「俺はちょうどモントローズを抜けたばかりだった……俺たちは、いわばアメリカ版レッド・ツェッペリンみたいなバンドだった。
(モントローズを脱退した後も、ロニー・モントローズとはまだ話せる関係にあった)
AC/DCは、俺たちの地元であるカリフォルニア州サンノゼで、彼(ロニー)のオープニングアクトを務めた。それで俺はAC/DCを観に行った。彼らがここに来たのはそのときが初めてだったと思う。ロニーの前座だったんだけど、とにかく圧倒的で“なんてこった!”って感じだったよ。
(ヘイガーは、ロニーと一緒にステージを観ていたという)
アンガス(ヤング)がボンを背負って、そのまま客席の中を進んでいった。もう、完全に観客をかっさらってしまった。会場は小さくて、観客は2000人くらい。ロニーはこれからステージに上がろうとしていたところだった。
俺は“ロニー、俺が出て行ってBad Motor ScooterかRock Candyかか一緒に歌おうか? だって、これは相当きついことになるぞ”って言ったんだ。本当に悲惨だったよ。俺はロニーのライヴの途中で、いたたまれなくなって帰った。見ていられなかったね。
AC/DCは誰に対してもそうだった。彼らが前座を務めれば、いつだって厄介なことになる。後にヴァン・ヘイレンにいた頃も、AC/DCと一緒にフェスに出ないかというオファーがあった。俺が加入する前に、一度そういうことがあったらしい。(それ以降は)俺たちはいつも“いやいや、絶対にやめておこう。AC/DCと同じステージには立ちたくない。AC/DCを観るために金を払うのはいいけど、彼らの前には出たくないし、後にも出たくない。嫌だ”って言っていたよ」
ヘイガーはまた、自身がボン・スコットのファンだったことも明かし、その魅力についてこう語っています。
「ボンの声はいつだって、あと少しで裏返りそうなギリギリのところで歌っていた。あと一歩踏み込んだら、声が潰れてしまいそうな感じだった。まるでレース中、コーナーを曲がるたびに限界ギリギリで、今にもコントロールを失いそうになる車のようで、そのギリギリの走りこそが勝利につながる。ボンの歌には、そういう魅力があった。本当に好きだったよ」
またヘイガーは、ヴァン・ヘイレンでデイヴィッド・リー・ロスの後任となった自身の立場を、AC/DCでボン・スコットの後を継いだブライアン・ジョンソンになぞらえています。
「どうしても、そういう先入観や偏見はつきまとうものだ。でもブライアンは見事にやってのけたし、俺も同じようにやり遂げたよ。
ただ、誰に聞いても、きっとこう言うだろう。“もしボンが死んでいなかったら……”ってね。ボンこそがAC/DCだった。初期の作品は本当に最高だ。すべてが完璧にハマっていて、ボンは全身全霊で、腹の底から肺が張り裂けんばかりに叫んでいる。あれこそロックンロールだよ」

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