……此処だけは、本当に静かだこと。
We are KATARI, the musical artist duo of Shinichiro Kamio and Takehiro Mamiya.
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曲名:TH1-KAA(風立ちぬ・あいびき / 堀辰雄)
編纂:神尾晋一郎
作曲:間宮丈裕/ DJ’TEKINA//SOMETHING a.k.a ゆよゆっぺ
朗読及び歌唱:神尾晋一郎、間宮丈裕
映像:神宮司 https://twitter.com/jgj05
引用元、出典
風立ちぬ、あいびき/堀辰雄
https://www.aozora.gr.jp/cards/001030/files/4803_14204.html
https://www.aozora.gr.jp/cards/001030/files/4843_14200.html
【詩】
どこか北の方の山がしきりに吹雪いているらしい。ときどき日が明るく射しながら、ちらちらと絶えず雪が舞っている。どうかして不意にそんな雪の端が谷の上にかかりでもすると、その谷を隔てて、ずっと南に連った山々のあたりにはくっきりと青空が見えながら、谷全体が翳って、ひとしきり猛烈に吹雪く。と思うと、又ぱあっと日があたっている。
……此処だけは、谷の向う側はあんなにも風がざわめいているというのに、本当に静かだこと。
堀辰雄 風立ちぬ あいびき
八ヶ岳の大きなのびのびとした代赭色の裾野が漸くその勾配を弛めようとするところに、サナトリウムは、いくつかの側翼を並行に拡げながら、南を向いて立っていた。その裾野の傾斜は更に延びて行って、二三の小さな山村を村全体傾かせながら、最後に無数の黒い松にすっかり包まれながら、見えない谿間のなかに尽きていた。
それは何処の町にもぽかぽかと日の当っているような、何となくうっとりするような、五月の或る午後のことであった。
季節はその間に、いままで少し遅れ気味だったのを取り戻すように、急速に進み出していた。春と夏とが殆んど同時に押し寄せて来たかのようだった。そして殆んど一日中、周囲の林の新緑がサナトリウムを四方から襲いかかって、病室の中まですっかり爽やかに色づかせていた。それらの日々、朝のうちに山々から湧いて出て行った白い雲までも、夕方には再び元の山々へ立ち戻って来るかと見えた。
とうとう真夏になった。それは平地でよりも、もっと猛烈な位であった。裏の雑木林では、何かが燃え出しでもしたかのように、蝉がひねもす啼き止まなかった。樹脂のにおいさえ、開け放した窓から漂って来た。
或る日のこと、その坂道を一人の少年と一人の少女とが互いに肩をすりあわせるようにして降りてきた。小さな恋人たちなのかも知れない。
九月になると、すこし荒れ模様の雨が何度となく降ったり止んだりしていたが、そのうちにそれは殆んど小止みなしに降り続き出した。それは木の葉を黄ばませるより先きに、それを腐らせるかと見えた。風がときどき戸をばたつかせた。そして裏の雑木林から、単調な、重くるしい音を引きもぎった。
冬になる。八ヶ岳の山頂を離れたばかりの日が、南から西にかけて立ち並んでいる山々の上に低く垂れたまま動こうともしないでいる雲の塊りを、見るまに赤あかと赫かせはじめていた。が、そういう曙の光も地上にはまだなかなか届きそうになかった。それらの山々の間に挟まれている冬枯れた森や畑や荒地は、今、すべてのものから全く打ち棄てられてでもいるような様子を見せていた。
……此処だけは、谷の向う側はあんなにも風がざわめいているというのに、本当に静かだこと。
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