なんとしてもExcelとの接触を避けたい、という人は多い。就職用の履歴書を“かさ上げ”するために、この表計算ソフトに「熟達」しているとうそを書き、発覚を恐れてびくびくしながら働いている人もいるかもしれない。あるいは、基本の数式をいくつか知ってはいるものの、迷路のように複雑なこのインターフェースを使いこなすことなどできない、と思っている人もいるだろう。
しかし、好むと好まざるとにかかわらず、Excelはビジネスに不可欠のソフトウェアであり続けている。マイクロソフトによるとユーザー数は世界で「数億人」に及ぶという。
一方、盛況が続くコンテンツクリエーターの世界では、実用の域をはるかに超えたExcelの使い道が登場している。彼らは、忍者のようにExcelを使いこなすことで得られるスリルを求めて生きている。そして、技の習得に果敢に挑む者には、嬉々として奥義を伝授する。こうしたクリエーターたちは、生産性向上の意外な裏技を披露して実力を誇示したり、「障害物競走」でタイムを更新したりすることで、膨大な数のファンを獲得している。賞金と自慢話の種を手に入れるため、Excelの公式な選手権に挑む者さえいるのだ。
スピードラン動画に大反響
とはいえ、スプレッドシートの覇者の座を競い合うことは、楽しみの一部にすぎない。結局のところ、彼らが本当に望んでいるのは、互いの技術を高め合うことだ。
ロンドンに住む32歳のダン・キドニーは、データアナリストとして保険会社で働くかたわら、eコマースの会社をゼロから立ち上げるなかで、「思いがけず」Excelのスキルが伸びていたと語る。しかし、その過程で覚えたテクニックを人に教えることになるとは予想もしていなかったという。
「一時的に仕事を休むことにしたのですが、その間の空き時間を使って実験的にTikTokへの投稿を始めてみたのです」と語る彼が最初に公開したのは、初心者が知っておくべきExcelの基本機能を紹介する動画だったという。それから数週間のうちに、キドニーは自ら考案した“Excel障害物レース”でさまざまな難コースを制覇する動画を投稿した。すると、突如としてエンゲージメントが急増し、わずか数日でその動画の再生数は100万回を突破した。視聴者にルールを読む暇も与えず、次々に画面をクリアしていく彼には多くのコメントが寄せられた。
現在、「Functional Excel」の名前でキドニーが運営するInstagramとTikTokのアカウントは、合計30万人のフォロワー数を誇る。彼が作成したスピードラン動画の影響は、彼のオフィスから遠く離れた思いがけない場所にも及んでいる。ドイツの地方にある学校の教師がキドニーの動画に目をとめ、彼がつくったExcel練習用のテンプレートを使う課題を与えたところ、クラスで競技会が開かれるほど生徒たちは夢中になったという。
ショートカットのみの早技
「君たちのExcelスキルは終わってる」とジョナサン・トリスタンは言う。最近投稿されたTikTokとInstagramの動画でそう宣言する彼は、「Your Finance Brother」の名で知られる29歳のコンテンツクリエーターだ。投資銀行での勤務経験をもつロサンゼルス在住のトリスタンは、ほかのインフルエンサーたちと同様、マウスを完全に排除し、キーボード上で繰り出すショートカットのみを頼りにExcelを使いこなすべし、と主張する。さらに一歩踏み込んで、彼は視聴者に命じる。「キーボードからF1キーを引っこ抜け」と。
エクセルのパワーユーザーは最終的に「独自の流儀」を身に着けるのだとトリスタンは言う。F1キーを取り外す行為は、実用的であるだけでなく、自らの腕前を誇示するしぐさの一例だ。「Excelでは、数式がどうなっているかを確認するために、EscキーとF2キーを行き来する操作をよく使います」と彼は説明する。問題は、このふたつのキーの間にあるF1キーを誤って押してしまうと、そのたびにヘルプメニューが現れて作業がもたつく、ということだ。そもそもExcel操作の達人にヘルプ画面が必要なのか、という疑問もある。

WACOCA: People, Life, Style.