社会環境の変化やテクノロジーの進化に伴い、保険業界に求められる役割も大きく変わりつつある。従来の保険サービスの延長線だけでは対応しきれない課題に向き合うべく、スタートアップのイノベーション創出力とかんぽ生命・アフラック・日本郵便のアセットを掛け合わせ、共有価値の創造を目指すアクセラレーションプログラムが2025年に始動した。本プログラムではどのような意志のもと共創が進められ、どのような成果が生まれているのか――。アフラック生命保険 AX戦略統括部 AX戦略課 グループ長の橋本 幸枝氏とAflac Ventures Japanプリンシパル 秋山 亮氏、採択スタートアップ・SherLOCK 代表取締役の築地 テレサ氏への取材から、その実態に迫った。

なぜ、アフラックは「保険の外側」に踏み出したのか

―本プログラムに懸けた意志とはどのようなものだったのでしょうか。

Aflac Ventures Japan(以下 AVJ) 秋山「私たちは保険事業を中核に置きながらも、その枠組みに留まらない価値創出に挑戦したいと考えています」

社会や顧客の課題は、年々複雑化・多様化している。従来の保険商品やサービスだけでは、応えきれない領域が確実に広がっている。だからこそ、アフラックは“保険の外側”へ踏み出す。

「多様化/複雑化するお客様のニーズに応え、既存事業の進化や新たな事業の創出を目指す。今回のアクセラレーションプログラムでは、できるだけ幅広く協業案を募るオープンなテーマ設定を目指しました。私たち自身がまだ言語化できていない事業シーズや、新しい技術・アプローチにこそ、次の成長の芽があると考えているからです。」

さらに今回は、コーポレート・人材領域も新設。人的資本の活用や意思決定の高度化といったテーマも含め、事業と組織の両面から変革を起こす構えだ。

※Aflac Ventures Japanは、かんぽ生命 – アフラック – 日本郵便 Acceleration Program 2025 における、アフラック側の事務局を担っている。

共創を前に進めるための“見えない設計”

―大企業ならではの意思決定プロセスと、スタートアップのスピードをどのように両立させているのか。

AVJ 秋山「共創を進めるうえで、意思決定プロセスとスタートアップのスピード感の間にギャップが生じる場面はあります。その前提に立ったうえで、私たちは“各関係者が本来の役割に集中できる状態をどうつくるか”を意識しています」
ポイントはシンプルだ。

現場に権限を寄せる

事務局が調整を引き受ける

経営層には“判断しやすい形”で情報を渡す

具体的には、採択後の早い段階で事業部門とスタートアップを直接つなぎ、小規模な検証やトライアルは現場主導で進められるよう設計。一方で、関係部門との調整や組織的な整理が必要な論点については、Aflac Ventures Japan が前に立って整理を行う。

AVJ 秋山「現場が“検証そのもの”に集中できる環境を作ること。それが私たちの役割です」

また、経営層への共有も工夫している。

「単なる活動報告ではなく、『なぜ今この取り組みが必要なのか』『経営上どの論点と接続しているのか』を整理したうえで共有することで、意思決定のスピードと質の両立を図っています」

事業部門・スタートアップ・経営層。それぞれの立場をつなぎ、共通言語を生み出すこと。それこそが、共創を前に進めるための“見えない設計”だ。

なぜ、このスタートアップだったのか

―数あるスタートアップの提案の中で、「SherLOCKの提案を採択しよう」と判断した決め手は何だったのでしょうか。

数ある提案の中から、アフラックがSherLOCKとの共創を選択した背景には、単なる技術力だけではない「適合性」があった。
今回のプログラムでは、同様の方向性を持つ提案も複数存在していたという。その中で決め手となったのは、AIガバナンスに対する理解の深さと、具体的な実装力だった。

アフラック生命保険 橋本「プレゼンテーションの中で、AIガバナンスに関する知見の深さや、レッドチーミング、ガードレールといったソリューションの考え方が、当社のガバナンス方針と非常に親和性が高いと感じました」

実際に共創では、SherLOCKはアフラックの生成AIシステム「AIサポートコンシェルジュ」に対し、OWASPベースの網羅的なレッドチーミングを行った。既存の開発委託先では得られなかった観点からのセキュリティ評価が行われた。
さらにガードレールの実装においても、単なる技術提供に留まらず、要件の背景理解から設計、実装方針の具体化までを一貫して推進。アフラック側の検証環境では時間を要する内容についても、SherLOCKの環境を活用することで迅速な検証を実現した。
また、既存ベンダーとの連携においても、インタフェース設計やデータ設計を踏まえた提案がなされ、結果として手戻りの少ないプロジェクト推進につながった。

