「お前は、もう生きたいとは、ちょっとも思わないのかね。」

We are KATARI, the musical artist duo of Shinichiro Kamio and Takehiro Mamiya.
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曲名:RY1-HH(蝿・花園の思想/ 横光利一)
編纂:神尾晋一郎
作曲:間宮丈裕/ DJ’TEKINA//SOMETHING a.k.a ゆよゆっぺ
朗読及び歌唱:神尾晋一郎、間宮丈裕
映像:神宮司 https://twitter.com/jgj05
引用元、出典:

https://www.aozora.gr.jp/cards/000168/files/2302_13371.html

花園の思想
https://www.aozora.gr.jp/cards/000168/files/4735_29527.html

【詩】
ただ眼の大きな一疋の蠅だけは、
薄暗い厩(うまや)の隅の蜘⊇蛛の巣にひっかかると、
後肢で網を跳ねつつ暫くぶらぶらと揺れていた。
と、豆のようにぼたりと落ちた。
そうして、馬糞の重みに斜めに突き立っている藁の端から、裸体にされた馬の背中まで這い上った。

ーーーこれだ。

彼は暫く(しばらく)、
その眼前に姿を現わした死の美しさに、
見とれながら、恍惚として突き立っていた。
と、やがて彼は一枚の紙のようにふらふらしながら、花園の中へ降りていった

丘の先端の花の中で、透明な日光室が輝いていた。バルコオンの梯子は白い脊骨のように突き出ていた。彼は海から登る坂道を肺療院の方へ帰って来た。こうして時々妻の傍から離れると外を歩き、また、妻の顔を新しく見に帰った。見る度に妻の顔は、明確なテンポをとって段階を描きながら、克明に死線の方へ近寄っていた。──山上(さんじょう)の煉瓦の中から、不意に一群の看護婦たちが崩れ出した。

彼は暫く(しばらく)、
その眼前に姿を現わした死の美しさに、
見とれながら、恍惚として突き立っていた。
と、やがて彼は一枚の紙のようにふらふらしながら、花園の中へ降りていった

二人は二人を引き裂く死の断面を見ようとしてただ互に暗い顔を覗き合せているだけである。丁度、二人の眼と眼の間に死が現われでもするかのように。彼は食事の時刻が来ると、黙って匙にスープを掬い、黙って妻の口の中へ流し込んだ。丁度、妻の腹の中に潜んでいる死に食物を与えるように。
あるとき、彼は低い声でそっと妻に訊ねてみた。

「お前は、死ぬのが、ちょっとも怖くはないのかね。」
「ええ。」
「お前は、もう生きたいとは、ちょっとも思わないのかね。」
「あたし、死にたい。」
「うむ。」

圧し重なった人と馬と板片(いたきれ)との塊りが、沈黙したまま動かなかった。が、眼の大きな蠅は、今や完全に休まったその羽根に力を籠めて、ただひとり、悠々と青空の中を飛んでいった。

さようなら
さようなら
さようなら

横光利一 蝿 花園の思想

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