【崇仁地区】京都駅近接のかつて被差別部落と呼ばれた町の現在【旧六条村】A town known as a discriminated-against community.

#京都府#京都市#下京区

17 Comments

  1. ねこらいだーさんが段々と京都に進出して下さっているので嬉しい限りです。この辺りは住んでいる方々しか立ち入らない場所でした。
    随分と立ち退きと取り壊しが進み昔の面影は殆ど無くなってしまいましたね。

  2. 一筋縄では行かない場所への巡回・動画配信、お疲れ様です & ありがとうございます。50年前とは別の場所のように更地化が進んできていますね。
    古典的な場所だけに、時の流れへの感慨は深いです。ウトロ地区同様、陰翳の濃い場所を客観的な歴史として残すことの難しさも感じます。
    東の池上町も次第に歴史の濃密さを失いつつありますが、入り組んだ路地となにがしかの痕跡は残っているような風情です。

  3. 京都タワー見えます、こんなにも便利で広大な場所が長い間未着手だったのも驚き。やはり立ち退き料等の折り合いが京都市にとって悩ましい要因の一つだったんでしょうか?
    決して行けない所の配信ありがとうございます😻

  4. 高山文彦さんの著書などで被差別部落がいかに厳しい状況に置かれていたか、いくらか存じ上げてます。それだけに自分たちで銀行作ったのはすごいです。

  5. ▼塩漬け空き地になる前の家がまだたくさんあった頃、懐かしい昭和の風景だなぁと思ってこの辺りそういう地域だと知らずに散歩して写真をパチパチ撮ってて、住民の方にめっちゃ絡まれたことがありました。
     表通りに肉屋さんや靴屋さんや皮革関係の店や会社が多いことから気付けば良かったんですが…。

  6. 京都のターミナルの傍、新大阪も同様、江戸幕府直轄地は多いですね、俺は子供の頃から嫌悪を感じてましたが本質はそれを利用し利権を貪る解放同盟とかが真の悪でありまする!内部で真の教育とか基本的に無く倫理観も無く愚かな奴等が多いでしたね俺等の年代は。

  7. 山城新伍さんの父親はこの辺りで開業医をしていて、貧しい人達を無償で診てたので、子供時代は自分も貧乏だったそうです。
    『仁義なき戦い・広島死闘篇』で山城新伍さん演じる江田が眼帯をしているのは、子供時代に父親の元によく来るヤクザがトラコーマを患って眼帯をしていたのが印象的で、それを取り入れたそうです。

  8. ずっと京都駅付近のこの地域、きになってたんです。昔から新幹線から見下ろす景色がすごくて、ここはなんだろうと思ってたんですけど、ここ数年こう言った動画で上がってくるので知ることができて。ずいぶん数も減って空き地も増えたり新しいビルもあるようだけど、まだのところはまだあるんですね。

  9. 40年くらい前までは気持ち悪い場所で変な輩どもも多くいましたが今は別に何もありませんよ。歩こうが写真取ろうが何しても自由ですし勘違いして絡んでくるやつがいれば警察に通報すれば良いだけのことです。
    芸大をここに移したのを機に地域整備が進められていますがそれぞれの地権者の強欲が原因で地上げなどが行われている最中なのでしょう、一気に総再開発、とはいかないようです。

  10. 被差別部落が無くなっていくのは寂しい。同和地区は千年を超える歴史的遺産だ。学校では意図的に一切触れないが、被差別部落の源流は大和朝廷による東北計略つまり征夷の過程形成されたものだ。度々のエミシ反乱に手を焼いた朝廷は、投降エミシ(俘囚ふしゅう)を順次関東以西全国に移住させ、国司の下、軍事警察土木治水などに使役したのである。特に崇仁地区は検非違使の配下で都の治安警察、入口の監視、キヨメなどに従事した由緒正しいエミシの居住地なのだ。戦後勝手に居座ってでかい顔をしてる外国人とは出自がまるで別物なのである。

  11. これ以上ホテルや民泊を建築するのは勘弁してほしい。特に外資系。路地まで外国人観光客がウロウロして鬱陶しいですわ。もう空き地のままでいい。

  12. なんか懐かしい景色 

    30年前の日本て、崇仁地区じゃなくてもこういう家て、どこでもあったから。

  13. ホテル、高級マンション、商業施設とかで 再開発して欲しい! 駅から近いのだから。。