日本の音楽・映画・ゲーム・漫画・アニメなどのエンタメコンテンツが、世界でも注目されることが多くなった昨今。本連載は、さまざまなエンタメ領域の舞台裏で、ヒットを生む旗手たちの思考をnoteプロデューサー/ブロガーの徳力基彦氏が解き明かしていく。

 前回は、アニメーションスタジオ MAPPAの100%単独出資で制作され、全世界興行収入297.8億円という大ヒットを記録した劇場版『チェンソーマン レゼ篇』に注目。MAPPA代表取締役社長の大塚 学氏に、その意思決定の背景と、挑戦を通じて得られた手応えについて話を聞いた。そこでは、単独出資という選択が、Netflixをはじめとする映像配信プラットフォームの台頭による業界構造の変化を見据えた上で、制作スタジオとしてどう向き合うべきか考えた末の「戦い方」のひとつであったことが語られた。

 今回は、そんな成功を収めたMAPPAが、2026年1月に発表したNetflixとの戦略的パートナーシップ締結に注目する。アニメスタジオとして、クリエイティブとビジネスの両面における強さを証明したMAPPAが、それでもなおNetflixとの提携を選んだのはなぜか。大塚氏と、戦略提携パートナーであるNetflixコンテンツ部門バイスプレジデントの坂本和隆氏への取材を通して、日本のアニメ業界が抱える持続可能性への課題意識と、提携の先に両者が目指す未来像を浮き彫りにする。

 

MAPPAとNetflixが戦略的パートナーシップを締結

徳力 アニメ『チェンソーマン』の100%単独出資で大きな成功を収めたMAPPAが、「世界基準のアニメスタジオモデルを共創」することを目指して、今年1月にNetflixとの戦略的パートナーシップを発表されました。

客観的に見ると、「100%単独出資で大きな成果を上げられるのであれば、あえて他のプレイヤーと組む必要はないのでは」とも感じられますが、なぜパートナーとしてNetflixを選ばれたのでしょうか。

大塚 100%単独出資は、あくまで作品とファンにとって最善の形を追求するための手段のひとつでした。ですから、実現したいゴールにMAPPA単独では届かないと判断されるのであれば、パートナーシップを組むことに迷いはありません。そう考えたとき、Netflixが持つ国内外の巨大な視聴者層に最適な形でアプローチするには、同社との密な連携が不可欠だと思いました。

逆に言えば、Netflixとこのような提携をしたからといって、MAPPAが関わるすべての作品をNetflixで独占配信するというわけではありません。Netflixの視聴者に対して、作品を最も良い形で届けるにはどうすればいいのか。最も効果的に力を発揮する方法を一緒に模索していきましょうというのが、今回の提携の趣旨です。

  

MAPPA 代表取締役社長

大塚 学 氏

1982年生まれ。アニメスタジオ STUDIO4℃で制作進行を経験後、2011年にMAPPA設立に参加し、2016年に社長に就任。プロデューサーとしても、『残響のテロル』『ユーリ!!! on ICE』『BANANA FISH』『ゾンビランドサガ』などを手がけるほか『呪術廻戦』『チェンソーマン』では制作統括を務め、数々の話題作・ヒット作に携わる。

徳力 この提携のお話は、最初どちらから出たものだったのでしょうか。

坂本 大塚さんと食事をご一緒しながら対話を重ねていく中で、自然な流れで生まれていった、というのが実感に近いですね。何より大きかったのは、クリエイティブに対する思想や哲学が深いところで一致したことです。

たとえ代表の哲学やクリエイティブに対する思想が明確であっても、それがスタジオ組織全体にリンクしているとは限りません。その点、大塚さんとMAPPAという組織には極めて強い一体感がある。それが非常に魅力的でした。

大塚 坂本さんと直接お話しする中で、魅力的な企画がいくつも並んでいったんです。それらに対してしっかり力を入れて、できる限りのことをやっていきたいという思いが双方にありました。そうして、ある程度共通の未来が見えてきた段階で、その未来に名前をつけた。今回の提携は、そういう位置づけのものと捉えています。

徳力 これまでとはどのような違いがあるのでしょうか。

坂本 たとえば、より具体的なクリエイティブの話をすると、従来のアニメ制作では、かなり早い段階でコンテに入るケースも珍しくありません。一方で、今回の提携では、実写作品の開発アプローチと同じように、まず「バイブル(編集部注:制作過程をスムーズに進めるためにNetflixが活用しているツール。物語の起承転結やキャラクター設定について詳細に記した資料で、脚本完成の前段階で物語の全体像をスタッフやキャストが共通理解でき、チームでの作品づくりをスムーズに進める役割を果たす)」をつくりながら、脚本開発から共同で取り組むことも視野に入れています。

