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転生したらザネ(氏真)ってた
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「殿、大殿の弔い合戦の下知を早く」
と朝比奈とかいう今川家の家老のおっさんが、俺に掴みかかるように言った。
「と、時まだ至らず、皆の者しばし辛抱いたせ」
俺は独りカラオケで鍛えた美声を生かして朗々と言ったつもりだ。ところが、オーディエンスの反応はショボかった。
(………………)
今川侍全員が給料遅配の発表を受けたリーマンみたいに無言かつ不満顔をさらす。
「な、何ゆえ、今、合戦を起こさぬのですか」
ヘタレなのか、てめえはという目
宿老一堂ますます怪訝な表情で俺を見つめる。
「あっちは調子乗ってるんだ。勢いに乗ってる奴には手を出すなってことだよ」
どんどん評定の場のテンションが下がっていくのが分かった。あちこちからため息と私語が半端なく聞こえてくる。
「だが、無策でただ待つわけじゃないんだ、策はある」
僕は慌てて言ってみた。さすがに、家臣団半分が明日にも寝返る事態は避けたい。
「ほう、どのような」
二番家老の由比某という爺さんが聞いてきた。
「楽市楽座をやる」
「楽市、何ですかそれは」
「誰でも駿府で商売をすることを許す。特権商人の独占を改めて、それで駿府に人を集めて商業を活性化させる」
私語はかなり減って、俺の声はその場に武将たちに届いていた。
「それで税収を増やして、銃を買い鉄砲隊を編成して信長に復讐する」
「そ、それはちと悠長過ぎるのではないですかね」
つ、ついに奴が発言してきた。この氏真の転落のファーストトリガーとなったスーパー危険人物にして、日本史最大の英雄。
松平元康、後の徳川家康であっる……
「た、確かにな」
俺は咳払いして、奴の大きな目を見返してやった。
(まるで、値踏みするように、見てやがる)
「そこで思いきって、元康どのに対織田戦略の司令塔になって頂く」
俺は思いきって言ってみた。まずは英雄に相応しい仕事与えたつもりだったが……
「また、三河兵を犠牲にして織田から今川を防ごうというのですか?」
(うわあ、全く信頼されとらんわ、義元おとんのアホ)
「い、いや、いくさは今川兵が先方になってもいい。それより今川家の今後の外交諜報戦略を主導してほしい」
「外交ですか、今後はどこと結ぶのですかな」
元康は少しやる気を出して言った。自分の手駒が今川の戦争で消耗するのが心底不愉快なんだろう。気持ちは分かる。
「美濃の斎藤と結ぶ。あれは織田の次の標的だからな」
「斎藤義竜に、西から織田を攻めさせますか。しかし、桶狭間の英雄相手に動きますかな」
そこで、俺は元歴史教師ならではの、マニアック知識を活用する。
「義竜は父の道三を殺して美濃を手にいれた男だ。父殺しの罪悪感は今も強い。そうだろう」
「確かに、あの男は斎藤を名乗らず母の実家の一色家を名乗っているとか。父の血脈を否定しようと足掻いておりますな」
「そうだ。しかし、それは偽りの名乗りだ。美濃国外で認めている大名などおらん。あいつは所詮元油商人、道三の種だ」
「しかし、噂では母親は道三の旧主土岐頼実の側室で一色家の者だとか」
「うむ、父親も本当はその土岐頼実だという噂はある。しかし、それが本当なら父殺しの罪の意識を持たない。どうだ」
土岐頼実から美濃を奪った道三を見事に成敗して、うじうじ悩んでいるのは、奴が道三の実の息子である証拠ではないか。
「仰せの通りですな」
元康は分厚い顎の肉にシワを走らせた。うっすら笑ってるのだろう。
「一色家と元は同族である我が今川家が、奴の一色家の名乗りを率先して認めてやるのだ。更に足利将軍家にも働きかけて恩をうる」
「なるほど、将軍家のお墨付きを殿が義竜の為に取得してやれば、奴は殿に恩を感じるだろうと」
「勿論義竜タツが織田に攻める時は、今川が主力となって東方から支援する」
「なるほど、良き案かと」
元康は大げさに感心して見せる。勿論本音はそうじゃないだろう。妻子をこの駿府に人質に取られている限り、大人しく俺の命令に従うつもりなのだ。それもいつまで続くか分からない。ただ、今川は歴史の本を読むと、名家というプライドに縛られてプライドゼロの野生動物(織田、徳川)に食い殺された印象があった。でも、名家ならではの武器も活用できるはずだ。
やっと夜になって評定(お家の会議)が終わり、俺は大好きな元教え子と二人っきりになれた。でも、不満なのは彼女がもう以前ほどロリ外見じゃないってことだ。前はそばかすがあって、小顔で如何にも田舎の素朴な炉中って感じだった。しかし、この戦国時代に俺と転生して姫となって、外見が別人になってしまった。とにかく美人過ぎてまっすぐ見てると照れ臭くて、むやみに喉が渇く。俺は手酌で酒を飲んだ。瑠璃も中身は世間しらずのガキだから酌とかしない。
「先生疲れてますね」
そういってクスクスが瑠璃が笑っている。学生時代から美人に優しくされる時は、利用される時と決まっていたけど…..
