制服の裏地に「愛梨」と「珠莉」の2つの名前が刺繍されている。東日本大震災で亡くなった長女の佐藤愛梨ちゃん(当時6歳)の中学入学前に母の美香(46)さんが仕立てた制服だ。「お姉ちゃんと一緒に学校に行くよ」と中学1年の次女の珠莉さん(13)が袖を通す。「いずれ私が着ると思ってました。天国のお姉ちゃんはいま高校生活を頑張っていると思います」とはにかむ。
 当時、石巻市の日和幼稚園に通っていた愛梨ちゃんは津波と火災により園のバスの中で他の園児とともに被災し亡くなった。「愛梨を返してほしい。あの時、園がバスを出さずその場に留まっていれば。あの時、朝、あの小さな手を離さず登園するバスに乗せなければ。悔やんでも悔やみきれない」と美香さんは今でもさまざまな思いが込み上げる。「娘の命を無駄にしたくない。話さなければ伝わらない」という思いで石巻へ訪れる多くの人々に対し愛梨ちゃんの話や防災の語り部活動を続けてきた。
 現在、夢は「記者になりたい」という次女の成長が希望だ。昨秋、珠莉さんは「お姉ちゃんへ『ありがとう』を一番伝えたかった」と大好きな姉との記憶を描いた『真っ白な花のように』という短編小説を書き上げた。「文章を書くのが好きみたいです」と美香さんは目を細める。
 あの日のままの愛梨ちゃんの部屋には小学校入学前に準備された水色のランドセルがあった。夢はアナウンサーだった愛梨ちゃんに「天国で寂しくないかな?元気でやっているかな?」と美香さんが呼びかける。震災後に見つけた母・美香さんの誕生日を祝う愛梨ちゃんのメッセージがあった。「ままのことだいすきだよ。あいりより」。遺影の愛梨ちゃんの笑顔が一段と大きくなった気がした。(写真報道局 納冨康)

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