「技術力はもちろんですが、関係者が多い中での柔軟な調整力や、プロジェクト全体を前に進める推進力も含めて、総合的に非常に高く評価しています」

なぜ、SherLOCKはアフラックとの共創を選んだのか

数ある共創プログラムの中で、SherLOCKがアフラックとの取り組みを選んだ理由は明確だった。
それは、アフラックがすでにAI活用に伴うセキュリティや安全性、つまりAIリスク管理に対して強い課題意識を持っていたことだ。

課題が顕在化した企業と向き合える、という意味

SherLOCK 築地「私たちがアフラック様のプログラムに魅力を感じたのは、AIリスク管理という領域において、すでに明確な課題感を持たれていた点です」

アフラックでは、社内の業務効率化や保険代理店の業務支援、お客様への新たな価値提供に向けて、生成AIの活用を積極的に進めていた。
その一方で、ユースケースの増加と多様化に伴い、機密情報漏えい、ハルシネーション、不適切利用の防止といったAI固有のリスクへの対応が重要なテーマになっていた。

SherLOCKにとって、こうした課題がすでに顕在化している企業と向き合えること自体が、大きな意味を持っていた。

「スタートアップにとって重要なのは、特定ドメインの中で本当に意味のあるユースケースを企業と一緒につくれるかどうかです。保険業界という専門性の高い領域で、実務に即した形で技術を適用し、そのフィードバックを得られる環境は非常に魅力的でした」

PoCではなく、技術を「実用」へ磨く場として

SherLOCK は、このプログラムを単なるPoCの場とは捉えていない。
アフラックが持つ業界知見、顧客接点、実務環境の中に自社技術を適合させていくプロセスそのものが、SherLOCKにとって大きな価値だったという。

「スタートアップ単独ではアクセスが難しい保険業界の実務に触れながら、AIセキュリティ技術を実際のビジネス環境に合わせて磨いていける。これは概念実証にとどまらず、実用的な価値に結びつける貴重な機会でした」

実際、本プログラムを通じてSherLOCKは、自社だけでは到達し得なかったAI活用の最前線で、複数のユースケース創出とPoCの実施に至っている。
この共創は、スタートアップが大企業のアセットを活用するという一方向の関係ではなく、互いの強みを持ち寄りながら、実装可能な価値を共につくるプロセスだった。

スタートアップ側から見た「共創のリアル」ー想定を超えた「スピード」と「当事者意識」

SherLOCK 築地「最も驚いたのは、アフラック側の当事者意識の高さとスピード感でした」

スタートアップにとって、大企業との共創は「PoC止まり」に終わるリスクが常につきまとう。しかし今回のプロジェクトでは、その懸念は良い意味で裏切られた。

「初期段階から決裁権を持つ方が深く関与してくださり、単なる外部ベンダーではなく“共創パートナー”として向き合っていただきました」

結果として、約2ヶ月という短期間で、レッドチーミングとガードレール実装という2つのプロジェクトを並走させることができたという。

「アフラック様は、AI活用において“攻めと守りを両立させる”という明確な価値観を持っていました。この共通認識があったからこそ、検証のサイクルを高速で回すことができました」

現場からのフィードバックも極めて具体的だった。

「“このレイテンシーでは実務で使えない”“この設計では社内環境に合わない”といった率直な意見をいただけたことで、プロダクトは短期間で実用レベルへと進化しました」

乗り越えた「リアルな壁」

一方で、プロジェクトは決して平坦ではなかった。
SherLOCK 築地「最大の壁は、2つのPoCを短期間で完遂しなければならなかった点です」

通常であれば、それぞれ1〜2ヶ月を要するプロジェクトを、同時並行で進める必要があった。加えて、ステークホルダーの多さも大きな課題となった。

「AI活用を推進する部門、セキュリティ部門、外部ベンダーなど、それぞれの立場や優先順位が異なる中での合意形成は非常に難易度が高かったです」

しかし、この壁は乗り越えられた。

「アフラック様側でコミュニケーションを円滑に進めていただき、デモデイ直前には毎日のように密に連携しました。共通のゴールに向かって、全員が同じ方向を向いていたことが大きかったと思います」

この経験を通じて築地は、ある確信を得たという。

「ステークホルダーが複雑なプロジェクトほど、スタートアップが技術的ハブとなり、データに基づいた納得感を提供することが重要だと実感しました」

共創を“実証”で終わらせないために

左:SherLOCK 築地 右:アフラック生命保険 橋本

―これから挑戦するスタートアップに伝えたいことは?

