《ゲスト/ 大泉洋》Bar KOJI

営業再開工事玉妻の楽しそうな声が店内から聞こえてきます 久々だねここ そうこ場がやっと回転してました しばらく来てないね来てなかったも そうそうそういつも家にね 年年取ったから なるほどそうかあ もう早い失礼しますそうそう いや来ていただいてこんなに穴葉によくたどり着きましたどうもありがとうございます 素敵なお店があると聞いて そうなんですよやってまいりました 本日のお客様は俳優大泉よ 昨年大泉がリースしたあの空に立つ塔のようには玉が作曲プロデュースそんなご縁で宵いもり上がりましょう [音楽] やしておりました ごさでございます いや嬉しいですもう紅白でもあのおかげ様で歌わせていただきましたもうありがとうございました 見ていただきました私の後もちろん見たよ もちろんですよ何目だっけてたことね もうくれたからさほら俺寝てる時間なもんだ そうでしょ早く寝ちゃう 寝てる時間だからなんか後で見たんだと思うよ あ後で見てくれたえ違うか生で見たか 生で見たあそうですか ドキドキしてて見たんだうんすごい 自分のことねそう これでも大泉さんからねお話いたのは同じ北海道出身っていうことから始まって いやもちろんもうそこしかないですからね工場旭川出身で えでお久し 私はねあの札幌の恵別市ってところなんです 僕はねあの旭川の興長に あ行はいおばあちゃんがいたんですよ えそうなんだ だから子供の頃から 1年に何回も夏休み冬休みは 1 回ぐらいはこう子供の時は必ず行ってたんですよね瞬長に そうなんだ だってあれでしょたま木さんがいた頃旭川山動物園で全然ね有名じゃないですもんね もう全然100 人もいなかったねあのいっつもガラガラ最高 全部乗り物かなんか全部1 人そうそうそうそう 彼女ができた大体一デートに行こうそうそうそう 朝山田勢デートコースなんです だから僕もあれですもんテレビに出てそれなりに顔が売れても朝山動物線だったら誰にも見られないかった 言ってました全然ねよくあ盛り返したよね 漏れないない場所うん いくつまでいらっしゃったんですか いやだから20 ぐらいかな20ちょい20 ちょいぐらいまで そ妖精さんのバックマンドって言うて 安全したごと来たから東京に へえ へえみんなリクエストしてたって言った実はあのその当時に入った会社じゃない会社の人ってそう面白い絶対うちでやろうってなんかいたって言ってた [音楽] へえじゃもう東京にその名前はもう響いてたわけですか?当時も だと思うんだよねああ 大泉さんはチームナックスらしました あチームナそうですねはいはい 大学であの演劇研究会に入りましたところにもうあのみんないたんですよ でその演劇研究会の仲間の中でもま昨日あったあの 5 人だったんですよねでうちのリーダーの森崎っていうのとその安田っていうのがあの卒業しちゃうってことなんで やめちゃうからその前にじゃあ 1回だけあの記念でそのリーダーが俺たち 5 人で芝居しないかって言ってやったんすね大学僕は大学 2年の時でしたんですたった1 回のつもりだったんですよ ええそっからでもね未だにこう組んでらっしゃるというか うん大変だよねその昔の中むと何か あ大変です大変です大変だ 仲間とかないんですか いや仲間れだらけですよ 仲回れだらけだよねあそうなの 3対2 いいいいとしてひどいひどいこと言われたりするからね ずっとお前の言うこと聞いてたんだなんてね え [笑い] いやこんな言える分ね ですよね まいや今でもあのま言うほど仲悪くはないんですけどねただすごくね中のその学生時代なんてもうめちゃくちゃ仲がいいわけですよ うんうんみんなで遊びに行くんですよ うんうんもうその栃木君の車 1台でもう5人で牛の車で うんえ なんか学生時代なんかそれくだらないね くだいことでねありますよね 若い頃のなんかそういうこうこうこうこういうのがあったなみたいななんかあったりすんのかなと思ってでもとにかく受けることしか考えてなかったからみんなのちょちゃんの数ちゃんとしないからねドンって後ろに後ろに行くような人間だから小学校の時にちょ絶対受けるだろうなとでも一応生徒会長野球部のキャプテンだから [笑い] へえだからあれなんですねのドラマな何ていうドラマでしたっけ 野球のねコチコチコチコ あれだからだから野球のドラマだったんですか?