「まじで、今日は失神するほど疲れた」
俺の膳には大きな鯛の塩焼きが載っている。この時代には贅沢品なんだろうが、魚ばっかりで飽きてしまった。
「肉食いてえ」
「あ、そっちかあ」
瑠璃がため息つく。
「そっちって、何だよ」
「食べたいのは、私かなあって、てへへ」
「ええっとお……」
俺は元教え子の恥をかなぐり捨てた、必死のアピールに目が点になった。
「だって侍女たちが、先生に夜、愛されてるか結構聞いてくるんだもん」
拗ねた表情はなかなか子供っぽくて悪くない。でも、言ってる内容が生々しくてやりきれない。
「あ、侍女って北条氏の実家から付いてきたやつか」
瑠璃は少し顔を紅潮させて、泣きそうな声で訴える。
「先生変態ロリコンだから、大人になった私に興味ないんでしょ」
「そんなことねえって」
「じゃあ、私は何で今だにエッチ知らずなのよお」
「お前15歳のくせに、言うことがませてるぞ」
俺は思わず教育者の気分で言った。つっても、非正規の女子高の貧乏講師だったんだが。
「もう15歳の瑠璃はあの地震で死んだの」
「じゃあ、目の前にいるお前は何なんだよ」
「なんか夢みたいなもんでしょ」
「夢って誰のだよ」
「わかんないけどオー、現実じゃないよお。何で私が北条の瑠璃姫で、今川氏真の奥さんなのお」
「まあ、そんなにパニクるなって」
瑠璃は昔みたいに無防備に泣き出した。俺はどうしたものかと、鯛のお頭のハクダクしたメン玉を見て悩んでしまう。
「とにかく鯛食えって、焼きたてで旨いぞ」
俺は無理やり笑顔を作って勧めた。
「あああん、マック食べたい、熱々の牛丼も欲しいよお」
「泣くなって、瑠璃、俺だって泣きたくなるだろ」
「じゃあ、せめてナデナデして」
「いいよ、ナデナデしてやる、こっちこい」
艶やかな黒髪美人の瑠璃がおずおずと、俺ににじり寄る。若い女の魅力的な香りが俺の鼻腔を暴力的にくすぐる。
「瑠璃もすっかり典雅な姫様だな」
瑠璃は無言で俺の膝に頭を置く。北条方の侍女たちが、見たらまずい光景ではある。
「もう、二人だけなんだよ。私たち」
「あの地震で俺たちは、校庭に飲み込まれたんだよな」
この世界に来る前に東京は崩壊していた。
「そう、でも、ここにこうして生きてるっぽい」
「確かにもう二人だけだな」
「お母さんに会いたいよお。弟にも」
「お父さんは会いたくないのか」
俺は不思議に思って聞いてみた。
「お父さんの代わりがいるもん」
「はあ、俺のこと? 俺は旦那様だよ。保護者じゃねえって。瑠璃姫さんよ」
俺は馬鹿馬鹿しくなったが、瑠璃が離れようとしないのでずっと頭をナデナデしてあげた。腕が痺れてきた頃には、瑠璃はすうすう寝息をたてていた。美人も寝顔は隙だらけだ。元々が田舎の中学生だからなのか。
「おーい、寝るなこんなとこで」
彼女の耳元で言ってみたが、彼女の寝息は大きくなっていく。ふと目元を見るとうっすらと濡れていて、俺は元教え子が不憫になってしまう。仕方ないので彼女の髪をしばらく撫で続けた。
「ええ、奥方が綺麗すぎて上手く欲情出来ない?」
鷹狩の最中に元康は大声でいった。戦国時代を終結させた英雄もまだ二十代で、年相応に軽率なところもあるみたいだ。
「ちと、声が大きいぞ」
俺は周りの連中に聞こえないかと周囲を見渡す。
「これは、元康粗相を致した」
鷹狩はこの英雄が目茶苦茶好きなアクティビティらしくて、俺はたまに誘われる。天気がいいし、富士山を背景にヒョーっと気持ちよく獲物を狙って空を旋回している鷹を、下から仰ぎ見るのはなかなか気持ちいいものだ。周りに親衛隊である小姓たちが俺を守るように完璧な乗馬で移動する。
「なんか、美人って緊張するだろ。ちょっと隙があるほうがいいっていうか……」
俺は目茶苦茶正直に弱みをさらけ出す。これくらいスペック高い英雄に虚勢は無駄だろう。ところが
「実はこの元康も美人は大変苦手でござる」
と、意外な返事が返ってきた。
(そうだ、この人恐妻家だったんだ)
俺ってこんな記憶力ひどかったっけ、と思いながら俺は元康の恥ずかしそうな表情を見る。
「我が妻は今川三河で一番の見目麗しき者。しかしながら気性が激しく難渋しております」
「瀬名はなあ、美人を鼻にかけてるからなあ」
俺は適当に話を合わせる。ちなみに元康の嫁は瀬名の方と言われる。
「仰せの通りで。それに比べればお舘様の奥方は我が妻に相当見劣るにせよなかなかの美人。しかも、性質は穏やかで元康羨ましい限りでござる」
(何気に嫁のスペックでマウントとってきてるよね、あんた)
「でも、そっちは既に子が二人もいるであろう」
「実はコツがあるのです」
俺たちはいつの間にか切り株に腰を下ろして、熱心に美人妻対策について協議していた。
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