撮影/中村和孝

 元TBSアナウンサーの宇垣美里さん。大のアニメ好きで知られていますが、映画愛が深い一面も。

 そんな宇垣さんが映画『関心領域』についての思いを綴ります。

●作品あらすじ:空は青く、誰もが笑顔で、子どもたちの楽しげな声が聞こえ、そして、窓から見える壁の向こうでは大きな建物から煙があがっています。

 時は1945年、ユダヤ人をはじめ強制的に連れてこられた人々に残虐行為が行われているアウシュビッツ収容所の隣で幸せに暮らす家族がいました。

 第76回カンヌ国際映画祭コンペティション部門でグランプリ、第96回アカデミー賞で国際長編映画賞・音響賞を受賞した本作を宇垣さんはどのように見たのでしょうか?(以下、宇垣美里さんの寄稿です。)

◆あなたと彼らとの間にさしたる違いはあるのでしょうか?

 鑑賞後、顔から血の気が引ききって、指先が冷えて悴(かじか)んでいるのを感じた。それはどこまでも無情になれる人間の業に絶望したからでも、正体を知ってしまったあの音が耳にこびりついて離れないからでもない。

 あなたと彼らとの間にさしたる違いはあるのでしょうか?とこちらに問いかけるような眼差しを感じてしまったからだ。

 この世の誰が、あの家族を非難し石を投げ打つことができるだろう。あの人たちはわたしで、つまり世界の混沌(こんとん)とした現状の中、映画を見るような余裕のあるわたしたちだというのに。

◆アウシュビッツを見ないふりと気づいた瞬間、一気に鳥肌が立った

 大きな庭付きの豪華な邸宅で豊かに暮らす一家。穏やかなその生活を追っていくうちに、彼らが住まうのはあのアウシュビッツ強制収容所と壁一個隔てただけの隣であり、一家の主人は収容所で所長として働いていることが分かる。

 無機質で淡々とした“平和な”日常の合間に漏れ聞こえる不穏な音。映像と音の乖離(かいり)に戸惑い、あの家族があまりに気にも留めないから最初は私の空耳なのかと疑ったほど。

 やがてこの人たちはあの音に慣れることを、塀の向こうにある事実を見ないふりすることを選んだのだ、と気づいた瞬間、一気に鳥肌が立った。人間とはここまで感覚を麻痺(まひ)させ無関心になり得るものなのか。

◆アカデミー賞音響賞獲得も納得のすさまじい音響設計

 アカデミー賞で音響賞を獲得したのも納得のすさまじい音響設計。まるでホラーのようなあの音こそがこの映画の肝だから、ぜひ映画館で鑑賞してほしい。逃げ出したくても逃げ出せない、という環境含め。

 本や教科書からの知識で私はあの音が何を意味するのかを知っている。汽笛の音からは方々(ほうぼう)から連れてこられ、殺されゆくユダヤ人たちを、銃声や悲鳴からはアウシュビッツで行われた殺戮(さつりく)を。

 残虐行為そのものは一切映らないのに、だからこそもう想像はとまらない。なんて歪(いびつ)な平穏だろう。

◆この家からは、この映画からは腐臭が漂っている

 描かれているのは過去の出来事だけれど、その中で見せつけられるのは今も変わらぬ人の姿。

 途中からはありもしない匂いに鼻を支配され、ずっと手で鼻を覆(おお)っていた。この家からは、この映画からは腐臭が漂っている。多分、それは私たちの日常にも。

 でももう慣れてしまって気づきもしない。

https://youtu.be/kk2H0CVbOG4

『関心領域』
監督・脚本:ジョナサン・グレイザー 原作:マーティン・エイミス 撮影監督:ウカシュ・ジャル 出演:クリスティアン・フリーデル、ザンドラ・ヒュラー 配給:ハピネットファントム・スタジオ/2023年/アメリカ・イギリス・ポーランド映画/1時間45分 ©Two Wolves Films Limited, Extreme Emotions BIS Limited, Soft Money LLC and Channel Four Television Corporation 2023. All Rights Reserved. 公開中
<文/宇垣美里>

【宇垣美里】
’91年、兵庫県生まれ。同志社大学を卒業後、’14年にTBSに入社しアナウンサーとして活躍。’19年3月に退社した後はオスカープロモーションに所属し、テレビやCM出演のほか、執筆業も行うなど幅広く活躍している。

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