@落語 #パンサー尾形 #紺野ぶるま #若槻千夏 「尾形の家騒動」「三鷹のブルマ騒動」
「尾形の家騒動」
いやぁ、みなさん、家ってのはね、ただの箱じゃござんせんよ。人生の縮図、夢と現実のせめぎ合いでござんす。でね、聞きましたか、あのパンサー尾形さんの話。こないだテレビで、まるでドラマのような豪邸を見せてくれたんですわ。もう、見るからに「私、成功者です!」って匂いがプンプンする。32畳のリビングだと。リビングが32畳って、もう広すぎて何がなんだか。あ、畳ですよ、畳。畳32枚じゃない。32畳ですよ。もう、走れますわ、子ども追いかけて。
さて、尾形さん、7年前に娘さんが生まれて、5200万の建売住宅を買ったんですと。ほうほう、まあ普通の家庭の範囲内ですな。ところが、隣の家と近すぎる、日当たり悪い、これじゃあ子どもも可哀想だと。それで、今回また家を建てることにしたんですわ。2階建て、屋上付き、3SLDK。おや、1SLDKどころじゃない、Sの付くスペシャルなやつですな。構想に1年3ヶ月かけたそうで。いや、構想だけで1年3ヶ月って、もう家じゃなくて哲学書でも書くんかい、って話で。
で、テレビの司会者が「お金とかどうしたんですか?」と聞くと、尾形さん、にこやかに「前の家を売った」と。なるほど、売却金を新居資金に充てた、と。ところがですね、ここからが本番。売却金だけじゃ足りない、足りないからと、さらに6000万円の借金をしたと。
ああ、借金か。借金ってのはね、笑い話でもあり、泣き話でもある。銀行から全部借りられれば良いんですけど、世の中そんな甘くない。尾形さん、銀行に断られたんですな。そこで吉本興業にお願いする。吉本に? そう、吉本にお金借りる。しかも600万円足りないって言ったら、「じゃあ貸しますよ」と。いや、あんたの仕事、笑わせる仕事でしょ? お金貸すのも仕事になっちゃった。
そして、条件がまた厳しい。1年で返せ、月50万円ずつだと。1年で50万ずつ返すって、もう月給が全部返済に消えるレベルですわ。しかも吉本だけで、ですよ。そりゃ、尾形さん、テレビで笑いながら話してましたけど、家に帰ったら奥さんに「今月も50万返したよ」と報告して、奥さんも「はぁ……」って、息も絶え絶えでございますわな。
しかし、ここで談志師匠風に言いますと、笑いってのはね、こういう悲喜劇の中から生まれる。尾形さん、借金はあるけど、だからこそ仕事頑張ろうってなる。人間、追い詰められないと、なかなか火はつかんのです。火がつくのは、こういう現実のプレッシャー、月50万の返済とか、隣家が近すぎて日当たり悪いとか、そんな小さな不満が積み重なったときなんですな。
さて、ここでひとつ社会風刺を。今の世の中、住宅ローンって、誰でも借りられると思ったら大間違い。銀行はね、完璧な人間しか貸さない。完璧な収入、完璧な勤務先、完璧な信用履歴。ああ、そんな人間、ここに何人おりますか? 尾形さんみたいに吉本に頼むしかない、っていうのは、芸能人だけじゃない。われわれ庶民だって、生活の中で「ちょっと足りない」ってとき、借りたいけど借りられない。そういう現実の厳しさをね、尾形さんが笑いに変えてくれている。ありがたい話ですわ。
で、尾形さん、2017年に結婚して、翌年長女誕生。まあ、幸せな家庭。けど、幸せってのはね、お金がないとちょっと危うい。お金ってのは、幸せの補助線ですな。補助線、見えないとこで支えてくれる。家が狭い、日当たり悪い、隣家近い、これ全部補助線なしだと、家庭も危うくなる。だから尾形さん、今回32畳のリビングにこだわったわけですわ。広くて明るくて、家族が笑顔になる、これが目的ですな。
いや、しかし、ここで談志師匠風の落とし所をひとつ。尾形さんの話を聞くと、結局人生って、家もお金も仕事も、すべて自分で何とかするしかない。銀行がダメなら吉本。隣家が近すぎるなら屋上を作る。日当たりが悪ければ窓を大きくする。誰かが助けてくれるわけじゃない、自分の知恵と勇気で切り抜けるしかない。そこに笑いも生まれる。笑いは、苦しい現実を乗り越えるためのスパイスですわ。
というわけで、尾形さんの家騒動、ただの芸能ニュースじゃござんせん。人生の縮図ですな。借金も、苦労も、家づくりも、全部ひっくるめて、人間は笑いながら生きていく。それが談志流の見方ですわ。
最後に尾形さんの言葉を借りると、「やっぱり仕事頑張ろうって思うね」。これ、いい言葉です。借金あっても家が豪華でも、最後に頼れるのは自分の働く力。皆さんもね、笑いながら、でも堅実に、人生という名の家を建てていきましょうや。