ご自身が野球 いやなんでかわかんないけど話が来て缶詰工場の話だっつってな 何のってサ俺サバ詰大好きなと思って へえついやるって言っちゃったんだよね へえだって若い頃いっぱい役者やられたじゃないですか そうやつだ あの頃ってのはなんか役者もとっても興味があったんですか いやなんかわかんないけどま色々こう変歴っていうのかな?俺の役者さんと結構付き合ってたんだよね 付き合ってダメになったやつうまくいったけどまたダメになるやつとかさま大体みんな知ってますけどよく自分で話始めますよそれ 皆さんのおかげでこやって乗りことも知り合えて今一緒だから よくメールくれるわけですよ はいたま木さんがねうんうん ほんでよちゃんこないだあれだろ吉永さんと うんうん映画やったんだぞつって 子供の役だろつって俺はね恋人役だからねすごい自慢すごい 1万目くるだってさ共通点が 5人5人のチーム安全地帯ナックス 北海道はいはいで藤がさしたんだよあ あ共通ってたくさん でもよっちゃんは息子だけど俺恋だから あそう これねちょっとマウント取ってくるんです 確かにしかもさ岩下島さんとの三角関係な そうそうそうそれそういう役ばっかりなんだよなあの うん逆に大泉さんはお芝居からはられて 特に今音楽に力を入れてらっしゃるんです あそうです音楽 ね若い頃とかこの曲聞いてたって いやもうだからもうもまさに安全地帯とかです世代的には ここでさ安全したいような名前出すわけないよ 出すとしたら弾行こうそうそう もう本当にアイラブユから始めようとか ですね気持ちよく聞いてましたね気持ちを聞いた歌ってました そうなんですか僕の部屋はあの実家の 2 階にありましたけどもうそこでね大音量でポから音出してま当時別にカラオケがあるわけじゃないからもうたまさんの声と一緒に僕歌ってわけですよね loveloveloveも いやもうこんなねこのこの距離感でね浮き合ってなんてもうあるし最初で最後だと思うんで ここでなんかちょっとねせっかくですから うんこう聞きたい曲とかリクエストです あ歌いカード用意されたんです はい じゃあスキさんお願いします行く 好きさ好きさ しびれるほど ベースだけだよ 好きさ 悔しいほど 恐れる ものは 何もない 好きれ ないおお キりがないな [音楽] [笑い] んでやめちゃうんですか 木が低いよね低い低いすか?こ よちゃん高いからチいやいいな でメロディもいいですか メロディ行くメロディ あもちゃよちゃんでしょ 何日も 好きだった 君がいた この町に 今もまだ 大好きな あの歌は 聞こえてる よ いつも優しくて 少し 寂しくて [音楽] あの頃は何もなくて [音楽] うんそれだって楽しくやったよ [音楽] メロディ泣き [音楽] ながら 僕たちは 幸せを 見つめてたよ素晴らしいいやあいいですね 素晴らしい 工事バーすごく今合ってたぞそうですか できればオーナーにでも歌ってほしいですけどねそうですね まやっぱ聞て予定だったんだけど 私ばっかりが歌ってるから いやいやもうでもはあの オーナーの ここからの話題は玉きと大泉で作った曲あの空に立つ塔のようについて デモもらったじゃないですかデモ うんでもやっぱりそうそうまたまたこの味 いいのいいのもはい たまさんのあのデモを聞いちゃうといや単純にいい歌だなと思うじゃないそれしか思ってないわけですよで歌って思うのはものすごい難しいのねあの歌 だって結構人に曲頼まれて うん 長年に渡って作ってきたんだけど最初に作った曲じゃないやつにしてくれって断られたの初めて それなんてみんなたきで曲頼んだらね 断りづれ なんで言うんですか?