もうすぐゴールデンウィークだ。長期の休みが明けると、いわゆる「五月病」を発症する人が増える。五月病とは、連休明けに、なぜか体が動かなくなる、眠れない、食欲が落ちる、気持ちが落ち込むなどの症状が出て、出社できなくなることを総称した俗語だ。
日本予防医学会は、「五月病になりやすい人は、几帳面で真面目で責任感がある傾向があり、症状が長引くとうつ病にまで進行することがある」と注意喚起している。
日本企業の多くは、従業員に効率性を競わせる傾向がある。今、真面目で責任感がある人は、ノルマの達成に心を砕いているだろう。そして、連休で緊張がほどけて、五月病に陥るケースも考えられる。厚生労働省のサイト『こころの耳』では、過労傾向にある人の兆候チェックや、職場のストレスセルフチェックなどができる。連休中に自身の働き方や職場環境をチェックし、現在地を知ることもが五月病の対策につながるのではないだろうか。
キャリア10年以上、3000件以上の調査実績がある私立探偵・山村佳子さんは、メンタル心理アドバイザー、夫婦カウンセラーの資格を持つ。「連休が明けると、親が子供の調査を依頼するケースが増えます。いわゆる五月病で出社できなくなったり、行方不明になったりするからです」という。
学生時代は警察官を希望していたが、当時は身長制限があり、受験資格はなかった。一般企業に勤務するが、目の前の人を助けたいという思いは強く、探偵の修行に入る。探偵は調査に入る前に、依頼者が抱えている困難やその背景を詳しく聞く。山村さんは相談から調査後に至るまで、依頼人が安心して生活し、救われるようにサポートをしている。
「探偵が見た家族の肖像」に続く山村さん連載「探偵はカウンセラー」は、山村さんが心のケアをどのようにして行ったのかも含め、様々な事例から、多くの人が抱える困難や悩みをあぶりだしていく。個人が特定されないように配慮しながら、家族、そして個人の心のあり方が、多くの人のヒントとなる事例を紹介していく。
今回山村さんのところに相談に来たのは、60歳の智久さん(仮名)だ。「息子と音信不通になった」と連絡をしてきた。話を聞いていくと、29歳の息子は社会人になって2年目の5月に会社に行けなくなった経験があった。
山村佳子(やまむら・よしこ)私立探偵、夫婦カウンセラー。JADP認定 メンタル心理アドバイザー JADP認定 夫婦カウンセラー。神奈川県横浜市で生まれ育つ。フェリス女学院大学在学中から、探偵の仕事を開始。卒業後は化粧品メーカーなどに勤務。2013年に5年間の修行を経て、リッツ横浜探偵社を設立。豊富な調査とカウンセリング経験を持つ探偵として注目を集める。テレビやWeb連載など様々なメディアで活躍している。
「29歳の息子と連絡が取れなくなってしまったんです」
智久さんは、私が過去に浮気調査をした方からの紹介でした。「友達に、調査を頼みたい人がいる」と連絡があり、その人に伴われて翌日カウンセリングルームまで来たのです。智久さんは、帽子とサングラス、マスクとメガネをかけて顔を完全に隠していました。家族の秘密を人に知られたくないと強く考えている人の中には、このような変装をする人がたまにいます。
紹介くださった元クライアントの方が、「じゃ、ちゃんと正直なことを話せよ」と言い出ていくと、サングラスと帽子を外し、小さな声で「よろしくお願いします」と言います。
「あのですね。本当に恥ずかしいのですが、29歳の息子と連絡が取れなくなってしまったんです。父親失格ですよね。僕は最低です。息子はたった1人の家族なのです」
ひとまず落ち着いていただき、ゆっくり背景について伺うことにしました。智久さんは、親戚に元閣僚もいる地方の名家出身で、一族で老舗旅館やホテル、ガソリンスタンドチェーンなどを多角的に経営しています。智久さんは東京である事業会社の代表を務めています。
智久さんは、ずっと一人で悩んでいたようです。
45歳で離婚するまで、家族を顧みていなかった
まずは智久さんが妻と離婚するまでのことから聞くこととなりました。智久さんは45歳で離婚するまで、整った容姿と財力に群がってくる女性たちとの交際を優先し、家族をないがしろにしていたのです。
「30歳で結婚した妻だけが、両親も認めた人です。妻の父は東京の老舗企業の役員で、アメリカ留学を経て大手企業に勤務していた。賢い人だから、僕の浮気を何も言わずに耐えていた。そして、結婚15年目に“離婚する”と言い出て行ったのです」
その時、14歳だった息子は「お父さんといる」と言い、12歳の娘は妻側につきます。
「僕は2人とも妻のところに行くと思っていたので、息子が僕を選んでくれたのは意外だった。あまりの嬉しさに吐くように泣いたんです。今でも息子には感謝しているんです」
息子が智久さんを選んだのは、アメリカに行きたくなかったからだそう。元妻は現在アメリカで生活しています。シングルファザーになった智久さんは、息子の高校、大学と毎日弁当を作り、生活全般をサポートします。
「たった一人の家族ですから。それに、息子には苦労させたくなくて、常に励まして、欲しいものを与え、やることなすこと全て肯定していました。といっても息子は優秀で私立の付属校からドロップアウトすることもなく順調に大学まで進んだので、心配することは何もなかったのですが」



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