14日、中国のポータルサイト・騰訊網に「なぜ日本のアニメや漫画は血統の呪縛から逃れられないのか」と題した記事が掲載された。写真はベルセルク。

2026年6月14日、中国のポータルサイト・騰訊網に「なぜ日本のアニメや漫画は血統の呪縛から逃れられないのか」と題した記事が掲載された。

記事は、「先日、『ベルセルク』の物語が日本漫画ではおなじみの『血統と宿命』を軸とした展開へと進み、多くの読者の間で議論を呼んでいる。主人公・ガッツの出生の秘密が明かされ、彼は『幽界(かくりよ)』に由来する存在であり、多くの読者が想像していたような普通の人間ではなかったことが判明した」と述べた。

そして、「日本の漫画やアニメでは、血統や宿命を重視する設定が頻繁に用いられており、主人公の才能や運命、さらには強さの限界までもが出自や血筋と結び付けられることが少なくない。長年漫画を追い続けてきた身としては、こうした展開を見るたびに徐々に飽きを感じるようになったが、同じような感覚を抱いている古参ファンも少なくないのではないだろうか」と問い掛けた。

さらに、「数多くの日本の長編漫画において、血統と宿命は物語全体を貫く中心的な枠組みとなっている。『NARUTO -ナルト-』では、忍者の才能や血継限界が一族の血筋に大きく依存しており、『ONE PIECE』でも、登場人物の出自や潜在能力、さらには種族的な血統が物語の重要な要素となっている。そして今、『ベルセルク』のガッツもまた、その系譜に加わった」と説明した。

その上で、「長年作品を追い続けてきたファンたちの心境は複雑である。多くの読者がキャラクターの奮闘に感動し、涙したのは、彼らに普通の人間が努力して道を切り開く姿を見ていたからだ。しかし『何十年努力しても、生まれ持った優れた血筋にはかなわない』という展開を何度も見せられると、作品への期待は徐々に薄れ、新鮮さも失われていく」と指摘した。

記事は、「もちろん、血統設定そのものを全面的に否定しているわけではない。適切な家系の設定や出生に関する伏線は、作品の世界観を豊かにし、物語に厚みを与える。しかし、血筋があらゆる問題を説明する万能の答えになってしまうと、努力や忍耐、勇気といった本来の魅力が薄れ、読者が飽きを感じるのも無理はない」と論じた。

また、「現在、アニメや漫画のコミュニティー、掲示板、コメント欄では『血統宿命論』をめぐる議論が絶えず、意見もいくつかの立場に分かれている。ある読者層は、これは日本漫画における伝統的な物語手法であり、血統と宿命は世界観を効率よく構築し、長期的なストーリーを結び付ける上で有効だと考えている。物語に深みや緊張感を与えるため、過度に批判する必要はないという意見である」とした。

さらに、「長期連載では戦闘力のインフレや設定の拡張が避けられず、血統や宿命を取り入れることは作者が物語を継続させるための手法だと分析する読者もいる。ただ一方で、優れた作品であっても序盤は魅力的なテーマを掲げていたのに、後半になって定型化した宿命論へ傾いたため、作品への評価を下げる結果になったと惜しむ声も少なくない」と言及した。

そして、「長年アニメや漫画を追い続けてきたファンとして、似たような展開を見続けた結果、すでに食傷気味であると感じる。今やあらゆる作品で見かける『血統と宿命』を軸とした展開にほとんど興味を持てなくなってしまった。むしろ出自に頼らず、意志と努力だけで運命を切り開く物語が見たいものである」と結んだ。(翻訳・編集/岩田)

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