坂の上の雲や本日天気晴朗なれど波高しで有名な秋山真之の続編動画となります。
旅順艦隊攻略から国家存亡のかかった日本海海戦、そして最後まで。

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36 Comments

  1. 日清日露戦争での日本兵捕虜が虐待虐コロされ
    あまりに少なかったことが後のWW2 対米英蘭戦で
    玉砕戦に繋がったことは間違えない。

  2. 秋山、佐藤は戦後作戦の神様扱いされた。海軍軍縮会議で反軍縮派から対米戦に必要な艦数を聞かれ「7割あり作戦をあやまたなければ何とかなるだろう」と二人とも回答した。反軍縮派にこの7割だけ利用され対米7割は絶対化された。自分たちの発言の悪用を是正する努力はしていない、結局二人ともジェネラリストでは無かったと言う事か。

  3. 私自身はどこに資料があるか忘れましたが、
    黄海海戦の反省を踏まえ、秋山は他の参謀と共に丁字戦法の改良を試みる。
    図上演習を数えきれない程繰り返しても、成功と言える戦果を得られなかった。
    その内、乙字戦法や第二戦隊の分離自由航行などが比較的に有効であったので、各戦隊で臨機応変に動くしかなく最終的に運任せで挑むしかなかった。
    (当時の機関や砲からの排煙は強烈に視界を悪化したので、連合艦隊旗艦からの全戦域把握と統制は不可能であった。)
    (視界良好であっても、水平線はマストの上部でも20キロ程度。その先の煙突やマストが見えても、艦名どころか艦種も特定出来ない。)

    この後、太平洋戦争まで大きな海戦がなく適材適所の人事よりも席次優先の順送り人事になっていく(激動時には大抜擢や適材適所を信じられないくらいに実行するが、安定期には信じられないくらいに腐りやすい日本的特徴的な人事風習。)

    頼みは、艦隊の速度・速射力・下瀬火薬・信管・練度・情報戦(実質の主力は旅順艦隊であったが国内向けには隠し、艦隊戦で撃滅出来なかった事。 31:09 バルチック艦隊を世界最強艦隊と見ていて恐れている。ベトナム出航後に見失った。等、新聞の利用。)ロシア国内外の革命家支援。等、人事を尽くして天命を待つ。

    神風など期待もしないし眼中になかった。
    逆に気象条件が悪くて逃してしまう事を恐れた。

    南北戦争のせいで中国進出に出遅れたアメリカは、対スペイン戦争で得た植民地フィリピンの維持に不安を感じ、日露戦争講和の仲介時期に迷ったものの、講話を実現してくれるが、賠償金なしでまとめた。
    日英同盟が、アメリカの中国進出とフィリピン維持にとって不都合と感じ、後に日英同盟破棄や海軍軍縮会議での日本押さえつけに繋がる。

    旅順攻略に関しては、旅順艦隊はダメージが大きくバルチック艦隊に合わせて出航してきたとしても、ウラジオストックへ連れて行ってもらう存在であり、さほど戦力にならなかったであろう。という意見も強い。
    (損傷による速力低下。副砲の撤去陸地配備。水兵の陸戦投入被害による人員不足等)
    これは実証不可能なので、記憶の片隅にとどめておけば良いレベルだと思う。

  4. 連合艦隊の敵前回頭は、丁字ではなく並行戦に持っていくための動きと考えた方が合理的だと思います。
    なぜなら、バルチック艦隊に連合艦隊のうしろ側に回られたら撃ち漏らしが生じるから。

  5. マスゴミめ!!!今も昔も犯罪の種を蒔くあいつらは滅ぼすべきだ

  6. 日本海海戦は、連合艦隊が勝利すべきして勝利した。海戦前、連合艦隊は、鎮海湾に日夜、砲撃訓練に励み、使用した砲弾は、平時の連合艦隊一年分の量だった。また、水雷艇部隊も、夜間の猛訓練を実施していた。対するロシア艦隊は、長い船旅に、乗組員も疲弊していた。途中の寄港地は、英国領が多く同盟国英国の計らいで、長期寄港も強いられたそうだ。北国育ちのロシア兵は、暑さに疲弊して士気も低下してしまったそうだ。また対馬海峡の艦隊決戦でも、ロシア艦隊の大砲は、砲弾を数発発射すると噴煙が立ち込めて、次の砲弾発射に数分かかったそうだ。それに引き換え、連合艦隊は、噴煙の立たない下瀬火薬のおかげで、砲弾を発射しつづけることが、出来た。それにバルチック艦隊は、ひたすらウラジオストックに逃げ延びることを優先し、士気も低かった。我が連合艦隊は、勝つべきして勝利したのだ。

