汽笛一声新橋を~ 新橋横浜間の日本初の鉄道が開業して今日でなんと150年!なので、今回は鉄道唱歌/東海道編を歌ってみました!
この曲は新橋から神戸の東海道本線を旅しながら進んでいく歌です!
今回も伴奏やMix、お絵かきまで全部自分で作ってみました!!
1900年に発表された昔の曲なので、言葉遣いなどが今とは違います。
なのでアレンジはちょっと古めな雰囲気を出してみました!
今回の歌ってみたの中で描いた絵は80枚!最初の方より最後の方のが少し上達した気がしますw
タカとグリフィンたちの楽しそうな旅の様子とともにお楽しみください!!!
そして、もしよかったらコメントと高評価ボタンも押してもらえると嬉しいです!
鉄道唱歌 第一集 東海道編 歌ってみた!
作詞:大和田建樹
作曲:多梅稚
歌・伴奏:龍峰タカ(グリフィンの翼)
.oO(一番下に歌詞載せておきます)
【自己紹介】
グリフィンの翼
「タカとグリフィン」という、白い龍と相棒のグリフィンが冒険するお話やイラストを描いています。
↓もしよかったら見ていってください!!↓
pixiv : https://www.pixiv.net/users/12218380
Twitter : https://twitter.com/WingsofGriffin
他には光るものにも興味があって、LEDキラキラさせて遊んでいたりもします!
あとは・・・「タカとグリフィン」に登場する白い龍の「タカ」とその仲間の青い龍「カイ」の着ぐるみ作って活動したり、VTuberとしてバーチャルの世界で配信したりとかしています。
「なんでも作ってみたい!!」
鉄道唱歌 第一集 東海道編 歌詞
※龍峰タカver(仮名遣いや漢字等々…)
汽笛一声新橋を はや我が汽車は離れたり
愛宕の山に入りのこる 月を旅路の友として
右は高輪泉岳寺 四十七士の墓どころ
雪は消えても消え残る 名は千載の後までも
窓より近く品川の 台場も見えて波白く
海のあなたにうすがすむ 山は上総か房州か
梅に名をえし大森を すぐれば早も川崎の
大師河原はほど近し 急げや電気の道すぐに
鶴見神奈川後にして ゆけば横浜ステーション
湊を見れば百船の煙は空を焦がすまで
横須賀行きは乗り換えと 呼ばれておるる大船の
次は鎌倉鶴ヶ岡 源氏の古跡や尋ねみん
八幡宮の石段に 立てる一木の大いちょう
別當公暁の隠れしと 歴史にあるはこの影よ
ここに開きし頼朝が 幕府の跡はいずかたぞ
松風寒く日は暮れて 答えぬ石碑は苔青し
北は円覚建長寺 南は大仏星月夜
片瀬腰越江の島も ただ半日の道ぞかし
汽車より逗子を眺めつつ はや横須賀に着きにけり
見よやドックに集まりし わが軍艦の壮大を
支線を後に立ち返り 渡る相模の馬入川
海水浴に名を得たる 大磯見えて波涼し
国府津降るれば馬車ありて 酒匂小田原遠からず
箱根八里の山道も あれ見よ雲の合間より
出でてはくぐるトンネルの 前後は山北小山駅
今も忘れぬ鉄橋の 下ゆく水のおもしろさ
はるかに見えし富士の嶺は はや我がそばに来たりたり
雪の冠雲の帯 いつも気高き姿にて
ここぞ御殿場夏ならば 我も登山を試みん
高さは一万数千尺 十三州もただ一目
三島は近年開けたる 豆相線路の分かれ道
駅にはこの地の名をえたる 官幣大社の宮居あり
沼津の海に聞こえたる 里は牛伏我入道
春は花咲く桃のころ 夏は涼しき海のそば
鳥の羽音に驚きし 平家の話は昔にて
今は汽車ゆく富士川を 下るは身延の帰り船
世に名も高き興津鯛 鐘の音響く清見寺
清水に続く江尻より ゆけば程なき久能山
三保の松原田子の浦 逆さに映る富士の嶺を
波にながむる舟人は 夏も冬とや思うらん
駿州一の大都会 静岡出でて安倍川を
渡ればここぞ宇津の谷の 山切り貫きし洞の道
鞘より抜けておのずから 草なぎ払いし御剣の
御威は千代に燃ゆる火の 焼津の原はここなれや
春咲く花の藤枝も 過ぎて島田の大井川
昔は人を肩に載せ 渡りし話も夢の跡
いつしかまたも闇となる 世界は夜かトンネルか
小夜の中山夜泣石 問えども知らぬよその空
