士で組んでたんだけど、僕はピンとくる人がいなくて。たぶん関も同じ状況で、僕と関がポツンとなっちゃった。それで、残った同士でコンビを組むことになりました。だから最初は、お互いしっくりきていなかったと思います。

東京アナウンス学院時代の山本さん(左端)と関さん(左から2番目)

── 最初はしっくりこなかったのに、結局コンビは25年以上続いています。とはいえ、先ほどのスランプのころは、漫才やコンビを続けるのがしんどかったのでは?

山本さん:2005年の『M-1』ショック以降、同期で売れていく人が増えていくのに、自分たちは真逆でしたからね。「あれ?仕事が週4日に減ってるな」から最終的に「今週6日休みか、どうしよう」になっちゃって。

売れないときって、真綿で首を絞められている感じなんですよ。自分たちが勝手に始めたことだし、何か大きな失敗して明日からやっていけなくなった、みたいなことでもない限り、やめるラインを引くのは難しい。だから、関とは「どうする?」って何度も話し合いました。

でも、スランプの時期にも多少仕事はもらえてて、お客さんの笑いが取れていた感覚はあったんです。やりたいことができないとか、尖った部分があるタイプだったら余計に苦しかったと思うんですけど、僕らにはそれもなかった。そういう僕らの尖ってない感じが、巡り巡って時代にマッチしはじめたから、どうにか続けられている気がします。

── 山本さんのピンでの活躍が増えている現状を、関さんはどう思っているんでしょう。

山本さん:嬉しいんじゃないですかね。2人が同じバランスで前に出られるほうが好都合だし。そのためにピンの仕事を受けて、コンビに還元している気持ちもあります。関も自分が矢面に立って「ゼロイチでボケろ」って言われるよりも、僕がイジられてきっかけができるほうがやりやすいんじゃないかなと。

関とは、この26年で関係性が変わってきた気もします。ただ、仕事きっかけで徐々に仲よくなっていったから、完全な友達や親友ではないんですよね。プライベートでも遊ばないし、用事がなかったら連絡もしない。向こうも家族をもっていますし。なんか特殊ですよね。夫婦でも男友達でもなく、完全なるビジネスパートナーでもない。でも繋がりは深い。不思議な存在です。

コンビの「センター」に押し上げた先輩・有吉の「取説」

── かつてはキャラの立つ関さんに注目が集まり、「じゃない方芸人」ともいわれた山本さんですが、いまは立場が逆転したのでは?と思うほどの人気ぶりです。まわりの芸人さんたちがわざと山本さんを怒らせるようなことを言って、リアクションを楽しむといったバラエティ番組が増えたような気がします。

山本さん:それはもう、明確に有吉さんきっかけです。僕の「取扱い説明書」を、知らないうちに配ってくれていたんですよ。どうしてそんなところに気づいて面白がってくれるんだろ?って不思議に思うくらいの視点でね。

有吉さんって、誰かを活かす天才なんです。数々の芸人たちが、有吉さんに「取扱い説明書」を配ってもらって、仕事が増えていったのを目撃しているので。コンビのなかでもガヤ扱いだったのが、気づけばセンターに押し上げられてた…という感じで。自分は確実にそのうちの一人だと思ってますね。

そうとなったらやっぱり、有吉さんや先輩方についていきたいじゃないですか。背中を押してくださっていることに応えたい。

最近は厳しいツッコミが好まれない「やさしい世界」になってきているから、逆に僕は助かっていると思うんです。誰にでもなんでも言っていい、みたいなかつての厳しい世界だったら、僕のキャラクターはたぶん活きない。でも、きっと誰もが本当はたまには厳しくツッコみたいんですよ。いい子になっているけど、昔の厳しい笑いもやりたいんだなって思います。僕は「かわいそうに見えない」なんて言われますけど、言い返したりして反撃してますから。結果、おいしい思いをさせてもらっています(笑)。

── リアクションはアドリブなんですか?

山本さん:全部そうです。芸人ってやっぱり、いじり方がうまいんですよ。僕が大きな声を出したら笑いに変わるのも、みなさんがレールを引いてくれているからで、僕はありがたく乗っかってます。「こうするんだよ」なんて一度も説明されたことはないけど、背中で教わっている感じです。いただいた仕事を、70点くらいで確実にお返しする。満点は取れないけれど、むしろそれが今の時代に受け入れられているのかなと思います。

取材・文:たかなしまき 写真:山本浩司

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