#ショート #篠崎愛 #グラビアアイドル
篠崎愛(31)が復帰後2作目となる写真集「篠崎愛 写真集 YOUNG CHAMPION 15years Memory」を発売した。2021年のグラビア活動復帰から2023年現在までのヤングチャンピオンでの撮り下ろし未発表作品を収録した写真集だ。内気だった少女がグラビアスターへと成長するまでの軌跡、さらに話題となったAKB発言の真相を聞いた。
【徳重龍徳/グラビア評論家】
【写真16枚】“ポスト篠崎”は現れなかった…童顔とぽっちゃり奇跡のバランス
インタビュー中、篠崎は朗らかに笑顔で話していた。最初に取材したのは14歳の頃、当時は人見知りの激しい少女だった。随分しゃべれるようになったと伝えると「あの頃はしゃべれなかったです。病的でした」と苦笑いを浮かべた。
「本当にかなりの人見知りで、自分の声を聞かれて『篠崎愛ってこんな声なんだ』とか思われるのも嫌でした(笑)。取材では大人がいっぱいいて、緊張するのもあったんですけど、自分がどんなことを考えているか知られるのも恥ずかしい。全てが恥ずかしかったんです」
篠崎の人見知りな一面は取材だけではなく、グラビアの撮影現場でも顔をのぞかせた。
「撮影現場でも全然しゃべれなかったですね。何か話しかけられても、なんか無視してました(笑)。DVDの撮影だとオフショットやインタビューがあるんですが『好きな食べ物は?』とか聞かれても無言で。言いたい気持ちはあるんです。心の中では言ってるんですけど、それが声に出なくて」
学校でも目立つタイプではなく、むしろ目立たない、目立ちたくないタイプだった。
「学校でもしゃべれないんですよ。仲良くなるまでかなり時間がかかっちゃうタイプで。恥ずかしいから、髪の毛で顔を隠して、廊下の端っこを歩くみたいな子だった。さすがにこのままじゃマズいと思って、近くに座ってる同じようなおとなしいタイプの子に話しかけて仲良くなっていきました」
デビュー直後に写真集とDVDが決定、いきなり海外ロケへ
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篠崎愛(撮影・徳重龍徳)(他の写真を見る)
漫画やアニメに出てきそうな超人見知りキャラ。なぜそんな篠崎が芸能界、しかもグラビアの世界に飛び込んだのだろうか。
「もともとモーニング娘。さんが好きで『モー娘になりたい』と思っていたんです。小学生の時はクラスの女子全員がモーニング娘。さんを好きで、みんなでオーディションを受けて、みんなで落ちました(笑)。芸能の仕事をやりたいというのはなかったんですけど、原宿でスカウトされて。親に言ったら『やってみれば、思い出になるんじゃない』と言われてその事務所に入りました」
事務所の会議室で水着になったら、周囲の大人から「グラビアできるよ」と言われた。とはいえ「普通に生きていたら女の子ってあんまりグラビアを見る機会ってないじゃないですか。コンビニに行っても素通りしちゃうし」と知識はなく、グラビアといわれてもピンと来なかった。
しかし、その逸材ぶりを周りは見逃さず、デビューしてすぐに仕事が決まってしまう。
「入って2日ぐらいで出版社とかに顔合わせにいったら写真集とDVDがすぐ決まったんですよ。もう訳もわからずって感じでした。ちょうど探してた感じの巨乳で童顔というタイプに私が当てはまったんだと思います」
現在のグラドルは撮影会などを経て、DVDの撮影ということが多いが、篠崎はいきなり海外ロケ。そう聞けば羨む人もいそうだが、人見知りの少女にとっては地獄だ。
「行きの飛行機から不安でした。どうしたらいいの、カメラを向けられても笑えないんだけど、みたいな状態で(苦笑)。撮影はセブ島でいきなり1週間弱みたいな感じで、本当にホームシックになっちゃって。めちゃくちゃしんどかったです」
デビューするとグラビア業界で話題となり、瞬く間にスターに。その人気は今も続く。
篠崎が売れた後、各事務所、雑誌社はポスト篠崎を探し、実際にキャッチフレーズをつけられた人間もいたが、結局はうまくいかなかった。童顔、巨乳、ぽっちゃり。グラビアの人気要素が奇跡のバランスで成り立つ人間は篠崎以外いなかった。
遊びたくて泣いた高校時代
