これは、東京藝術大学博士審査展2021に出品した、『春に』という和紙を用いたインスタレーションのメイキングビデオです。
以下に、会場で配布した作品解説の資料を添付します。

ーーー

『春に』について

この作品では、春の陽だまりの、光の表現を試みました。
早春の、桜の下にできた小さな陽だまりを、私は遠くからみていました。
それは、両腕を広げたくらいの範囲にも関わらず、私を包み込むかのようでした。
その光に感じた、言葉では言い表せないような尊さを、表現しようと試みています。

私はこれまで、切り絵を用いた表現をしてきました。
しかし、『春に』の表現を試みるに当たり、切り絵の穴を有しながら、一枚の紙として成り立たせる方法を模索しました。
そこで出会ったのが紙漉きです。

紙漉きは、愛知県の小原和紙作家、かのうともみひさしさんに学びました。
楮は、長谷川なおみさんが栽培されている、繊維が長く白い、秋田楮を用いています。
かのうさんは、溜め漉きと、流し漉きの間の漉き方である、半流し漉きをされます。
半流し漉きは、大量生産に向かない代わりに、創作的な紙をつくることに向いています。
しかし、現在、その漉き方をしている作家はほとんどいないそうです。
消えゆく文化を知って頂きたいという気持ちから、映画監督で桜美林大学教授の大墻敦(おおがきあつし)さんに撮影・編集して頂き、making動画をつくりました。

making動画では、紙ができる過程で、私が体感してきたことの一部を、感じて頂けたらとも思っています。
この紙は、木であり、土や水、火、空気、太陽など、たくさんの恵を受けてここにあります。
私たちは、紙を紙として認識しますが、それは、様々な要素の集合であり、本来、不可分な、一体的なものです。
これは、紙だけでなく、人はもちろん、すべてのものやことに対しても言えることでしょう。

その一体感は、この作品空間を人が歩くことで、触れていないのに紙がついてくることにも感じられます。
普段意識しない空気の流れと、空間に存在する様々なものやことの、相互作用的な一体感を感じて頂けたら嬉しいです。

空間に溶ける白のグラデーションにも、個の境界の曖昧さと、別の視点からの、相互作用的な一体感を感じていただけるのではないかと思います。
この、環境に溶ける試みは、修士の修了制作でも大きな要素でありましたが、今回、ねらってそうなったというよりは、自然とそうなったことに、私自身が驚きをもっています。

展示空間である陳列館は、90年以上前に建てられました。
これまでにたくさんの作品や人を受け入れてきたこの空間に、今、私たちが存在することの面白さが感じられます。
2階は、高い天井と、天窓による上からの自然光によって、ライトを用いた時とは違う、美しい光を感じることのできる空間です。
白壁だけでなく、白い紙が光を拡散し、この空間に調和をもたらしているように思います。

自然光による展示のため、時間によって、表情が変わります。
10時の、入り口正面奥からの光は、紙の柄を浮き上がらせ、
12時の、右高い位置からの清々しい光は、紙の存在を際立たせ、
14時以降、空間が陰ってくれば、紙は空間に溶け、
16時半以降のライトアップでは、夜桜の雰囲気が楽しめます。
この、環境によって変化する様子は、私たちの生きる世界の美しさを、改めて感じさせてくれるのではないかと思います。

紙の配置は、紙も人も、流れ、循環し、その存在自体が、私の感じた陽だまりの光に近づくようにするとともに、そこを通る方にも、光を感じていただけるものになるよう試みました。
その決め手は、この空間や紙の織りなす存在感のエネルギーでした。
導線などの機能的な面と折り合いをつけながらですが、少しの位置の差で、空間から感じられる存在感のエネルギーは全く違うものになります。
それが、陽だまりの光とできるだけ重なるようにしました。

まだ、私の感じた尊さには遠く及びませんが、少しだけ近いものができたように思います。

鑑賞して下さる方に、私と全く同じものを感じて欲しいわけではありません。
ただ、この空間という存在を、それぞれに、あるがままに味わって頂きたく思います。

この展示を支え、関わって下さった方々、足を運んでみて下さる方々、また、人以外にも、この展示を成り立たせてくれた全ての存在に、心からの敬意と感謝をもって、展示にかえさせて頂きます。

中村仁美(儒纏)

ーーー
/Hitomi Nakamura ” in Spring ” @Doctoral Program Final Exhibition in Tokyo University of the Arts 2021 : making video” making spring “〈Shooting and editing by Atsushi Ogaki〉

WACOCA: People, Life, Style.

Pin