それなんで言うんですか?びっくりするの これさ言わないとさ まそちゃんのよちゃんてるからね そうそううん すごいよこれ いやすごい あのライレオンみたいな感じこ れはもう本当お宝トークですね 忘れてるでしょ曲覚えてます いや今もう もうたまんないよ立っちゃったらしかもう 1回作ったら覚えてられるもん覚えての これですこれですそうそうサビですね [音楽] いやこれですよこれ [音楽] [音楽] やれるんじゃない?これもったいないこの曲ねこれだから北海道全体を盛り上げるっていうところからちょっとアップテンポなものもできたらっていう話からねあって そうなんですいやびっくりした今多分うちの事務所が 1 番合わせってると思いますねその話出るんだっていう これ最初に作ってもらったんですよそっからですよねこうどんなし そうですテーマにするかっていうところが 2人でねカットして実は うん2番の歌詞が僕の中では元々 1番だったんですね元々はそう ところがなんとなくそのうラブソングみたいなものを作ったんだけども果たしてこれが本当にいいのかどうかって悩んで 悩んで悩んでもうどうしようもなかったんですよそこにたまさんから連絡が来て うんまお電話でお話しして うん ちゃんどう大丈夫?できたって言うからいやできないって言ったいいんだよ簡単でいいんだと ああいやじゃしなんて 3 日ぐらいで買うんだよとかって言われて空とかさてなんかその北海道の風とかさなんかそういう風景でいいんだよって言われて はあ分かりましたって言ってそこで 僕が子供の頃を思い出したんですよそん時にやっぱりパッとあの 100 年記念とかなんか僕に浮かんだんですよ ああそうなんだそれで そうしったねそれで100年記念党を のをモチーフにした歌詞で書いたで僕の中ではなんか子供の新象風景またまさんの曲で言うとあのカリント工場の煙突のねあれのイメージうんああいうような曲かソングで行くのかどっちか にし従ったうん でさんにあのこういうのも一応できたんですけどつってどどっちの方がいいですかって聞いたわけそしたらさんがああいいねっつっていいんじゃない?このラブソングにさ塔が出てきたらもうそれで終わりだよって言うから全然違う話だと思って で僕のあれ塔が見守ってるで今もうないものだもんねそこがそこにしびれた ああなるほどねさすがだと思って それで急遽またそのなんか 2番のラブソングのこう 2人をなんか見守ってる ああ のままだからそれはもうたまさんがそうおっしゃったんです そうでも意外だったのはすごいラブソングで多分そう思ったよね だって俺なんかほら歌はなるべく真実を書きたいからさになってからだひよちゃん大丈夫なのかな?今の娘さん奥さんにこの そこましちゃ大丈夫な?これ誰の話なんだ?大丈夫?俺なんかいっつもそれで叱られるよこのこの女誰 [笑い] 誰 のり子に決まってんだろ誰?誰がいるんだよ他に [笑い] そしてなんとこのねこの本当にお忙しいお 2人が オンステージですあの空に立つ塔のように いやこれは嬉しい本当に嬉しい いや本当に難しいんですよあの空に立つ塔のようにって 分かります強いよね一 番最後のあそこが本当高いあのそがあれが確かにね そうですあそこ調子悪いと出ないです そうなんですよね あの そんな人いないでしょ みんな空行ってみようかああ直す [笑い] 古いとそれ悲しいっすよ [拍手] 1 番いいのああの客だってびっくりそこだけだ ラって歌うのもな感じであの空にあの空に [音楽]