  7. 秋山真之は40代で死んでしまいましたね 好古は長生きしましたね 坂の上の雲読みました

  8. もっと長く生きて欲しかった そうしたらアメリカとは戦わなかったかも

  9. この当時の明治という維新を駆けて行った先人の皆様、皆さんは武士の心を持った最後の戦士であり愛国者でした。その代表として司馬遼太郎氏は秋山兄弟と正岡子規氏を中心に描いたのだろう。今NHKで再放送が始まり楽しみだ、しかし解せないのは反日NHKが何故再放送する気になったのか、何か政治的な裏があるとつい勘ぐってしまう。とにかく良くできた戦争ドラマだと感心はした。CDで何回も観たものだ。特に演じた俳優さんの素晴らしさはドラマ史上永久保存版だ、秋山兄弟の元木、安部さん、児玉さんの高橋英樹、203高地の進捗が進まない事に児玉総参謀長が叱咤激励に出向き第3軍の参謀達をどやしつけるシーンの高橋英樹さんの演技は何故か印象的だった、実際もほぼそうだったのかと勝手に思った。秋山好古率いる騎兵旅団か師団かが大きく迂回運動をして臆病なクロパトキンを慌てさせた秋山好古氏を演じた安部寛も寡黙で良かった、茶碗をひとつしか持たない物欲が一切無い恬淡とした人間性、愛媛伊予が生んだのか、真之とひとつの茶碗を回し使うシーンなども明治時代のひとつかと思うと今の生活との余りの違いに考えさせられた。日本人ならこの坂の上の雲は必見だ、日本が愛おしくなる事間違いない。❤❤❤❤❤

  10. 左傾化する今の日本、共産主義者の洗脳工作に汚され蝕まれたカオスと化した日本を立て直す、それは青山繁晴さんと高市早苗さんを中心とした日本を愛する保守議員が大同団結する、これに尽きる、私欲や利権への欲望は捨てて国民の手本となる事だ、そうすれば心ある国民は評価し支持する事間違いない。先人達の国を愛した心を今一度見直し学ぶ事、それが歴史に学ぶという事だ❤❤❤

  11. 皇国の興廃この一戦にあり、各員一層奮励努力せよ。Z旗揚げ。日本を守る人応援団、より、❤❤❤❤❤

  12. 丁字戦法はすれ違う反航戦で無く同航戦に持ち込むのが目的です。この為敵艦隊が後ろに回れないよう、敵前で駆逐艦が機雷をばら蒔き敵艦隊が同航せざるを得ないようにする筈であった。しかし、高波のため駆逐艦は前進できず機雷散布に失敗します。この時点で、大前提が破綻し秋山は呆然自失します。しかし、敵艦隊はマカロフと異なり反航せず同航してきた。秋山は知謀を尽くした作戦が無意味であったことを知り、不可解なりとし、精神に異常をきたします。日本海海戦後、人知れず消えて行きました。

  13. 上村彦之丞中将のファインプレイがふれらていませんね。T字戦法を破られそうになったのを彼が抑えた。

  14. じゅんさん、享年49歳、神経すり減らしたんだろうな、児玉さんも先後枯れるように亡くなったようですものね。

  15. 日露戦争を日本が戦ったのは朝鮮半島を守る為だった、ってが真理で真相です

    半島を守る事が日本を守る事だった

    日本が戦わなかったら、もしも、負けていたら

    半島の先端までロシアで=ソ連になってしまう可能性でした

    しかし、露を追い払った後も露の侵入を防ぐ為に半島に続く満州を維持したい

    その思いが、軍部による満州国建国となってしまいます

    軍部への世論をマスコミが作って、政治がそれを後追い・追認する形で・・・(口だけ和平の近衛内閣でした)

    満州事変→日中戦争→とエスカレートして

    最終が米の石油禁輸となって真珠湾攻撃へ・・・国力の差による「破滅」に繋がります

    満州国建国で・・・

    戦争への転機となった国際連盟脱退を主張したのが毎日新聞で絶賛したのが朝日新聞です

    (国際連盟は第一次世界大戦の反省をもとに国際紛争を避ける目的の組織で、

      ・・日本の政治家のこれを尊重する人達をマスコミが腰抜けと批難して間違った方向へ向かいました)

    一例として朝日新聞のWikipediaを開いて

    「大正時代」と「昭和時代の第二次世界大戦終結以前」を見て下さい

    本当の戦犯が何処だったのか、皆さんで検証して下さい

    トルコが露に負けて、保護していたクリミアの住民タタール人は数十万人が不毛の中央アジアへ強制移住させられて
    その後に露人が住み着いたのが、現在露が領有を主張する要因です
    ポーランドが露の侵攻を受けて強制移住させられたのが100万人、内20万人がシベリアでした
    孤児を救出した話はこのシベリアのポーランド人です