おあとがよろしいようで。
2幕目
「三鷹のブルマ騒動」
さてさて、皆さんご存知かいな、今時の若いもんの出世話ってやつは、ほんとにようわからんもんでしてな。今日のお話は、紺野ぶるまっちゅう芸人の話でございます。いやあ、あの子もなあ、まるで噂の「三鷹の若槻千夏」やったんですわ。ええ、東京の三鷹で育ったんですけどな、高校生のころ、ギャル雑誌にハマって、もう見た目がヤマンバでございますよ。顔は真っ黒、髪は金、まるで夜空に浮かぶ満月かと思えば、口紅だけ真っ赤で、そらもう化粧品屋の在庫一掃セールかってなもんでな。
ところが、高校でやっと思い出してほしいんですけど、女学生がヤマンバになったらどうなるか。そう、私立女子高を退学になるわけですよ。いやあ、時代もありますけど、学校もそこまでさせんでええやろっていうね。でもな、その退学を機に、ギャル熱は一気に冷めてしもうたと。人間っちゅうもんは不思議なもんで、背が高い、顔がいい、周りから「パリコレ行けるんじゃね?」なんて持ち上げられた途端、本人は調子に乗る。これが、紺野ぶるまという人間の最初のステージでございます。
でな、本人も思うわけですわ。「せっかく可愛いって言われとるんや、モデルやってみようやないか」ってなもんで、事務所に応募。ところがこれが、世の中甘ないんですわ。レッスン代、宣材写真代、トータルで100万円ぐらい飛んでいくわけですよ。いや、100万円あったらね、まあ、東京で一か月、腹いっぱい食べられますわ。ほんで結局、モデルやめちゃう。世の中、金だけが飛ぶんや、夢も飛ぶんや、ほんま飛ぶもんだらけですわ。
それで終わりかと思えば、ここからが面白い。体調崩して入院するわけですな。病院のベッドで、ああ自分ももう終わりかと考えてたんでしょうけど、退院しても金はなし、体調も悪し。そしたらテレビで見たわけですわ、ハイキングウォーキングの鈴木Q太郎と、くまだまさしが「爆笑レッドカーペット」に出て、ブルマを二人で履いてるネタをやっとる。もう見た瞬間、心の底から笑ったと。「ああ、こんな大人になりたい!」ってなもんで、芸人の道に入るわけです。いや、人生、何がきっかけになるかほんまわからん。病院のベッドか、テレビのブルマか、いやいや、笑いこそ人生の救いでございますな。
芸人としての最初の一歩も面白い。高校の同級生を誘って、「ブルマニアン」っちゅうコンビ名で活動開始。ブルマ履いて芸をやるわけですよ。皆さん、今時の芸人はな、格好ばっかりで笑い取ろうとすると思うやろ。ちゃいますわ、紺野ぶるまはね、心の底から「絶対にブルマを履いて鈴木Q太郎とくまだまさしとネタがやりたい!」っていう情熱ですわ。志、ただの変態ちゃう、これぞ本物の志。いやあ、志をブルマに託すって、なかなかでっせ。
それで芸名や。紺色のブルマで「紺野ぶるま」。名前だけで覚えてほしいってんですわ。いやあ、芸名まで計算してブルマ履くんですから、笑いの世界って、やっぱり頭脳戦ですわ。誰かの真似やなく、自分の憧れを形にしていく。これがプロの技ってもんでしてな。ブルマ一枚でここまで話を作れるって、もうこれは笑いの錬金術師ですわ。
いやあ、しかし考えてみますと、現代の若者は実にたくましい。三鷹の女子高生が、ヤマンバからモデル志望になって、病気して、ブルマで笑いを取る芸人になるんや。普通ならそこで人生詰むとこやけど、紺野ぶるまは笑いに変える。いや、笑いってのはな、ただの娯楽ちゃうんですわ。社会の不条理、金の無情、病の苦しみ、全部をひっくるめて、ブルマ一枚で切り抜けるんですわ。これはもう、人間の根源的な力、いや、談志師匠が言うところの「人間力」とでも申しましょうか。
で、皆さんに教訓。若いもん見て「ふざけんな」と思うんやない。時代は変わる、価値観は変わる、ギャルがブルマになり、ブルマが笑いになる。人生、笑えるもんは笑わな損や、笑わなあかん。笑いこそが、健康も金も名誉も超える最強の通貨なんや。紺野ぶるま、38歳、まだまだ現役でブルマで世の中を笑わせておりますわ。いやあ、ありがたいことですなあ。
さてさて、皆さん、今日からブルマ履いてみませんか。いや、履かんでもええけど、心の中でブルマを履いて、人生の重みを笑い飛ばす。それができたら、あなたも今日から紺野ぶるま、いや、人間として一枚上手ですわ。
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