⬜ あの空に立つ塔のように

大泉洋の曲 ‧ 2024年
作詞:大泉洋・月光テツヤ
作曲:玉置浩二

空が広く見える街で 僕らは出会った
高く古い塔が見守ってた
あれはポプラの影が伸びる道 秋風に二人
互いに手を取り 夢語り合った

Goodbye days (days)
Goodbye dream (dream)
あの日歩いた道
帰れない 戻れない
あの日君に聞かせたあの夢は
今も胸に棘になり刺さって (yeah)
あの空に立つ古い塔のように
踏ん張って (hey) 真っ直ぐ立っていたい

「愛してる?」といつも 君は確かめた
「側にいて」といつも頬寄せた
あれは2人で会った最後の夜 雪が降るホーム
うつむいたままの 君を抱きしめた

笑って (smile) 見つめて (eye)
その声を聞かせて
本当は 本当は
お互い分かっていたんだ
これが最後になるって それでも (yeah)
それでも いつか もう一度会えたら
笑って (hey) その手離さない

今はもう無い あの高く古い塔
雨だって 雪だって
嬉し涙も悔し涙も いつもあの空で見てた

Goodbye days (days)
Goodbye dream (dream)
変わり続ける未来
No more cry, no more cry, yeah
あの日君に聞かせたあの夢を
いつか叶えるその日がくるまで (yeah)
あの空に立っていた古い塔のように
踏ん張って (hey) 真っ直ぐ立っていたい
あの空に (hey) 立つ塔のように

🟦🟦🟦🟦🟦🟦🟦🟦🟦🟦🟦🟦🟦🟦🟦🟦🟦🟦

🟦🟦🟦 大泉洋 作詞で葛藤「果たしてこれで本当にいいのか」 玉置浩二からのまさかの助言に「話が違う話だと」

 俳優の大泉洋(51)が、20日深夜放送のNHK「玉置浩二ショー」(深夜1・02)にゲスト出演し、「安全地帯」玉置浩二(66)がプロデュースした「あの空に立つ塔のように」の裏話を語った。

 生誕50年を記念して昨年、配信リリースされた「あの空に立つ塔のように」を玉置がプロデュースし、大泉も作詞を担当した。

 玉置のデモテープが送られてきた際、大泉は感動したという。「玉置さんのデモを聴いちゃうと、単純にいい歌だなって思うじゃないですか?それしか思ってないわけですよ」。ところが、「歌って思うのは、物凄く難しいのね」と、大泉には難易度の高いメロディーだったことを明かした。玉置も「結構いろんな人に曲を頼まれて、長年にわたって作ってきたけど、最初に作った曲をこんな感じじゃない感じにしてくれと断られたのは初めて」と、一度はダメ出しを受けたことを告白した。大泉は大笑いしながら、「何で言うんですか!?」とツッコミ。「うちの事務所が一番焦ってると思いますね。その話、出るんだって」と笑わせた。

 作詞でも苦労があったという。「実は2番の歌詞が、僕の中ではもともと1番だった。ところが、ラブソングみたいなものを作ったんだけど、果たしてこれで本当にいいのか悩んで。悩んで悩んで、どうしようもなかったんですよ」。最初は恋愛要素を盛り込んだ詞を書いてみたものの、方向性が定まっていなかったことを明かした。

 そんな時に助言をくれたのが、玉置だったという。「そこに玉置さんから連絡が来て、お電話でお話をして、“洋ちゃん、大丈夫?できた?簡単でいいんだ”と。“詞なんて3日くらいで書くんだよ?。空とか北海道の風とか、そういう風景でいいんだよ”って言われて、分かりましたって」。そこで恋愛要素から方向転換して、北海道への思いをつづり始めたという。

 生まれ故郷を想像するうち、頭に浮かんだのが、北海道の開道100周年を記念して札幌市内に建てられた、百年記念塔だった。「僕が子供のころを思い出したんですよ。その時にぱっと百年記念塔が浮かんだんですよ。それで百年記念塔をモチーフにした歌詞で書いた」。そんな中、気になったのが、最初に書いたラブソングの行方だった。「ラブソングでいくか、どっちかにしたかった。玉置さんに“こういうのもできたんですけど、どっちの方がいいですか?”って玉置さんに聞いたわけ」。すると、玉置からは「いいんじゃない?このラブソングに塔が出てきたら、それで終わり(完成)だよ」という返答だったそうで、「全然違う話だと思って」とツッコミを入れた。こうして、ラブソングに塔を盛り込んだ歌詞が、2番として採用されることになったという。

 百年記念塔は、老朽化を理由に解体され、現在は存在しない。玉置は、「塔が見守っている。今はないもの、そこが一番しびれた。さすがだ!と」と、大泉の作詞センスを高く評価した。

 

🟦🟦🟦🟦🟦🟦🟦🟦🟦🟦🟦🟦🟦🟦🟦🟦🟦

WACOCA: People, Life, Style.

Pin