掛川袋井中泉 いつしか後に早なりて
さかまき来たる天竜の 川瀬の波に雪ぞ散る
この水上にありと聞く 諏訪の湖水の冬景色
雪と氷の架け橋を 渡るは神か里人か
琴ひく風の浜松も 菜種に蝶の舞坂も
後ろに走る愉快さを 歌うか磯の波の声
煙を水に横たえて 渡る浜名の橋の上
たもと涼しく吹く風に 夏も残らずなりにけり
右は入海静かにて 空には富士の雪白し
左は遠州灘近く 山なす波ぞ砕け散る
豊橋降りて乗る汽車は これぞ豊川稲荷道
東海道にて優れたる 海の眺めは蒲郡
見よや徳川家康の 起こりし土地の岡崎を
矢矧の橋に残れるは 藤吉郎の物語
鳴海絞りの産地なる 鳴海に近き大高を
下りておよそ一里半 ゆけば昔の桶狭間
めぐみ熱田の御やしろは 三種の神器の一つなる
その草薙の神剣 仰げや同胞四千万
名高き金の鯱は 名古屋の城の光なり
地震の話まだ消えぬ 岐阜の鵜飼いも見てゆかん
父やしないし養老の 滝は今なお大垣を
三里隔てて流れたり 孝子の名誉ともろともに
天下の旗は徳川に 歸せし戦の関ケ原
草むす屍今もなを 吹くか伊吹の山おろし
山は後ろに立ち去りて 前に来たるは琵琶の海
ほとりに沿いし米原は 北陸道の分岐線
彦根に立てる井伊の城 草津にひさぐ姥が餅
変わる名所も名物も 旅の徒然のうさはらし
いよいよ近く馴れ来るは 近江の海の波の色
その八景も居ながらに 見てゆく旅の楽しさよ
瀬田の長橋右に見て ゆけば石山観世音
紫式部が筆の跡 残すはここよ月の夜に
粟津の松に言問えば 答えがほなる風の声
朝日将軍義仲の 滅びし深田はいずかたぞ
比良の高嶺は雪ならで 花なす雲に隠れたり
矢走に急ぐ舟の帆も 見えて賑わう波の上
堅田におつる雁が音の たえまに響く三井の鐘
夕暮れ寒き唐崎の 松には雨の掛かるらん
昔ながらの山桜 匂うところや志賀の里
都の跡は知らねども 逢坂山はそのままに
大石良雄が山科の その隠れ家は跡も無し
赤き鳥居の神さびて 立つは伏見の稲荷山
東寺の塔を左にて 止まれば七条ステーション
京都、京都と呼びたつる 駅夫の声も勇ましや
ここは桓武の帝より 千有余年の都の地
今も雲井の空高く 仰ぐ清涼紫宸殿
東に立てる東山 西にそびゆる嵐山
かれとこれとの麓ゆく 水は加茂川桂川
祇園清水知恩院 吉田黒谷真如堂
流れも清き水上に 君が代守る加茂の宮
夏は涼みの四条橋 冬は雪見の銀閣寺
桜は春の嵯峨御室 紅葉は秋の高雄山
琵琶湖を引きて通したる 疎水の工事は南禅寺
岩切り抜きて舟をやる 知識の進歩も見られたり
神社仏閣山水の 他に京都の物産は
西陣織の綾錦 友禅染の花紅葉
扇白粉京都紅 また加茂川の鷺知らず
土産を提げていざ立たん 後に名残は残れども
山崎下りて淀川を 渡る向こうは男山
行幸ありし先帝の かしこきあとぞ忍ばるる
淀の川舟竿差して 下りし旅は昔にて
またたくひまに今はゆく 煙絶えせぬ陸の道
送り迎うる程もなく 茨木吹田うち過ぎて
はや大阪に着きにけり 梅田は我を迎えたり
三府の一に位して 商業繁華の大阪市
豊太閣のきづきたる 城に師団は置かれたり
ここぞ昔の難波の津 ここぞ高津の宮のあと
安治川口に入る船の煙は日夜絶え間なし
鳥も翔らぬ大空に 霞む五重の塔の影
仏法最初の寺と聞く 四天王寺はあれかとよ
大阪出でて右左 菜種ならざる畑も無し
神崎川の流れのみ 浅黄に行くぞ美しき
神崎よりは乗り換えて 湯浴みに上る有馬山
池田伊丹と名に聞きし 酒の産地も通るなり
神戸は五港の一つにて 集まる汽船の数々は
海の西より東より 瀬戸内通いも交じりたり
磯には眺め晴れ渡る 和田の岬を控えつつ
山には絶えず布引の 瀧見に人も上りゆく
七度生まれて君が代を まもるといいし楠公の
いしぶみ高き湊川 流れて世々の人ぞ知る
思えば夢か時の間に 五十三次走りきて
神戸の宿に身を置くも 人に翼の汽車の恩
明けなば更に乗り換えて 山陽道を進ままし
天気は明日も望みあり 柳にかすむ月の影
天気は明日も望みあり 柳にかすむ月の影
WACOCA: People, Life, Style.