では、このプログラムを「PoC」で終わらせないために、何が必要なのか。
SherLOCK 築地「重要なのは、自社の技術を相手企業の経営課題に接続し、共に未来を創るナラティブを描くことです。そしてもう一つはスピードです。アフラック様の意思決定スピードに負けない速度でやり切ることが、信頼関係の構築につながります」

一方で、アフラック事務局も同様に、準備の重要性を強調する。

AVJ 秋山「自社が解きたい課題や、その背景を明確にして臨んでいただくことが重要です。完成された事業計画である必要はありませんが、課題認識が明確であるほど、共創の解像度は高まります」

共創が証明した「変化」と、次への期待

今回の取り組みは、単なるPoCに留まらなかった。

AI活用への理解の深化

セキュリティ意識の向上

ガバナンス強化

そして何より、
AVJ 秋山「スタートアップは“ベンダー”ではなく、“共に未来を創るパートナーである”という認識が社内に広がりました。技術力だけでなく、当社に寄り添う姿勢や組織力も含めて、SherLOCK様は非常に信頼できるパートナーだと認識しています」

現在は、本格導入に向けた検討も進んでいるという。

「未完成」でいい。その問いを持ち込め

ー最後に、次期プログラムへの参加を検討する企業へのメッセージを聞いた。
AVJ 秋山「完成されたアイデアよりも、“まだ検証されていない問い”こそが価値を生むと考えています。何を確かめたいのか、なぜ今それに取り組むのか。その問いを持ち込んでいただければ、私たちは共に考え、共に形にしていきます」

共創とは、完成された答えを持ち寄る場ではない。
問いを持ち寄り、試行錯誤を重ねることで、新たな価値を生み出すプロセスそのものだ。

築地テレサ(Tsukiji Teresa)

SherLOCK株式会社 Founder / 代表取締役CEO

慶應義塾大学SFC 政策メディア研究科修士課程修了(優秀修士論文賞を受賞)。新卒にて日本銀行に入行。その後、戦略コンサルティング業界に転じ、ボストンコンサルティンググループ、PwCコンサルティング等を経て、2024年にAIセキュリティスタートアップSherLOCK株式会社を創業

橋本 幸枝(Hashimoto Yukie)

アフラック生命保険株式会社 AX戦略統括部 AX戦略課 グループ長

アンケート調査会社、株式会社リクルート、株式会社FiNC Technologies、国際NGOを経て2018年にアフラックへ入社。アフラックでは、Webアナリスト、生成AIシステム開発のスクラムマスター等を歴任した後、全社AIガバナンス態勢強化に従事。2026年1月より現職。

秋山 亮(Akiyama Ryo)

Aflac Ventures Japan株式会社 プリンシパル

大手通信事業会社にて、B2B領域における通信機器・SaaSプロダクトの提供やアライアンス戦略を推進。2021年よりスタートアップ投資および新規事業開発に従事し、全事業セクションを横断した資本業務提携を主導。2025年9月より現職にてスタートアップ投資を担当。趣味はキックボクシング、サウナ、映画鑑賞。

社名SherLOCK株式会社所在地東京都港区虎ノ門5丁目9番1号 麻布台ヒルズ ガーデンプラザB 5階創業・設立2024年1月22日事業概要AIセキュリティとデータ品質管理を強化するソリューションの提供代表者代表取締役 築地 テレサURLhttps://shlck.com/

社名アフラック生命保険株式会社所在地東京都新宿区西新宿2-1-1 新宿三井ビル創業・設立1974年11月15日事業概要生命保険業代表者代表取締役社長 古出 眞敏URLhttps://www.aflac.co.jp/

社名Aflac Ventures Japan株式会社所在地東京都渋谷区千駄ヶ谷5-21-12 S-FRONT 代々木7F創業・設立2020年1月24日事業概要スタートアップ投資業務
新規事業のインキュベーション支援業務代表者代表取締役社長 清藤 利郎URLhttps://aflacventuresjapan.com/ja/

Write A Comment