【著者に聞く】『「ふつう」ってなんだろう』の美馬達哉が語る「平均=ふつう」という幻想

医療が病気を作るという側面もある(写真:akiyoko74/イメージマート)

「ふつう」とは何か──。私たちは普段、この問いを深く考えることは少ない。しかし医学の世界では、平均値から外れた身体や行動が「異常」や「病気」として「ふつう」や「健康」と線引きされてきた。昨今では、ゲーム依存症、ごみ屋敷など、社会のさまざまな問題までもが「病気」として語られるようになった。

 この現象は「医療化」と呼ばれる。医療化のメリットとデメリット、「病気」の線引きの曖昧さについて、『「ふつう」ってなんだろう 病気と健康のあいだ』(講談社)を上梓した美馬達哉氏(立命館大学大学院先端総合学術研究科教授)に話を聞いた。(聞き手:関瑶子、ライター&ビデオクリエイター)

——病気や障害はマイナスなもの、できるだけ避けるべきものという医学での「ふつう」の考え方に違和感を抱いていたと書かれています。

美馬達哉氏(以下、美馬):特に現代医学での「ふつう」は「平均値に近い状態」を意味しています。

 血圧であれば、多くの人の血圧データを取得し、その平均値を算出する。血圧の値が、平均値から大きく外れている人は低血圧や高血圧と診断されます。医学は、統計的な基準をもとに正常と異常を線引きしてきました。

 けれども、生まれつきその「平均」から外れている人もいます。手に障害がある、片脚がない、顔に大きな痣がある——。「平均的」な身体を前提とすると、こうした状態は「異常」あるいは「病的」と判断されます。本人がその状態を受け入れ、「これが自分だ」と感じていたとしても、です。

 ある人にとっての本来の姿を、「病的だ」「異常だ」と判定することに、私は不自然さを感じます。となると、やはり「平均」を一方的に「ふつう」と表現するのは、おかしい。平均値や基準値を「ふつう」としている点が、医学の限界と言えると感じています。

——医学はこれまで、病気を治し、障害を取り除くことを目標に発展してきました。先生は書籍の冒頭で、病や障害とともに生きることを肯定する重要性に触れています。

美馬:病気、障害をなくすことと、それと共に生きることは、対立する概念ではありません。生きている限り、両立せざるを得ないものだと私は考えています。

 人間に限らず、多細胞の生き物には必ず寿命があります。死は避けられない現象なのです。「死がある生」を生きる過程には、必ずどこかで限界が訪れます。その限界の一つが病気や障害です。

 医学の力によって、症状を一時的に取り除くことはできるかもしれない。でも、病気や障害そのものを世界から完全に消し去ることはできません。

 医学が目標としてきた「治す」という営みは重要です。けれども、病気や障害、そしてその先にある死から人間を完全に救い出すことはできません。だからこそ、人は、死とどこかで折り合いをつけて生きていかなければならない。それこそ、人間の本質ではないでしょうか。

——昨今では、さまざまな症状が「医療化(※)」されています。この風潮には、どのようなデメリットがあるのでしょうか。

※もともとは社会的・道徳的・教育的・個人的な問題とされてきた事柄が、医学的な問題として定義され、診断や治療の対象になること。

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