またその際には、アニメと実写、それぞれの才能を交流させながら作品をつくっていく。これは既存のアニメ制作のプロセスとは異なる新しいアプローチですが、大塚さんとMAPPAスタジオの皆さんは、非常に興味をもち、オープンな姿勢で向き合ってくださいました。実際に現在進行している企画でも、そのように垣根を越えたスタッフィングでの脚本開発に、MAPPAが主導で動いてくださっています。

また、MAPPAはこれまでも、既存のアニメ制作の枠にとらわれず、アニメ表現とビジネスの両面で新しい可能性に挑戦してこられました。たとえば『チェンソーマン』では、スタジオ主導でIP開発やグッズ展開にも積極的に関与し、日本発アニメのグローバルな躍進に大きく貢献しています。Netflixとして、こうしたスタジオ発の主体的な企画思想に深く共感しており、その挑戦に伴走したいと考えています。

徳力 今のお話は、どちらかというとオリジナル作品についてのお話でしょうか。原作がある場合には、原作をベースに進めることになるのではないかと思いますが。

坂本 原作ものからオリジナルまで、各企画の特性に応じて柔軟なスキームを組み、クリエーションを追求していきたいと考えています。というのも、IPの捉え方や原作者のスタンスは、作品ごとに本当にさまざまだからです。たとえば既存のIPがある作品でも、オリジナルストーリーの要素や、脚本・構成における独自性が圧倒的に重要になるケースがあります。それぞれの企画に合わせて、柔軟かつオープンに、互いにクリエーションを持ち寄りながらコラボレーションしていく。その姿勢が大切だと考えています。

 

不足しているオーディエンスとの「接続感」

徳力 『チェンソーマン』を100%単独出資で成功させたMAPPAがNetflixと組むことに大きな意味があると思い、非常に興味深く感じています。ただ、素人目線で見ると、やはり単独出資で利益を取れるなら、そのモデルをもっと増やしていけばいいのではないか、と思ってしまう部分があります。坂本さんは、提携によって「『バイブル』をつくる段階から一緒に取り組める」とおっしゃいますが、Netflix独占配信作品をつくりさえすれば、今回のような提携をせずとも十分グローバルの視聴者層にリーチできるのではないかとも思えてなりません。

けれども、大塚さんはそうではなく、作品ごとにポートフォリオを組んだほうがいいと考えていて、そのポートフォリオの中にNetflixと組んでつくる作品群を位置づけているわけですよね。今回の提携は、単に「Netflixで配信すれば海外に届く」という話ではなく、もう一歩踏み込んだ意味があるのだと思います。

大塚 Netflixで映像を楽しんでいる日本を含めた全世界のお客さんと、スタジオで一枚一枚絵を描いている人たちの思いを、「より近く接続したい」という感覚なんです。この地域では、この作品がこのように受け止められている。それなら、そのお客さんにより良い形で作品を届けるために、こういう線を描いてみよう。そうした「接続感」が必要だと考えています。

単に「視聴データを開示してもらう」ということではなく、Netflixの会員の方々との距離を縮めたい。そして、会員のことを最もよく把握しているのは、Netflix自身に他ならない。だから組みたいんです。

坂本 一人でも多くの方にアニメを届けるプラットフォームとして、Netflixに魅力を感じてくださっているのは大前提です。私たちからすると、そこはすでに一定レベル実現できている状態といえます。だからこそ、そこをどう超えていくのか。アニメの未来を考えたときには、クリエーションにおいて、お互いのビジョンやプロセスが一致していないと難しい部分があると思うんです。

というのも、アニメスタジオが作品をつくって「できました、配信してください」と渡されたものが、オーディエンスのニーズとズレていることはままあります。たとえば、より欧米的なアニメをつくりたいという志向を持つスタジオさんがあって、その作品を納品してくださったとする。でも、実は徹底的にローカルを突き詰めた作品のほうが、結果的にグローバルに通じるということは決して珍しくないのです。

とはいえ、こうした創作哲学は、各アニメスタジオが持つ大事な思想でもあります。Netflix側が「私たちのやりたいことはこれ」と一方的に押し出してしまうと、良いオリジナル作品は生まれにくくなります。だからこそ、企画そのものをどう選ぶのか、どうつくっていくのか、そしてそれがIPとして広がっていくときにスタジオがきちんと潤う形にできるのか。そこまで含めてコラボレーションしていくことが、今回の理想でした。

