日本発の同人誌即売会として世界的にも知られる「コミックマーケット」が、1975年12月の初開催から50周年を迎えました。
年2回、夏コミ、冬コミとして開催され、会場である東京ビッグサイトには30万人(2025年12月開催時)が集結。
漫画、アニメ、ゲームなど様々なジャンルの同人誌や作品が展示/頒布されるほか、多くのコスプレイヤーも参加する“お祭り”は、長年にわたり日本の創作文化に影響を与え続けています。
そんなコミケの企画展「コミケ50周年展-コミケにまつわる50のアイテム-」が、2月27日(金)~6月15日(月)まで明治大学 米沢嘉博記念図書館・現代マンガ図書館で開催中。
会場である明治大学・米沢嘉博記念図書館
えなこさんやしぐれういさんのコミケの参加初期のサークルカットなども展示
会場では、半世紀にわたるコミケの歴史をぎゅっと凝縮。
第1回開催時のサークル配置図をはじめとする貴重な資料の展示に加え、TYPE-MOONの前身サークル「竹箒」やコスプレイヤーのえなこさん、イラストレーター/VTuberのしぐれういさんなど、コミケ出身のクリエイターも紹介。
今回は初日に行われた内覧会の様子をレポートします。
【画像一覧】写真で振り返るコミケの歴史記念すべき1回目のコミケ──参加サークル数32、一般参加は700人の女子中高生
「コミケ50周年展」では、コミケを運営するコミックマーケット準備会所蔵の資料と、第2代コミックマーケット代表の故・米沢嘉博さん(漫画評論家)の膨大な資料から、“コミケにまつわる50のアイテム”をピックアップ。
わずか32のサークルでスタートした1970年代、その後急速に参加者が増加する1980年代、社会の認知も高まる一方で課題も増えた1990年代、様々な変化とコロナ禍を経験した2000年代と、各時代の状況が当時の資料とともに展示されています。
1970年代後半のコミケのサークル配置図
1984年の「コミックマーケット27」(C27)でのサークル配置図。1970年代と比較すると大幅な参加者の増加がうかがえる
1975年12月、東京・虎ノ門にある日本消防会館会議室で初開催された第1回コミックマーケットには32のサークルが参加。一般参加者は推定で700人、その90%が少女漫画ファンの女子中高生だったといいます。
初期のコミケ参加申込書
会場には、第1回開催に向けて、コミックマーケット準備会の母体となった批評集団「迷宮」のメンバーが作成したコミケの草案と思われる「迷宮ノート」なる資料も展示。
そこには、「全国の漫画サークルが集える場を定期的につくっていきたい」という思いが綴られています。
もはや「物心ついたときにはコミケがあった」という人も多い現代──50年前の誕生時の熱量に触れることで、コミケという存在の輪郭がより明確になってくるかもしれません。
「迷宮ノート」に書かれたコミケの草案と思しき文面
50年前のサークル配置図、放火事件や『黒バス』脅迫事件の資料も
初期の資料としてはほかにも、第1回開催時の申込書やサークル配置図、第5回開催時の参加者向けアンケート、第15回でスペースの問題を理由にサークルに対して参加を断る謝罪の手紙、90年代に入ってからメディアがコミケを報じた新聞記事なども。
思わず「そんな昔の資料が残ってるのすごい!」と声を上げてしまいそうになります。
1990年代にコミケを報じた新聞と取材メディア
また、展示された資料には、当時を知る関係者の解説も付属。参加者の拡大に伴う会場の確保、社会的認知が高まる中での対応など、コミケが直面した問題についても語られています。
1998年の夏コミと冬コミで発生した放火事件、 2012年の『黒子のバスケ』脅迫事件に伴う同作品サークルの参加見合わせ、そして2020年のコロナ禍における開催中止や延期。
放火事件当時の現場写真も展示
『黒子のバスケ』脅迫事件の3年後、他の同人誌即売会の協力を受けて開催されたオンリー即売会「くろけっと」で発行された記念アンソロジー
中でも放火事件に関する展示では、現在もコミックマーケット準備会の共同代表をつとめる市川孝一さんの証言もあわせて紹介。「1998年8月13日18時過ぎ、自分の携帯電話に『ホール内で火災が発生』の一報が入ってきました!」──当時の緊迫感が漂う様子が伝わってきました。
コロナ禍で決断したコミケ初の中止「一人だったら耐えられなかった」
「たぶん、一人だったら耐えられなかった」
内覧会当日、集まった関係者を前にそう振り返ったのは、コミックマーケット準備会の共同代表の筆谷芳行さん。現在、準備会は筆谷さんと安田かほるさんと市川孝一さんの3人が共同代表をつとめています。
「3人が代表になって20年くらいですが、コロナ禍での中止の決断は、一人では耐えられなかった。あれは辛かったです。コミケ=同人誌の全てではないけど、一度やめたら継続して参加していた人たちはどうなる? 印刷会社や周辺産業は? そう考えたらやるしかないのかなと」
コミックマーケット準備会の共同代表の一人・筆谷芳行さん
コミケ50年の歴史でも、近年の大きな転換点となったのがコロナ禍における開催中止でした。筆谷さんによれば、当時東京オリンピックなどの大型イベントが中止/延期するなか、関係者の間では「コミケットだけは開催するんじゃないかというものすごい幻想があった」と吐露します。
それでも、最終的には社会状況を鑑みて中止を決断。
「みんな心のどこかで、共同代表の3人に“それでもやろうよ”って言ってもらいたかったと思うんですが、“残念だけど中止にしよう”と。あの数日間の決断をはっきり覚えています」
その後のコミケは、ワクチン・検査パッケージや事前チケット制など導入しながら再開。とはいえ、サークルを含む参加者数を削る必要があり、「参加したい人が誰でも来れるはずのコミケットが、参加したくても来れないコミケットになっちゃって」と、悔しさを滲ませました。
アニメ、漫画、コスプレ──コミケと創作文化の未来を考える50周年展
コロナ禍を乗り越えた現在、今度は東京ビッグサイトの改修工事によって、まだ会場をフルで使える状態ではありません。
「工事終了後には、多少余裕のあるコミケットが復活して……たぶんそうはならないような気もしますけど(笑)、来たい人を全部受け入れるコミケットが再開できるんじゃないかなと思っています」
初期のコミケの写真も展示
半世紀も前に有志がはじめたイベントが、昭和・平成・令和と元号をまたいで現在まで続く。その歴史の中で、多くのクリエイターを輩出して創作文化を支えながら時代ごとに変化してきたコミケは、今後どんな姿になっていくのでしょうか。
「コミケ50周年展」では、そんな文化の未来を考える上でも重要な“コミケのはじまり”に触れることができます。本音を言えば、もっと大きな会場でもっとたくさんの資料を展示して、辞書みたいに分厚い図録をつくってやってほしいくらい、貴重な記録に溢れていました。

ポップポータルメディア「KAI-YOU.net」編集長。1985年生まれ。東京工芸大学アニメーション学科卒業後、エンタメのマーケティング・コンサル会社で業界誌やフリーマガジンの編集/記者として従事。2017年からKAI-YOU inc.、2020年1月から現職。アニメや声優といった領域を中心に、取材・編集・執筆を行っている。KAI-YOUフットサル主催。