  16. NHKの青春群像は日本人として 夢があった。今の青春はどうだろう。物と情報に溢れ 精神の荒廃が進んでいる。

  17. 森鴎外もこの時代の方ですね。骨のある人物が沢山に居ました。戦争は悪だが、日本がこの先に侵略されたら、何もせず戦わないで済ませるだろうか?今は無事だが世界中が争い、力ない子供たちの命が奪われ泣いている。乃木大将の悲しみが分かります。訃報を戦場で聞いた折は眉一つ動かさなかった乃木大将は、勝利した後、奥様共に自刃された。悲しい現実です。とても怖いです。明るい未来を願います。平和を望みます。ですが日本を祖国を守らねば行けない時は、老骨むち打ちこの素晴らしい国を皆と一緒になり守るでしょう。

  18. 侍・乃木希典!
    自分の息子を2人をここで死なせてもなお敵の大将その部下をも降伏したのちに
    褒めたたえて本国まで丁寧に送り返した!
    まことに日本が誇れる武士道精神!
    そんな志を日本人は世界に凛としてに誇っていかねばなるまい。
    我今やそんなお国に異国暮らしなれど今まで12,3ケ国で仕事をして来て3度4度と成功を収めて
    恥となることは一度として来なかった事を誇りに思います。

  19. この時すでにアメリカのオレンジ計画が行われていたとは誰も知る所では無かったのですね。

  20. 本当に明治時代の偉人、軍人にしてご子息を仏門に入れようとされた。清く気高い御心に感動しました。有難うございます。

  21. マスコミ報道は、今も昔も変わらず真実・真意を報道せず、マスコミ各社が勝手に思考した考え・思惑で世論を動かそうとしている。ポーツマス講和条約後(現代に至っても)、我が国の状況を踏まえると、我々国民はマスコミ報道だけでなくその他の情報を収集し、物事の真意を追究し、判断し行動しなければならないことを改めて思う。

  22. 日本に金が無い事を言えなかった政府の弱さが勝利して安堵した当時の国民が暴徒化した事で、参謀方は驚いたでしょうね。人間は極限状態に長く置かれたら死を実感する立場に置かれたら秋山真之の様に死後の事を悟る様になるのだろう。騒がす、当時の暴動が無ければ従軍し何とか故郷に帰れた人々から話しを聞いて冷静に受け止めていられたかも分からないが、国際法やアメリカの仲裁や莫大な借金の存在を外国に知られたくなかったがため公に出来ず哀れに思いました。勝利で沸き立ち平和に国内は収まった、とばかり思っていた私自身が恥ずかしい。祖母に連れられた熱田神宮の広大な境内に白衣姿の傷病兵の物乞いの姿が三々五々に見受けら、哀しい雰囲気が漂ってました。彼ら達は、太平洋戦争、第二次世界大戦の終戦後の昭和30年頃の私がお会い出来た最後の兵隊さん方の姿でした。貧しかった日本が背負うもう片方の縮図が昭和の30年の初めには神社の広い庭園の木々の中に青空の下に足や両手、腕を無くされた姿で佇まれていた兵隊さん方に胸を痛めました。老いた私は甥や息子を亡くした祖母達に頼まれ幾ばくかの小銭を鉢に寄付して走り戻りました。若い方々にも覚えておいて欲しい。戦争は悪です、決して戦争を起こさない日本になって下さいと。私がこの小説を好きな理由はかいめいきの日本の勝利を明確に出来た事で亡き肉親の苦労が解ることでした。何度も読み返します。今生きてある事を感謝します。配信有難う。

  23. この戦争とww2でのシベリア抑留の待遇違いとか色々な思いが。それにしても朝日新聞はこの頃から碌でもない。虫垂炎はこの時代では命取りに、自分は小6(早すぎ感も)でなって以降60年生きているが時代が違えばその年に。

  24. 連合艦隊の戦績と
    多大な犠牲を出しながら
    勝利した陸戦により日露戦争が 終了したお陰で
    今日の日本があることは
    明白ですね~。
    もし敗戦してたら、日本はソ連邦の一部になってたかもしれない。
    少なくとも、北海道はロシアの領土にされていたでしよう。
    そう思うと、明治の政治家や軍人に今更ながら感謝と尊敬せざるをえません。

  25. 知ってますか?
    日本に対して愛国や戦没者に哀悼を示す様なコメントは削除されるんです。😠
    なんででしょう。

  26. 日本の温情に対してWW2の際の日本への仕打ちは腑が煮え繰りかえる。
    ロシアに絶対に気を許してはならないと思う。

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