   

Netflix

コンテンツ部門 バイス・プレジデント

坂本 和隆氏

1982年生まれ。Netflixの東京オフィスを拠点に、日本発の実写とアニメ作品のコンテンツ制作及び、ビジネス全般を統括。日本における最初の作品クリエイティブ担当として2015年に入社後、Netflixシリーズ「今際の国のアリス」「First Love 初恋」「サンクチュアリ -聖域-」「幽☆遊☆白書」など、多くの実写作品を担当。「Devilman Crybaby」「リラックマとカオルさん」「アグレッシブ烈子」などの幅広いアニメ作品も仕掛け、日本市場におけるNetflixの作品群拡大に貢献。2021年6月より現職。

徳力 従来のやり方だと、大塚さんがおっしゃるような「接続感」はあまりなかった、ということですよね。そして、今回の提携によって、その接続感をより強化したいと考えていると。

坂本 そこが実際、かなり苦労してきた部分だったんです。過去、Netflixオリジナルのアニメ作品に取り組んだとき、“クリエイティブ・フリーダム”に振り切った作品が数多くありました。スタジオやクリエイターの方々が「こういうものをやりたかったんだ」というものを表現する。それ自体は素晴らしいことですが、結果としてオーディエンスとの間にズレが生まれてしまうことがありました。

本来いちばん大事なのは、一人でも多くの方に心から楽しんでもらい、その反響が世界中に広がっていくことのはず。そのためには、もっと別のやり方があるのではないか、やはりクリエイティブの段階からのコラボレーションが圧倒的に必要なのではないか、と考えるようになりました。そして、それを実現するには、スタジオのトップと現場の皆さんがワンチームであることが不可欠です。たとえトップが「こういうものをやろう」と言っても、現場の方々が「いや、それは自分たちの目指すものではない」と感じた瞬間に、成立しなくなってしまいますから。

この2年ほど、さまざまな方にお会いする中で、大塚さんとお話ししたとき、クリエイティブの感覚やプロセスの面で非常に強く一致するものを感じました。そして先ほど大塚さんもおっしゃった通り、一緒にやりたい企画が自然と並んでいきましたが、企画ごとに事情はさまざまに異なります。出版社のIPなのか、同じ出版社のIPでも大きなIPなのか小さなIPなのかによって、取るべき戦術はすべて変わります。ただ、どの戦術を選ぶにしても、スタジオがきちんと潤い、現場の方々の環境も含めて持続可能性をどう担保するのか。そこにきちんとコミットすることが、最終的にはアニメ産業全体の未来につながっていくと考えています。

徳力 坂本さんが日本の実写作品に関わるようになった経緯と近いのかもしれませんね。日本のテレビ番組制作チームだけでも作品はつくれるけれど、Netflixがプロデューサーとして入り、「Netflixの視聴者に向けて、こういう作品を作ろう」と方向づけることで上手くいった。過去にアニメでオリジナル作品に取り組んだとき、そこがうまく噛み合わなかった、ということなのかなと思います。

坂本 アニメのオリジナル作品は、難しい領域とされています。というのも、日本ではマンガ業界が非常に強く、マンガIPがそのままアニメになるという感覚がとても強いからです。もちろんそれは私たちがオリジナルをやらないということではありません。そしてたとえばマンガIPを原作とする作品であっても、ビジネススキームのつくり方にはさまざまな可能性がありますし、その中で、どうすればそれぞれの作品がよりグローバルに楽しんでもらえる形になるのか、ということは常に話し合っています。

大塚 今回の提携はNetflixの視聴者を対象にしたものではありますが、この課題自体は、どんなスキームで作品をつくるにしても存在するものだと思っています。たとえば劇場版『チェンソーマン レゼ篇』がどれだけ成功したとしても、その先、特にグローバルの部分については、権利を代わりに運用していただいているに過ぎません。どうマーケティングし、どう実際に届けていくかというところに、私たちは監修や会議レベルでしか関われていないんです。

少なくともMAPPAは、そこに関する経験もノウハウも、まだまだ足りていない。だからこそ、パートナーから学びながら鍛えていく必要がある、という感覚を持っています。今回も、Netflixという非常に大きなパートナーと共に、私たちは身につけていかなければならないことがたくさんある、という課題意識が大きいですね。

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