雑誌、DVD、写真集と仕事は決まっていった。一方、クラスメイトたちの反応はどうだったのだろうか。
「わかりやすくテレビに出てるとかじゃないからそんなになかったですね。コンビニに載っている雑誌は並んでるから、グラビアに出てるのは知ってたと思うけど、私に何か言ってくるとかはあんまりなかったです。私も本当に仲のよい子少人数で喋ってる感じだったんで」
グラビアでの人気は高校生になっても増すばかりだったが、その頃になるとグラビアの仕事がつらくなってきた。忙しすぎたのだ。
「学校優先だったんで、土日や夏休み、冬休みとか長い休みの時はずっとロケで、全然遊べなくて。ロケに行っても楽しくないというか『私、何してるんだろう』『私の学生生活、このままでいいの? もっと楽しんだ方がいいんじゃないの? 学生って今しかないんだよ』と思って。だからロケに行っては毎日泣いてました。私、遊びたいって(笑)」
平日は学業優先だったが、篠崎家では「親が『この子は芸能の仕事もしてるし、なんかあったらダメだ』と考えていた」こともあり、門限は夜7時まで。高校生なのに門限が早すぎることも恥ずかしくて友達には言えず、ストレスをためた。
「でも、グラビアの作品を出すと、イベントに来てくれるファンの方がいっぱいいる。 そうなるとやっぱり応援してくれる人はいるし、嬉しさとこの人たちを悲しませたくないという責任感もありグラビアは続けてました。ただ遊びたくて泣いてましたけど(笑)」
アイドルグループへの参加は大きかった
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篠崎愛(撮影・徳重龍徳)(他の写真を見る)
2000年代の終わり、最初の事務所を退社する。その時、芸能界からの引退も考えた。
「でも次に入ることになる事務所の社長に『アイドルグループをやろう』と言われて、やってみたいと思ったんです。アイドルはもともと好きだし、可愛い衣装を着て、歌えるんだったら楽しそうだと思って。社長さんは『歌で行くから、グラビアはやらせない』と言ってたんですけど、入ってみたらめっちゃグラビアもやることになって(笑)」
こうして篠崎は4人組アイドルグループ「AeLL.」のメンバーになる。このグループでの活動は篠崎にとって大きかったという。
「芸能界に復帰するとなった時、以前のように喋れないまま復帰するのはマズいなという思いが自分の中であったんです。それに『復帰して雰囲気変わったね』と思われた方がギャップがあっていいかなとも考えました。グループ自体も楽しくて、最悪、私が喋れなくてもほかに喋ってくれる子がいる安心感もあって。 緊張せず気持ちを緩めたり、自然に笑ったりできるようになりました」
AeLL.の握手会にはグラビアの時からのファンもきたが「なんか、めっちゃ笑うようになったね」「こんなに喋ると思わなかった」と、変化に驚かれた。
あの“炎上発言”の真相は
篠崎といえば「AeLL.」活動時、テレビでの発言が話題になったことがある。
2013年に出演した『ナカイの窓』(日本テレビ系)に出演した際、「ぶっちゃけAKB48がウザイ!」という質問に対して、出演したアイドルの中で一人だけイエスのボタンを押し、「AKBがグラビアにも進出してくるので、ほかのグラドルたちのニーズが薄くなっている」と話したのだ。当時、AKBは人気絶頂とあって、この発言は賛否両論を読んだ。
篠崎に今回、その話を聞くと裏事情を教えてくれた。
「テレビで爪痕を残すために、ほかの出演者の方もみんなボタンを押すと思ってたんですよ。AKBさんにみんなが噛みついて、その場が盛り上がると想定したんです。喋るのは得意じゃないんで多数派に入ろうとしたつもりが、実際は私一人しかボタンを押してなくて(苦笑)」
発言自体もグラドルとしてのプライド、ではなく流れで話さざる得なくなったのだという。
「実際は別にAKBさんにはムカついてなかったんですけど、番組のことを考えて話したらあんなふうに炎上しちゃった…。実際、AKBの方々は私みたいなぽっちゃりした感じとは全然違うタイプ。なので、グラドルとして邪魔とか嫌というのは全くなかったですね」
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