放送事故アナウンサーの言い間違え
四国放送 ”おはよう とくしま”
1993年頃?
「間違え」について間違った認識を持つ向きがあるようだ。
説明しよう。国語では動詞の連用形が名詞化する場合がある。
名詞化が一般的ではない場合もある。
動詞の活用を示そう。
間違う:五段活用(わ/い/う/う/え/お)
未然形 間違わない(間違おう)
連用形 間違います
終止形 間違う
連体形 間違うとき
仮定形 間違えば
命令形 間違え
連用形:間違います → 名詞化:間違い
例:言い間違い
間違える:下一段活用(え/え/える/える/えれ/えろ・よ)
未然形 間違えない
連用形 間違えます
終止形 間違える
連体形 間違えるとき
仮定形 間違えれば
命令形 間違えろ(間違えよ)
連用形:間違えます → 名詞化:間違え
例:言い間違え
すなわち、「間違い」「間違え」はそもそも基になる動詞が異なり、それぞれの活用に基づいて名詞化された表現であり、どちらも正則であり、文法的に “間違い” ではない。
動詞の使用機会としては「間違う」は「間違える」よりも少ないかもしれない。ただし名詞化では「間違い」は「間違え」よりも多いかもしれない。例えば、「それは大間違えだ」ではなく「それは大間違いだ」という表現が殆どと思われる。
本件とは無関係だが、所謂ら抜き言葉やさ入れ言葉など、非正則な表現が氾濫して幾久しく,実に嘆かわしい昨今。「間違え」は間違っているなどと主張する一方で、「見れる」「食べれる」「出れる」「来れる」「決めれる」「送らさせて」等々、平気で言い放っているかもしれない。国語の開智が必要だ。ただ、言葉は生き物であり、日々刻々と移り行く途上にある。ら抜きに関しては尊敬態と可能態もしくは受動態との区別が一般化していずれは正則化する方向に進みつつあろうが、少なくとも現状(21世紀初頭)では未だ規範とは認められない。遠い未来の姿を想像逞しくしたいものだ。
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